第6話・下がることのない平熱

 どれくらい経っただろうか。

 同じベッドに入ってから僕と心瞳くんは背中合わせで横向きに寝た。と言うより寝るフリをしたのたげれど、隣で眠る心瞳くんから小さな寝息が微かに聞こえる。


 同じベッドで眠るという発想は本当に無かった。だからあの時……

「一応ダブルベッドだし、2。これで良いな?あぁ言っとけど異論ほ認めないから。」って言われて頭が雷に打たれたみたいな感覚になっていたんだ。

 なんて返事したか、もう忘れてしまったけどおそらく短文で返したと思う。


 背を向け眠っている心瞳くんに気づかれないように、そっと近づき本当に眠っているか確認した。


(眠ってる。)


 やっぱり僕が異常に気にし過ぎなんだよね。

 こういうのは友達の中では普通なのかも、でも……起きたら目の前に居て、ご飯も作ってくれて、家にも呼んでくれて、2人で一緒にゲームしたり、果てには1つのベッドで一緒に眠っている。

 一昨日おととい出会ったばかりなのが未だに信じれないや、ほんと濃い一日。


 ゆっくりと今日一日あったことを辿るようにして思い出していくと、緊張していた麗音は徐々にリラックス出来るようになり重たい瞼を感じながら眠りについた。



 平日の朝、いつもより少し早く覚醒した鉄雄は自身の体に違和感を感じていた。

 途中寝返りをうっていたせいか顎の下に小さな頭があったのだ。


 白鳥だよな。俺とこいつしか居ないんだし当たり前か……ってそうじゃなくて!

 なんでこいつは俺に抱きついてんだよ!?

 ひっつき虫かよ、寝てんのに離れる気配がないんだが。

 俺はまた寝返りうつみたいに体を動かしたが、引っ張りこまれるように白鳥も一緒に動くと起こしてしまう可能性があったので断念することにした。


「ガッツリ掴みやがって……」


 仕方がないので仰向けのまま天井を眺める事にした。

 俺は横目でガッツリと掴まれている自分の胴体を見てUFOキャッチャーで掴まれている景品になった様な気がした。

 こいつ、起きたら一体どんな反応すんだろ。

 驚きながら飛び起きてそのまま声なんか出ちゃったりしてな。


 鉄雄はそんなふうに考えながらいると、一瞬だけ掴まれた両腕の力が緩んだのを見逃す訳もなく掴まれている自分と掛け布団を入れ替え麗音からの脱出に成功する。


「よっこらせと……」


(朝ごはん作っか。)



 赤いキッチンエプロンを付けて手際よく朝食を作っていた鉄雄はリビングの中心地でこちらを見つめる麗音に気がつくと肩をビクリとさせていた。


「おま、いつからいたんだよ!?」


【10分前ぐらいかな?】


。」


 目の前には、白米、そして目玉焼きと2つ添えられたベーコンがあり、おまけに適当に作ったらしい豆腐のお味噌汁が置かれている。


【主婦?】


「誰が!?」


 お箸で半熟の目玉焼きを割って口に運び、続けて白ご飯で満腹中枢を刺激する。

 咀嚼途中で醤油をかけ忘れていた事に気がつくが塩胡椒で味付けがされていたので問題なかった。


「……美味しいか?」


 心瞳くんは緊張していたのか、上目遣いで1度だけこちらを見ると目線を白米に落としていた。

 ご飯中に筆談は難しく行儀が悪いかなと思い、頑張って顔だけでこの美味しさを伝えようと僕は口角を上げてみた。


「何だよそれ……」


 麗音は返事をする為に1度お箸を置いて鉄雄が自分の方を見るように誘導させ、こちらを見ていることに気がついたタイミングで鉄雄を見ながら微笑んでおり、鉄雄は徐々に自分の鼓動が高まるのを感じずにはいられなかった。



 あれ、白鳥の奴どこいった?

 さっきまでソファーに座って固まってたのに、眠くなってまた上に上がったか。


「おいおい、、、」


 リビングに再び来た麗音は鉄雄と同じく制服を着ており、既にスクールバッグを肩に下げて学校に行く準備を終えているようだった。

 手を拭きながら麗音の額に自分の手を置いて体温を確認した。


「嘘だろ、回復早過ぎないか?お前。」


【治ったみたい。】


 どうする、一応病み上がりだし。

 けど普通に行けそうだもんな、思えば昨日俺の家に来ていた時点でもう引いていた様な気もするし、無理させなきゃ大丈夫か。


「学校には行っていいけど、様子見でまだ二三日は俺の家には居る事。」


【うん。】


 逆にまだ二三日もお邪魔してもいいのかなと思ってしまうけど、また一緒にゲームしたいのも本音だから嬉しいな。



 健康診断ってこんなに緊張するんだ。

 いや、絶対に一番緊張してるのは僕だけなんだけど、どうして自分の順番が迫ってくると世界の終わりみたいな感覚になってしまうんだろう。


「大丈夫かよ。」


 明らかにガタガタと体を震わせていた麗音の両肩を掴んで止める鉄雄。


「身長と体重測るだけだっての。危険な事をする訳じゃないから。」


【でも……】


「あっ、呼ばれてる。行ってこい白鳥。」


 両手で優しく背中を押すと白鳥は心配そうにこちらを振り返っていたが覚悟を決めて目を強く閉じて体重計に乗っていた。


───────​───────​──────


 白鳥・麗音

 身長=160cm

 体重=48kg


​───────​───────​──​────


 返してもらった健康診断の紙を受け取り、自分の身長と体重を見る。

 中学校からまったく変わってない……

 身長は1ミリも伸びてないし、体重だって変動せずに一定値を保ち続けている。

 成長期って僕にもちゃんとあるのかな?


───────​───────​──────


 心瞳・鉄雄

 身長=175cm

 体重=101cm


​───────​───────​──────


 身長は2センチも上がり体重も大きく増えたよな。

 これは一応筋トレの成果が出てるのか?中学から10キロも増えたし、前より体力も増えた。筋肉は重いって言うしな。


「帰ったら筋トレしよ。」


 麗音の後に身体測定を終えた鉄雄は紙を片手に教室に向かった。



 給食時を知らせるチャイムが鳴り、急ぎで板書をしていた鉄雄は隣に座っていた麗音がノートを閉じて急ぎ足で教室を出ていくのをチラりと見る。


 (なんだあれ、凄い速さで教室を出たぞ。)


 俺は基本自炊をして生活をしているが、学校がある平日は弁当を作るのが面倒なので昼食は食堂でいつも飯を済ませている。


 ​───────今日は新発売の焼肉定食だっけ。


 ​───────限定100人だから、急いで行かないと。


 ​───────これは紛いもない戦争よ。


「あっ、。」


 なんとなく白鳥がこの限定らしい焼肉定食の為に急ぎ足で向かった気がしてきた。

 いやいや、勘違いするな俺。

 アイツを追いかける為じゃなくて俺もその焼肉定食の為に行く。


 意を決しガッツポーズをして教室を出ようとすると既に教室には自分しか残っていない事に今更気付き全力疾走で向かう。


「全員食堂ガチ勢かよ!!」


 息を切らしながら到着した食堂には全校生徒が集まったのかと思わされる程生徒が集まっており、目の前で繰り広げられている必死の注文バトルはカオス以外の何者でもなかった。


「これ入ったら死ぬだろ……」


 なんだなんだ、さっきから1人ちっこいのが中に入れなくて吹き飛ばされてるが。

 あんな華奢じゃあ、入っても窒息死するだけだと思う。

 そう言えば白鳥の奴は焼肉定食頼めたのかな。流石にあんだけ早く出てればな……


 突進しては跳ねられ続けている生徒からチラリと白いマスクが見える。


「ん?」


 目を凝らしながら更に近づくと、脇に抱えたスケッチブックによってそれは確信に変わる。


「白鳥!?」


(まじか、こいつの速さでも買えなかったのか?

 食堂の期間限定……恐ろしすぎる。。)


 俺に気づいてる癖になんでずっと俯いてんだろ。

 あっ、立った。……ってオイ!また突っ込んでくのかよ!!

 俺は綺麗に跳ね飛ばされた白鳥を後ろから捕まえる。


「危ないつうんだよ。どんだけ焼肉定食食いたいんだお前。」


(また黙りんこか。)


 周りからキャッチしてしまう心の声がうるさかったので逃げるようにして白鳥の心に意識を合わせた。

 何か変化がある訳でもなく、白鳥の中は前と同じく済んだ凪のような静寂だけが広がっていた。

 それまで1ミリも反応がなかったこいつは、慌てるように俺から離れるとこっちを向いてスケッチブックを見せてきた。


【君にあれ食べて欲しいから。】


 真剣な眼差しでこちらを見た白鳥はカオスから少し離れるとスケッチブックを脇に挟んで両手を軽く床につけ助走の構えを取った。

 俺はそんな白鳥の行方を見届けたくなって棒立ちになっていた。





「ほら、お前の分。」


 屋上のフェンスにもたれる白鳥に限定・焼肉定食を一つ渡してやると頭を軽く下げ礼をしてくる。

 あんなに行きますよアピールしといて、ちゃんと跳ね飛ばされるんのはちょっと面白かったよな。


 隣に座り俺も焼肉定食を太ももの上に置くと、出来たての温もりを服越しから感じた。


「普通にうめぇ。」


 甘い汁とホカホカの肉は自然と白米を俺に要求せた。


 白鳥はまだ1口も食べておらず、隣でガッツリとこっちを凝視している。


「なんだよ……」


【美味しい??】


「お、おう。」


 半ば強引に言わされた気もしたが、普通に美味しいので素直に答える事にした。

 何故か嬉しそうにガッツポーズを取って見せた白鳥はスケッチブックに何か書いている。


【看病してもらったお礼に自分で限定・

焼肉定食買って渡したかったけど!今は一緒に食べれて嬉しい。】


【次こそは1人で買えるように頑張る!】


 白鳥がこっちにスケッチブックを見せるのと同時に悪戯な風が一瞬だけ強く吹くと白鳥の耳から外れかけていたマスクを奪った。

 白鳥はマスクが取れた事に一瞬驚いていたが、俺に素顔は既に見られているから良いと判断したのか再度こっちを見ると困ったように笑ってみせた。


「……お前も早く食えよ。」


【うん!】


 看病してもらったお礼だ?……あれは、仕方がない、ただの成り行き。

 そんなお礼される程の事じゃないと思うけどな。成り行きで飯作って、成り行きで家に止めてるだけ……本当に全部ただの成り行き……

 ゆっくり噛み締めるように咀嚼をしながら何も考えないようにしていると頭が整理をし始め少し前の日常を脳裏に映し出すが、この短期間ほぼ全てのシーンに白鳥が居た事に気づくと口の中のものを大きく呑み込んだ。


 駄目だ。なんか暑くなってきた、心臓もいつもよか早いし、とにかく顔が暑い。


(これは絶対風邪。)


 授業が始まる少し前に保健室に寄って体温を計った鉄雄だったが体温計がいつまでも平熱を訴えるので、イライラしながら教室に戻っていた。


「あの体温計は絶対壊れてる。」

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