第20話・夜光観覧車での約束

「はぁ…はぁ…ギリギリだったな…」


 人が空いた電車に乗り込んだ俺らは汗を垂らしながら席に腰掛ける。

 なんとか間に待って良かった、これ逃してたら30分位待たねぇといけなかったし。

 息を整えながら白鳥の方を見てみると疲労を超えてボォーッとしていた、完全に魂が抜けてしまっている。


「大丈夫か?」


 白鳥の肩を軽く揺する。


 突然目を大きく見開いた白鳥は我に返ったみたいで慌ててスケッチブックに何かを書いている。慌ただしい奴だ。


【しんどかった】

「そりゃそうだ…」

【マジで】

「───────誰の真似?」

【心瞳くん】


 脇腹をくすぐろうとすると俺の攻撃を予測していたのかスケッチブックを盾にしてマーカーペンを突き出す白鳥に吹いてしまう。


「物騒な奴め」





 電車を2回程乗り換えて遊園地近くの駅を二人で目指す。

 時刻は昼過ぎなのでさっきよりも電車内の人は増えており、俺らは制服姿で扉の方に立っていた。俺らだけが学生なので浮いてしまっている。


 遊園地は誰かと行った記憶がないのでよく分からないが遊園地ってのは駅に近いものなんだろうか?最初調べていた時に駅からめっちゃ近くてその時隣に居た白鳥と顔を見合わせた記憶がある。


 ちなみに言うと白鳥も遊園地に行くのが初めてだそうで、俺はそれを聞いた時に妙に納得してしまった節があるんだがわざわざそれを口に出すことはしなかった。それと同時に安心感に似た感情もあった。上手く言葉に出来ないがとりあえず白鳥と遊園地に無事行ける事になって素直に嬉しいと思う。


 急に電車が揺れ白鳥の方に体が傾いてすかさず右手を白鳥の近くに置いてしまう。もっとちゃんと運転しろ!


「すまん…」


 白鳥が目を細めて首を横に振る。【大丈夫】という事なのだろう。ジェスチャーだけで分かった。



 いつもより少し長かった電車旅は終わり目的地の駅に着き遊園地の方向を目指して歩く。


 歩いている最中スケッチブックを見せてくる白鳥。二人同時に腹が鳴る。


【まずは腹ごしらえだよね】

「異議なし」


 どうやら考えている事は一緒だったようだ。

 二人同時に腹が鳴るとシンクロ率の高さが可笑しくてそのまま笑いながら歩き続けた。






 受付に二人分の入場券を渡しゲートを潜るとあらゆる方向から愉快な音楽などが聴覚を刺激してきた。ド平日なのに子供の声も聞こえてきている。無論俺らも子供な訳なのでどうこう言える立場ではないが、白鳥があっさりと平日に学校をサボって遊園地へと行くことを了承した時は普通にビックリした。

 だって俺はめちゃくちゃ頑固な優踏生だと思っていたから。


「偏見かもな」


 白鳥が俺の呟きを拾ってしまい【何が?】という顔をしている。


「いや今更なんだけど、まさか白鳥も学校サボったり出来るんだなぁってしみじみ思ってた。」

だとか思ってる?】

「まぁ大体当たってる」


 白鳥が口に手を当てて小さく笑う。


【優踏生でも柔らかい優踏生だよ僕】

「柔らかいってなんだよ」


 白鳥が柔らかいと言った時微かに視線が俺の腹に集中していたのは気のせいだろうか?いや今回は特別に気のせいという事にしておいてやる。


 音が賑やかな遊園地ではあるが回ってみればそんなに人は居らず、やはり平日の昼間なんだと納得していると色んなアトラクションや飲食店などが載った地図を見ながら歩いていた白鳥が俺の二の腕を突っついて近くの店を指差す。


「ガッツリいったな」

【お腹空いてるからね】

「よし、じゃあ入るか」

【うん!】


 俺が「ガッツリいったな」と言ったのは店の外観が如何にも肉肉しく、肉肉しいというのは遊園地オリジナルのキャラクターが骨付き肉などにかぶりついてる像が建てられていたからだ。 



 

「以上で」


 白鳥と自分の注文をウエイターに伝え終えると、白鳥が【ありがとう】と書いたスケッチブックを見せてくれた。


「気にすんな」   

「それはそうとお前あんな食えんのかよ?」

【お言葉だけど心瞳くん僕より2倍近く頼んでるよね?】

「ぐッ、それは!体の大きさがだな」

【冗談だよ笑】


 スケッチブックに書かれた言葉の最後に【笑】と付いているからか全然嫌味さを感じない会話になっている。


「食べ終わったら最初に何処行きたい?白鳥が決めてくれて良いぜ」

【じゃあ二人で決めよ!ここに来るまで気になってたアトラクションがあって】

「どこだ、どこだ?」 


 テーブルの上に大きく開いた地図を二人で見ているとお互いが夢中で見ていたので距離感が掴めずに頭がぶつかってしまう。


「痛っ」


 そんなに勢いよくぶつかっていないのに声が漏れてしまう痛みだった。白鳥の頭を触って確かめる。


「マジかよ白鳥。お前の頭、石頭じゃん」


 白鳥の頭を触っていると徐々に白鳥の頭が下がって顔がよく見えないがそれでもなんとなく触り続ける。


「これは意外だ」


 急に白鳥が顔を上げたので手を離すとスケッチブックに書かれた言葉に目が止まる。


【今度は心瞳くんの頭触らしてよ】

「は?」


 俺の困った反応を無視し頭というよりオデコの方を優しい手つきで撫でてくる白鳥がちょっと面白くてツッコまずにはいられなくなる。


「それはオデコ。頭はもっと上…ここな」


 白鳥の腕を優しく掴んで自分の頭の方に導いてやると料理を持ったウエイターが現れ少し気まづくなった。


 腹を空かした俺らは一言も会話せず目の前の骨付き肉などにひたすらかぶりつき続け、たまに目が合うと目で美味しいと伝え合い、それを繰り返していた。一言も喋らないのに変に気も使わず自然と穏やかな気持ちで居られるのは白鳥だからなのか?そう考えた。


 悩むことなく俺らは食事を終えると店を出て一番近くのアトラクションにとりあえず乗り込む事にした。


「シューティグブラックだってよ、多分銃でポイント稼ぐ的なゲームだと思う」


 白鳥が俺の服を小さく掴み急かしてくる。


「どっちが多くポイント稼げるか勝負な?」


 両手をグーにして気合いのポーズを取った白鳥。


 俺ら以外誰も並んで居なかったので早速案内に従って小さなトロッコのような乗り物に乗り込む。

 軽く説明を受け赤外線の出る固定された銃に両手をくっつける。

 トロッコがガタンと動き始めると左隣の暗い空間からモンスターの像が現れ小さな的に赤外線を合わせてトリガーを引くとヒットしたようで機械音が後頭部の方から聞こえてきた。右隣に座っている白鳥をチラリと見ると本気の眼差しで的を見ており俺も自分の方に集中する事にした。




「まぁあれ結構的合わせんの難かったもんな」


 俺とのポイントの差に肩を落としながら歩く白鳥を励ますと頬を膨らませて不満そうな顔をしている。


【ランキング一位さん】

「褒めてる?それとも嫌味!?」


 俺のツッコミに顔が崩れ気分を取り戻した白鳥は視界の先の高くそびえるアトラクションを指差す。



 気づけばもうアトラクションに乗り込んでおり、地上に居る人や建物などがミニチュアレベルに小さくなっている。

 簡単に言えばこのアトラクションは絶叫系で、高い地点から急降下するというシンプルなものだ。

 到達点に付いてから5秒が経過しているが一向に落ちる気配がなく神経を研ぎ澄ましていたら、


「うぁぁぁああああ゛!!!!!!」


 落ちた。



 地上に戻りクラクラしているとノーダメージの様子の白鳥がまた近くのアトラクションを指差す。


「ジェットコースターだと…」


 覚悟を決めて自分の両頬を数回叩き、木製で出来た長いジェットコースターを睨む。


「しゃあ!!行ってやるよ!!」


 絶叫系は物凄い速さで急降下などしたりするので最初からマスクを外している白鳥だが、その表情からは恐怖心を一切感じずただ純粋にアトラクションを楽しんでいるのが伝わってくる。だが俺は真逆だった。ジェットコースターの緩急は腹が立つほど完璧で俺の頭は左右に降られ続け髪の毛はぐちゃぐちゃ、気分はボロボロだった。


 ジェットコースターを乗り終え俺の顔を見た白鳥はベンチに座ってるようにと俺に指示を出し自動販売機の方へと向かう。

 意識回復の為ひたすらどこにも視点を合わせずボォーッとしていると右頬に温かい何かがゆっくり当てられる。


「飲み物ありがとな」 


 小さく頷いた白鳥が隣に腰を下ろすとジェットコースターの感想などを話し、途中でジェットコースター中の俺の似顔絵まで描く始末だ。中々に似ていたと思う。


 白鳥が買ってきてくれたココアの力によって調子を取り戻した俺はその後、白鳥と色んなアトラクション回れるだけ回った。

 迷路型の広いアトラクションやお化け屋敷、頭を使う謎解きのアトラクションなど様々だ。


 夕陽が沈み辺りが少し暗くなり始めるとメリーゴーランドが目立ち自然と俺らの足はそこへ導かれていた。


 白鳥は小さな白馬に座り、俺はそれよりも少し大きい茶馬に座る。

 馬が動き始めると、どこか民族を連想させる音楽流れ馬が上下に動き始める。

 白鳥が俺の上をいったり俺が白鳥の上をいったりしている中、白鳥が途中途中こちらに笑顔で手を振ってくる。

 メリーゴーランドの中は光が多く綺麗だったが、白鳥がそばに居てくれる事で更に光って空間がとても眩しく見えた。


 多分俺は正面ではなくお前の方ばかりを見ているんだろうな。





 メリーゴーランドから降り目的地を決めずにゆっくり二人で歩く、出来るだけ白鳥の歩幅に合わせて。


「これで殆ど回ったんじゃねぇかな」


 白鳥は正面を向いて歩いており俺の言葉に何か考えているようだった。

 並んで歩いているからかたまにお互いの手が触れたりするが一切気にしない。いや、気にしないのではなくただのポーカーフェイス。

 触れるだけで一気に意識がそっちに向いてしまうがこれは果たして慣れの問題なんだろうか?


 夜風が顔に当たるが丁度良い温度だ。少し上りになっている道を進んでいくとさっきまで居た場所に明かりが灯されていくのが見えた。

 アトラクションに夢中になっていたから時間なんて気にも留めていなかったが、もうすっかり夜なんだな。


 横目で明かりの点いたアトラクションらを見ているとまた違うアトラクションに着いたみたいだ。遊園地の中で最も大きく最も輝いて回るそれに俺と白鳥は乗り込もうとしていた。


「観覧車だ…」


 大げさに頷く白鳥が手を差し出して一緒に乗ろうと誘ってくるので細く白い手を取って二人並んで歩く。




「ではごゆっくり」


 ほぼ二人しか入れない位の空間に白鳥と対面して座るとスタッフに何処か意味深な言葉を添えられてドアを外からガッチリと丁寧に閉められる。


 マスクをゆっくりと外す白鳥だが暗くて良く顔が見えない。観覧車の中は密閉されているので俺と白鳥の呼吸だけが漂うんだろう。

 それって俺の空気を白鳥が吸うってことで…頭を強く左右に振って変な想像を止める。


 これだけ暗いと白鳥のスケッチブックも使えないので代わりに俺が喋る。



「綺麗だな」


 俺とした事が観覧車から見える景色の事を言おうと思ったのに、何故か白鳥の方を向いて言ってしまった。恥ずかしさで顔が熱くなり多分顔も赤くなっているが幸い観覧車の中は暗いので見えていないだろう、息を漏らしてホッとする。


 当の白鳥はと言うと寒さで両手を擦り合わせ度々自分の息で手を温め続けている。

 さっきの聞こえてなかったんだな…良かった。


 制服だけだもんな普通は寒いか。俺は筋肉とか色々と付いてるし既に上着みたいなもんだよな。

 自分より遥かに寒そうな白鳥が可哀想になって俺はたまらず白鳥の手を自分の両手で包み込んでやる。


「ほらこうすればあったけぇよな」


 暗闇にやっと目が慣れ驚いて顔を上げる白鳥が見えた。観覧車ももう少しで12時の方向に到達しそうで観覧車の中に少しづつ光が侵入している。

 白鳥は下唇を軽く噛んでおり眉毛は上がっている。どうして?とでも言いたそうな顔なので反応してやる。


「すげぇ寒そうだったから」

「どうだ俺の手あったけぇだろ?こういう時は人間カイロに成れるんだよ俺」


 自分が何を言っているのか途中で分からなくなりそうだったが、有り難いことにそんな事でもちゃんと白鳥は笑ってくれて俺もつられて小さく笑う。


 不意にこの後の事や明日の事とかそういうのが気になって仕方がなくなって気づけば俺は少し先の未来の話をし始めていた。


「夏休みに入ったらさ…」


 既に聞く体制を取っている白鳥は言葉の続きを静かに待つ。


「バーベキューとかさどうよ?スイカ割りとか…あっごめんスイカ割りは無理だよな」

「カキ氷とかはどうだ?俺んちに何か知らねぇけどカキ氷があるんだよ…毎年食べてるから今度俺が作ってやるよカキ氷」

「それとやっぱり夏と言えば祭りだよな。学校の近くにも毎年祭りやってるところあるしさ、花火大会とかもあるぜ」


 すげぇ早口になったのは、いつも俺の未来にはお前がそばに居てくれる約束を一刻も早くしたいし、お前にして欲しいから。

 きっといつもならこんな事言ったりしない観覧車の中だけの特別。


 声なんてなくてもコミュニケーションは幾らでも取れるってお前がいつも証明してくれる。そりゃあ口に出さないと分からないこともあるかもしれないが、そこは勝手だが俺がカバーしてやりたい。ってちゃんと口に出せたならパーフェクトだったんだけど。


 白鳥の体が俺の方に傾いたと思えば白鳥は俺の両脇に手を通して全身で俺を抱きしめる。

 これはきっと「イエス」という事だろう。

 俺も優しく白鳥を全身で抱きしめ返してやる。ふと白鳥は赤子のような匂いなんだと初めて気づいた。 

 白鳥の抱きしめる力が少し強まり俺も同じようにする。

 白鳥とのハグはこれで初めてじゃないがいつも違うハグになる。このハグは今までのハグよりも一番温もりを感じて白鳥の心にも確かに触れられた様なそんなハグになった。


 観覧車の中は既に俺と白鳥の体温で暖かく、お互いの肌を密着させているので寒さなんて何処にも無かった。


 白鳥が俺から少し身を離すと丁度12時の方向に到達した観覧車の中に光が集中し目の前の白鳥をよりいっそうキラキラと綺麗にさせた。突然、観覧車の中にオルゴールの優しい音楽が鳴り始め、瞳が潤った白鳥に光が反射してまるで宝石のように見えた。いや…宝石なんかよりも綺麗な瞳だとこの時心の底から思った。

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