第34話 決意と別れ
夜は、ハートさんの家で夕食をごちそうになった。
さすが農家というか、料理上手で、出される料理も家畜を使ったもの、ミルクをふんだんに使った料理が多い。
「お父さんと一緒に住んでいた時もぉ、私が料理していたんですよぉ。お父さん料理できなかったのでぇ」
味も、結構濃い目で、レイラさんの味付けに近い。さては、教えたのはあの人だな。
「エリンちゃん、悪いんですけどぉ、今日は私の部屋で一緒に寝ましょうかぁ。下宿用にお部屋を片付けないといけないのでぇ」
「は、はい。それは、勿論!」
エリンちゃんも、どうやら当面の生活のめども立ったようで何よりである。さっきまでダメになりそうだったけど、元気が出たみたいだ。
「ひとまず、学院の入学試験、最後の追い込みですね……」
それどころか、目が燃えている。一気にモチベーションが上がったようだ。
これなら、大丈夫だろう。
俺は平らげた飯を下げると、思い切り身体を伸ばした。
寝る前に外風に当たろうと部屋を出ると、ラウルの奴がいる。
「コバ」
「何してんだ、こんなとこで」
「いや……ちょっとな」
なんだか、様子がおかしい。
「いや、実はさあ……今になって、ブルってきちまって」
「ブルってくるって、何に?」
「父親だよ」
父親?
「アンネさ、もう、お腹大きくなってるんだよな」
思えば、ラウルがアンネちゃんを孕ませたという、不届き極まりないカミングアウトから、もう半年ほどである。最近店に出ていないのも、そういうことだろう。
いよいよ、出産が近いということか。
「いまだに実感、わかないんだよな。なんだかさ、違う自分がやったみたいでよ」
「何言ってんだ、お前……」
「本当は冒険者なんだけど、俺じゃない俺のせいで周りが変わってく……そんな感じで、ちょっと怖いんだよ」
ラウルの言わんとしていることが、なぜだかなんとなくわかった気がした。
俺も、「単独行動」しているときの自分に、随分と引っ張られている。筋肉猪を倒したという実感を、俺の手柄だと素直に言えないところがあるのだ。
今の自分を、「自分」としてかみ砕けていないということか。そして、周りはそれを許してはくれない。
こいつの場合、父親になるプレッシャーも相まって、より強く感じているのかもしれないな。
俺は、ラウルの腰をバチンと叩いてやった。
「いってえ!」
相変わらず、鍛え抜かれた肉体をしている。並みの冒険者なら、相手にならないだろう。
「怖かろうが何だろうが、進むしかないんだよ、俺たちぁ」
この言葉は、自分に言っているのも同様だ。
それが、互いに選んだ道なのだ。俺は冒険者。ラウルは父親。
「……お前なら、良い親父になるって」
「コバ……」
「そんで、俺はすごい冒険者になる。今更だけどな」
そう言って、俺はニヤリと笑った。
「……俺は、王都に行くよ。そんで、大手柄立ててやるんだ」
「筋肉猪よりもか?」
「あたぼうよ。なんなら、ドラゴンとか、魔王とか……」
「おとぎ話かよ!」
ラウルが、俺の肩をバシバシと叩いた。そして、互いにゲラゲラと笑いだす。
互いの眼に、少しだけ涙が浮かんでいた。
王都に行くのは、次の更新の時。つまりは、再来年だ。その時の手続きを、俺は王都でやることとなる。
俺のバレアカンでの冒険者人生は、あと、残り1年と半年。
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「コバさん、皆さん、今まで本当にありがとうございました!」
朝一番で、エリンちゃんの張り上げた声が農場に響いた。
彼女の引越しもひとまず落ち着き、いよいよお別れだ。
だが、俺も王都に行くだろうから、近いうちにまた会えるだろう。
俺は、エリンちゃんの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「体に気ぃ付けてな。あと、何より試験に受からないと」
「もっ……勿論です!」
エリンちゃんは顔を真っ赤にして、俺の手を払いのける。可愛いもんだ。
そして、彼女はラウルの方をぐるりと見やる。
「……お嫁さんのこと、大事にしてくださいね。ラウルさん」
「!……おう、任せとけ!」
ラウルはそう言って、強く親指を立てた。
俺たちはそのまま帰ろうと、荷車をひき始める。
「いや、待ちなさいよ!」
ルーフェが叫んだ。なにさ、いい雰囲気でお別れできそうだったのに。
「コバ!銀行!通帳取りに行くんでしょ!」
「…………あっ」
雰囲気に流されて、すっかり忘れてた。帰る前に、王都に戻らなくてはならない。
「ははっ……締まらねぇ……」
「まあ、俺たちらしくていいんじゃね?」
俺とラウルは、大声で笑った。ルーフェとエリンちゃんは、やれやれと顔を覆っている。
ハートさんは、そんな俺たちを見てにっこり笑っていた。
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再び王都にて、銀行の通帳を晴れて受け取ることができた。
「こちら、冒険者特別預金となっております。ギルドで提示いただければ、お金をおろせますよ」
とのことだったので、バレアカンでも使えるらしい。便利なもんである。とはいえ、口座は王都でないと作れないので、地元では誰も使っていないというのが現状だが。
「帰る前にさ、あの2人の様子見てかねえか?」
ラウルが言っているのは、4番目のパーティの2人の事だろう。確かに、こいつも前の仲間の顔くらい、見て行きたいよな。
だが、俺は首を横に振った。
「いや、俺はいいや。いずれ王都に行くから、その時に会うよ」
「なんだよそれぇ?その間に死んでも知らねえぞ?」
「あいつ等なら大丈夫だよ」
じゃあ俺だけでも会ってくるわ、とラウルはギルドへ向かってしまった。
「……王都に行くの?」
残っていたルーフェが俺に問いかける。
「ん?ああ。冒険者なら、王都には行きたいなぁってな。みんな思うもんだよ」
「……そう」
「まあ、いずれにせよ次の更新だけどな、引っ越しするの」
そう。王都行きを決めたからには、彼女の件を何とかしなければ。
それを終えるのが、俺のドール領での最後のクエストになるだろう。
俺は、自分の手を見た。そして、不安そうなルーフェの顔を見やる。
「……そんな顔すんな。あんたをほっといたりしねえって」
そう言って、これからのことに思考を巡らせる。
コーラル伯爵の屋敷、というのが問題だろう。あれ自体が弱点というが、それなら領主さまはなんであんなもの建てるのを許可したんだろうか。
暗殺してしまうのは、たぶん可能だ。だが、下手に手を出せば、周りに危険が及ぶ可能性もある。
完全勝利するためには、入念な準備が必要だ。それは、筋肉猪の時に嫌というほど思い知らされたからな。
最後にして、やることは多くなりそうだ。俺は唇をかみしめた。
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