院長室

「頼むから考え直してくれないかね」


 すらっとした長身に白髪混じりの頭髪。目尻は鋭く、威厳を含んだそのセリフを吐いた医師、小菅は都立副都心総合病院の院長だった。小菅に諭された桐生は唇を噛んだ。黙ったままの桐生に、小菅はさらに畳みかけた。


「桐生先生を頼りにこの病院に来てくれる人もたくさんいるんだよ、初期研修医だって今年たくさん来た。中には桐生先生に教わりたいって言ってる人もいたよ? だからこの病院を辞めるなんて言わないでほしいな」

「ありがたい御言葉です院長。ですが、そういってここまでやってきました。もう終わりにしたいんです」

「でもなんでそんなに急いで辞めたいんだ? 給料か? それなら事務長に掛け合って、何とかできないこともないよ? それとも他に行くところでもあるのかね?」

「いえ、待遇に不満は微塵もありません。ちょっと休みたいんです」


 小菅はゆっくりと桐生に近寄り、肩をぽんぽんと叩いた。


「桐生先生、休むのはいつでもできる。ここは是非とも桐生先生を信じて来てくれる人のためにもう一踏ん張りしてくれないかね」


 その言葉を桐生はうつむきながら聞いた。桐生の瞼と口元は小さく小刻みに震えていた。桐生の目が血走っていた。

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