第4話 これからどうするか……?
「まあ、なんとなくわかってはいたけどなあ……」
その日の晩、いつも通りレイラさんの食堂にて、俺はヤケ酒に耽る。
ここに来るまでに、通りすがりの冒険者が俺を見てひそひそと話をしているのが聞こえてしまった。
「おい見ろよ、「パーティ崩し」だぜ?」」
「あんま近寄んなよ、俺らのパーティも崩壊するぞ」
冗談交じりなんだろうが、ただでさえ弱っている俺の心には、槍で刺すも同義だ。
「しょうがねえよ、元気出せよコバ!」
「そうだぜ、まだまだこれからじゃねえか?」
俺の後ろから、励ます声が聞こえてくる。この町の冒険者だ。
どいつもこいつも、レイラさんの店の常連なので、基本的にこの町の冒険者はみな顔なじみである。
俺は恨めし気に後ろを振り返った。こいつらは、何も善意で俺を励ましているわけじゃない。付き合いが長いとそういうこともわかる。
「じゃあ、誰か俺とパーティ組んでくれるのか?」
「「「「「「ぜっっっっっっっったいに嫌だ!!!!!!!!!」」」」」」
店にいた全員が揃って言い、しばし沈黙ののち大爆笑が巻き起こった。
こういう連中なのだ。人の不幸は蜜の味。不幸の度合いが強ければ強いほど、こいつらはそれをいじってバカ騒ぎをする。やめてくれよ、と思うが、俺も誰か彼女に振られたときなどは一緒になって騒いでいたので、そうも言えない。当時いじった奴、ごめんなさい。
「ま~じ~でえ~、どうすんだよお~……」
俺はカウンターで酒をあおり、机に突っ伏した。飯はとっくに食い終わり、今はひたすらに飲み続けている。
レイラさんはいつもなら飲みすぎな客には怒って、ひどい客は外に放り出して酔いを醒まさせるのだが、今日の俺はさすがに不憫だったのか放っておいてくれている。
常連の客どもは、ゲラゲラ笑いながらも、次の冒険の話に移り始めた。正直、いじって笑われるよりも、そうやって急に真面目に仲間と相談し始めるのを見る方がきつい。聞きたくもないので出て行きたいが、酔いで身体が思うように動かない。
俺は、仲間と冒険の話をする連中を、突っ伏しながらにらむことしかできなかった。
「……何、怖い顔しているんですか」
上から声がしたので、目だけで見やると、そこにはマイちゃんがいた。仕事も終わったのだろう。着ている服はギルドの制服ではない私服だ。
「今日は早番だったんですよ。レイラさん、日替わり定食お願いします」
そう言って、彼女は俺の隣に座った。レイラさんは、彼女の注文に短く返事をすると、手早く食事を作る。俺もさっき食べた、魚と野菜の炒め物だ。
上着を脱いだマイちゃんは、ぱっぱと平らげてしまう。女性だが、食べるスピードは冒険者並みだ。その後、彼女もお酒を頼む。
グラスが来ると、マイちゃんはじろりとこちらを見た。俺はだるいながらもなんとか状態を起こすと、彼女のグラスに自分のグラスを当てる。乾いた音を立てた後、彼女は一息で酒を飲みほした。
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「ほんっと、ラウルくんったらクッソ最低野郎なのよおお!」
食堂も閉まる間近、常連さんも帰り、店に残っているのは俺とレイラさんだけだ。俺の酔いは抜けていたのだが、今度は逆にマイちゃんが出来上がっており、帰るに帰れない。彼女の面倒を見る役として、隣の俺が選ばれたわけだ。
「何なのよいきなり冒険者やめるって!あいつに振ろうと思ってたクエスト誰がやるのよ畜生!」
店に来た時にはピシッとしていた私服も、酔って暴れるように毒を吐きまくったためか、すっかり着崩れていた。色っぽいのかもしれないが、それ以上におっかない。
「ちょっとお、あなた聞いてるのお!?そもそもコバくんがラウルくんをしっかり見張らないからこんなことになったんでしょお!?」
マイちゃんはそう言って、俺の胸倉をつかんで顔を近づけてくる。きれいな顔をしてはいるのだが、いかんせん酒臭い。おまけに叫びまくるので、俺の顔は彼女の唾まみれだ。
「ごめんて。ごめんて」
俺はそう言うしかなかった。だが、彼女の怒りは一向に収まらない。
「大体ねえ、コバくんも、もうちょっと怒ったらどうなのよお?なーんでそんなしおらしくしてるわけえ?ぶん殴るとかさあ、やったらどうなのよお?」
うん、それは、昨日もうやってるんだ。そうとも言えず、俺はただ彼女の怒りを受け流す姿勢を崩さないでいる。
「つうかあ、あんたこれからどうするのよお。もうコバくんとパーティ組む人、いないでしょお?」
そう言いながら、俺に顔をぐんぐんと近づけてくる。鼻先がくっつきそうな距離だ。マイちゃんの据わった目には、戸惑う俺の目が映っている。
「コバくんさ~あ?もういっそさあ、ギルドの職員にでもなってみる~?コバくん、ギルドの仕事詳しいでしょ?何度か手伝ってもらったこともあるしさあ、一緒に働くのも……」
そこまで言って、マイちゃんは限界に到達した。「うぷっ」とえづいたことに気づいた俺だが、間に合わない。顔が一瞬青ざめたのち、マイちゃんは盛大に胃の中のものをリバースした。
俺は間に合わなかったが、気づけば下にバケツが置かれていた。レイラさんが咄嗟に設置したらしい。中にはさっき食べていた野菜や魚が溜まっている。店が汚れるのは、何とか阻止できたようだ。
レイラさんの食堂には、いろいろルールがある。まず、店の中での私闘は禁止。やるなら外で。次に、金がないやつは店を手伝う。冒険者に優しい価格なのはこのためだ。そして、一番厳しいのが店を汚さないこと。もし汚していたら、朝まで店の掃除をさせられていただろう。
「あ、あっぶねえ……」
俺はマイちゃんの背中をさすりながら呟いた。マイちゃんはしばらくえづいていたが、やがて落ち着いたのか、すやすやと寝息を立て始める。
「……あーあ、女の子がもう……」
厨房からレイラさんが出てきた。この人、一体いつの間にバケツ置いたんだ。俺は驚いたが、この人がただ者ではない者であることくらいはわかる。これ以上突っ込むのも野暮だ。俺はよだれを垂らしているマイちゃんを机に伏せさせる。
「相当頭に来たんだろうねえ。うちの店がゲロ禁止だってことくらい、この子だって知ってるだろうに」
俺は彼女の寝顔を見ながら、ため息をついた。ラウルが抜けたことは、彼女にとっても大きいのだろう。なんだかんだ長い付き合いだったのに、急にやめるとなったら、そりゃ怒るだろう。
「なあ、コバ?」
レイラさんは、彼女に毛布を掛けて、俺に向き直る。
「なんすか?」
「あんた、ソロでやってみたらどうだい?」
俺は、彼女のその言葉を、少し頭の中で繰り返した。
ソロ。一人で冒険者としてやっていくこと。もちろんそれも考えたが、俺はどうしてもソロでの冒険者活動に踏み込むことができなかった。
何しろ、俺はこの町に来てから9年間、ずっとパーティを組んでいた。4度パーティが解散したときも、必ずラウルとパーティとしてやっていたのだ。一人で冒険したことなど、今まで一度もなかった。
おまけに、ソロに必要なのは総合力だ。この町にももちろんソロで活動する冒険者はいる。そういう奴は、大抵どの能力もバランスが良いやつで、一人で探索、戦闘の両方をこなせないといけない。
俺はレンジャーだし探索は自信がある。だが、その代わり戦闘はからきしだ。足はそこそこ速いが、力はそこまでであり、耐久性もそんなにない。だから、戦闘の大半は力自慢のラウルに任せていた。
「……俺にできるソロのクエストなんて、あるんですかね?」
「少なくとも、あんたの実力じゃ今までのクエストとはいかないねえ」
レイラさんはきっぱりとそう言った。俺はがっくりと肩を落とす。
「ですよねえ」
「まあ、初心に帰ったと思ってさ。まずはソロに慣れるとこから始めてみたらどうだい?」
「初心って……薬草採取とか?」
薬草採取は、町の近くにある森から取ってくるだけの超簡単な初心者向けのクエストだ。魔物すら出てこない森で、必要数の薬草を取ってくる。そして、それをギルドに提出する。これは、冒険者がクエスト中に薬草などを採取できるように、覚えさせるための勉強みたいなものだ。
「さすがにあんたにそこまではいかないけどさ。採取ってのはいいんじゃないかい?」
レイラさんはそう言って、マイちゃんと俺のグラスを片付け始める。
「ま、決めるのはあんたよ。この子はあたしが送るから、早く帰んな」
俺は店を出ると、すっかり夜も更けている。おまけに、霧が出ているのか、異様なまでに視界が悪い。
まるで、俺の幸先みたいだ。思わず笑いながら歩いていると、足元に落ちていた酒瓶を踏んで、俺は盛大にずっこけた。
思わず出た涙は、頭をぶつけたからだけだと、俺は思った。
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