一人いなくなる人がいます

 部長の山田と対面するように、裕太、伊井、水野、九条の4人は部長室に座っていた。皆表情が固かった。


「今日集まってもらったのは他でもない。近々小児科から退職者が出る、理由はその医師が無免許だったからだ。君たちもひょっとしたら噂に聞いているかな」


 4人とも小さく頷いた。それをみて、山田はふんふん、と小さく唸った。


「じゃあ敢えて名を出すまでもないかな。残念だが仕方ない、抜けた分まで私達、特に君たちには一層頑張ってもらうことになると思う。それとこの件に関しては事実関係が明らかになるまで、他言無用で頼む。特にマスコミとかね」


 伊井が興奮した面持ちで大きく頷いていた。

(マスコミかぁ、なんか事が大きくなってきたな)

 裕太はそんなことを思っていた。


 部長室を出て外来へ向かうと、篠原が裕太に寄ってきた。表情がいつになく険しい。


「城光寺センセ、聞いた?」

「ああ、聞きました。部長からもはっきりと」


 それを聞いて篠原は言葉を失い、ただただ頬を震わせていた。


「残念よね、とっても良い先生だったのに」


 裕太は何と返していいのかわからなかった。確かに和気は良い先生だったが、少しとっつきにくく、裕太としてはどちらかといえば今回の件は仕方のない出来事として受け止めていた。それより、普段はそこまで褒め称えていなかったのに、辞めると分かってから急に手のひらを返すような態度に違和感を覚えた。


(みんな去る人には優しいんだよな……)


「城光寺先生、ヘーキそうね、意外」


 裕太は苦笑いを浮かべた。


「そうですね、自分結構ドライなのかもしれません」


 篠原は唇を噛み締めていた。


「そうね、そう思える方が良いのかもしれない。よかったセンセが平気そうで」

「え? ああ、ありがとうございます。心配してくださって」


 ちょうど外来のカウンターで患者が篠原を呼んでいた。今いきまーす、と言ってから、篠原は去って行った。


(みんないつもはむしろいじっているような対応だったけど、内心はちゃんと和気先生のこと慕っていたんだな)


 裕太は篠原の後ろ姿をしばらくそのまま眺めていた。


 その日の昼休み。裕太は唐揚げ弁当、5個入りを食べていた。

 するとバタン、と扉が開いて、伊井が駆け寄ってきた。


「お、裕ちゃん、大丈夫そうだな」


 そう言いながら、頼んでいた、特上ステーキ重弁当を開けた。


「大丈夫って。まあなるようにしかならないだろ」


 ステーキの一口目を口に入れようとした伊井が、一瞬その手を止めた。それからその肉片を戻すと、ゆっくりと裕太を見上げた。


「裕ちゃん、すげーな。俺でもさすがに動揺してるのに。裕ちゃんが一番ショックかもと思った。結構お世話になってたっぽいからさ」

「まあ確かにお世話にはなってたけどさ。お前の動揺ってのはどうせマスコミとかだろ」


 皮肉とともにジョークのつもりで言った裕太だったが、伊井は手を止め、冷たい表情を浮かべた。それからしばらくして、小さく何度か頷くと、再びステーキを口の中にいれ始めた。


「まあよかった。一番の心配は裕ちゃんだったからさ」


(なんでそんなに心配されなきゃならないんだよ。やるべきことやるだけだろ)


 裕太はそんなことを考えながら、和気のデスクを見た。

 相変わらず読んだ本やら食べかすやら、配布されたプリントでゴミの山になっていた。この机もキレイにしないといけないんだよな、気まずいだろうな、どんな思いでキレイにするのかな、などと考えていた。 

 ふとその横の桐生の机に目がついた。


「それよりさ、桐生先生の机、移動するの? もしかして部長クラスの部屋でももらったりしたのかな」


 桐生の机はキレイさっぱい何も置いてなかった。

 それを聞いて、伊井は持っていたお茶入りのコップが手元から落ちた。

 からんからんという音が机にぶつかって響いた。中のお茶が机の上へ広がった。

 あーあ、と言いながら裕太が台拭きで拭いた。


「おい、お前もぼーっとしてないで拭けよ、自分でこぼしたんだから」


 伊井がじっと裕太を見つめていた。


「裕ちゃん、まさか。聞いてないのか?」

「何が?」


 無邪気に机を拭く裕太を伊井がじっと見つめていた。それからぼそっとつぶやいた。


「無免許で辞めるのは桐生先生だぞ」

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