第33話 ようこそハートフル農場
俺たちは、ふたたび西地区へと戻ってきていた。とにもかくにも、宿をどうするか。俺の銀行口座のために、町には泊まらなければならない。
すっかり落ち込んでしまっているエリンちゃんの様子を見て、俺は銀行に向かった。
「悪いんだけど、ちょっとお金下ろしてもいいかな」
銀行ではまだ数えていた途中だったが、ひとまず金貨の袋1つを銀行から受け取った。ひとまず、王都で何かする分の資本としては十分だろう。
結局、銀行の後に行った喫茶店に、俺たちは戻ってきた。今はすっかり夕暮れ時である。今から宿を探したりしないといけないのは、少々しんどいところがある。
というか、まずはエリンちゃんの住むところを何とかしなければ。
彼女のバレアカンの宿は、もう引き払ってしまったし、引っ越し先が燃えてしまったからもう一度住まわせてくれ、とはいかないだろう。
「うううううう~~~~~~~~~~~~」
この中では一番頭がよいであろう彼女が、机に突っ伏してひたすらにうなっている。こんなにダメになりそうなエリンちゃんを見るのは初めてだ。
「……引っ越し先探すにも、いちいち王都に行かないといけないってのは辛いな」
「今回の引越し先も、お父さんが知り合いのつてから紹介してもらったんです。だから、王都に行かずに決まったんですが……ぁぁぁぁぁぁぁ」
エリンちゃんのお父さんは、田舎の農村では珍しく、古本屋をやっている。元々本好きで、王都の学院で使われていた古い教科書なんかをもらったり仕入れたりしているそうだ。何十年も前の本なので、今と内容も全然違うらしい。
「……魔術学院の入学試験、あと2ヵ月なんです。1年くらい浪人してでも入るつもりで貯金したんですけど、こんな理由で躓くのは精神的に来ます……」
そりゃそうだろうよ。俺は同情し、おとなしく茶を飲むくらいしかできない。
今から泊まる宿を探して、間に合うだろうか。冒険者の宿は、大体は夕方くらいで部屋は埋まってしまうことが多い。王都でどうかはわからないが、バレアカンでは夕方に帰り、宿を取り、夜に遊びに行って帰ってくるのが基本だ。
もしダメなら、最悪馬小屋だ。あそこなら干し草が刺さるのと馬の糞が臭いのを除けば、寝るくらいはできるだろう。
俺は職業柄野宿をすることはままあれど、馬小屋で寝るのは駆け出しのころ以来だが。
ラウルも同様だから、ひとまずは大丈夫。エリンちゃんも、この間まで節約のために馬小屋暮らしをしていたから大丈夫だろう。問題は、貴族の娘であるルーフェだが……。
……ゴブリンの巣を経験済みなら、行けるか?
俺が、そんな最悪の想定をしている時だった。
喫茶店の扉が開き、店がどよめいた。ふと意識を戻すと、ラウルが目を丸くして、食い入るように一方向を見つめている。周りの客も同様だ。
なんだろう。そう思って俺も同じ方向を見やる。
どデカいものを持つ女性が、そこにいた。
「すみませぇん、これぇ、明日の分の納品ですぅ」
「あー、はいはい」
店長は、そのどデカいものを持つ女性に、銀貨を渡している。女性は、交換で大きな瓶を渡していた。中身がぎっしりなのか、結構重そうだ。
「まいどぉ、どうもぉ」
そして女性が店を出ようと振り返った時。
ぽかんとしている俺たちと、目が合った。
「……ハートさん……?」
「あぁ~、コバさぁん。王と出会うなんて奇遇ですねぇ~」
ハートさんは緩く手を合わせて、にっこり微笑んだ。
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王都から少し離れた道を、二つの荷車が通っている。
一つはエリンちゃんの家財道具を積んだもの。そしてもう一つは、ハートさんが運んでいた瓶がはけた後の空っぽの荷車だ。
「すみませぇん、手伝ってもらっちゃってぇ」
「いや、こっちこそすいません、無理言っちゃって」
「いえいえぇ、こっちも広いおうちに一人で住んでるのでぇ、ちょっと寂しい時もありますしぃ」
俺たちは、ハートさんの家に泊めてもらうことになった。
いや、それだけではない。
エリンちゃんの下宿先にどうかと、向こうから提案してきてくれたのだ。
「うちぃ、王都の近くの農場なんですぅ。そんな遠くじゃないのでぇ、歩いていけますよぉ」
というわけで、まずは今晩の宿としてお邪魔することに。
そして、エリンちゃんの下宿先が全焼したことも説明していると。
「じゃあ、うちに来ませんかぁ?農場のお仕事も少し手伝ってくれるならぁ、下宿のお家賃はお安くしておきますよぉ」
「行きます!」
もはや藁にもすがりたかったエリンちゃんは、判断が早かった。まあ、顔見知りだしな。
そんなわけで、現在5人でのんびりと農場へ向かって歩いている最中だった。
「おい、コバ。お前、あんな美人といつどこで知り合ったんだよ!」
ラウルが荷車をひきながら聞いてくる。そういえば、こいつ初対面か。
「俺のスキルの鑑定してくれたんだよ。レイラさんの知り合いなんだってさ」
「レイラさんの……?あの人、どんだけ人脈あるんだよ」
そんなことを言い合っていると、暗くなりかけのところに、大きく開けた土地が見えてきた。
「あそこが、私の家ですぅ」
結構大きな農場だ。家畜は羊に、あと、牛。皆のびのびと牧草を食べて、のんびり過ごしている。
「あの子たちぃ、舎に入れないとですねぇ」
「何か手伝いましょうか?」
「大丈夫ですぅ、一人でもできますよぉ」
そう言って、ハートさんは胸元から小さい筒のような何かを取り出した。どうやら笛のようだが。
「これぇ、特殊な笛でぇ、獣人が吹くとぉ、動物に気持ちが伝わるんですよぉ」
彼女が笛を吹くと、音はしないが、どうやら動物たちには聞こえたらしい。みな、のそのそと舎に戻っていく。
「へえ、すごいもんだなあ」
「この笛ぇ、魔導学院の人が作ったんですってぇ。その内、魔物と意思疎通をしたいっていう変わり者さんみたいですぅ」
そして、試作品のサンプルを、獣人である彼女にプレゼントしてくれたんだそうだ。ハートさんは王都でも結構顏が利くらしい。美味しいミルクを仕入れる農家として。
「まあ、あくまで農家としての評価でぇ、鑑定士としてはまだまだなんですけどぉ」
「そ、そう……」
ハートさんはそう言って、困った顔をしながら笑っていた。
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