星光穿天
星獣の群れが蠢いた。怪物どもの視線が上向く。だが、それだけだ。襲いかかってくる気配はない。鎧が一歩前に出て、口を開く。
「ここ、何年か前まで星獣討伐実験の実験場所だったんだって?」
夜の空気を、鈴のような声が震わす。山中に空いた不自然なクレーター。何のことか分からない龍征の代わりに、光が口を開いた。
「ああ、そうだ。悲惨な事故の末、実験は凍結されたと聞いている」
「ふぅん」
鎧は首から下げる笛に指を這わせた。星獣を操る、まさに戦略兵器。右手で弄ぶように転がす。光も、龍征も、その動きから一瞬たりとも目が離せない。鎧はその様子を眺めながら、悠々と語る。
「あのすぐ後、このドライブ2とやらが奪われたんだろう? 一体、何が、あったんだろうねー?」
「……やはり、関係していたか」
鎧が、星獣の笛を咥える。一吹きで、この星獣どもは襲い掛かってくるだろう。その一挙一動から目を離せない。続きを焦らす鎧に、龍征は緊張を強めた。何かとてつもない陰謀が明かされていく気がした。再び口を開く鎧が声を発する直前、光が口を開いた。
「時間稼ぎ、視線の誘導。
鎧の動きが止まる。龍征もはっとなった。音もなく、気付けば星獣に囲まれている。くるりと翻った光が背後の星獣に斬りかかった。
「お互い、一番槍だ。打ち砕いて、斬り開く。出ろ。お前がやるんだ、天道」
「――――応ッ!」
名前を呼ばれて、張り詰めた緊張をバネのように、龍征が飛び出した。鎧が星獣の笛を高らかに鳴らす。斬りかかる光、殴りかかる龍征。二人は背中合わせに。
一本槍と一本槍が縦横無尽に暴れ回る。猛る魂とは対照的に、龍征の頭は冷静だった。闇雲に突撃するだけではない。見極め、分析し、最善を攻める。
「……お前、なんなんだ」
ついこの間まで足を引っ張るばかりのお荷物が、数の利を覆しかねない力を発揮している。鎧が笛を口に持っていく。星獣に更なる信号を。
「狙いはそれだ」
仰け反るようにその一閃を回避する。ドライブ1、大道司光。忘れてはいけない。依然、最大の障壁はこの女丈夫である。
「一度、負けた、相手にッ!」
「だからこそ、だよッ!」
星獣の笛を両断される訳にはいかない。光対策の防刃鎧。その性能を遺憾なく使い切る。腕と足、殴打と蹴技。猛烈な回転エネルギーを加えた両手両足の徒手空拳が、ドライブ1の刃を弾く。弾かれ、ねじ伏せられ、光の連撃はそれでも止まらない。根負けして笛を鳴らすために開いたその口元。鋭い剣は、唯一の弱点に狙いを定める。
「乗るなよ、調子にッ!」
星獣の笛が掻き消える。代わりに両手に握られるのは光るチョーク。光は流し目のように背後に合図を送る。ペンタグラム・マーク。歴戦の戦士をねじ伏せるのは、煌々と輝く天の光。体勢の崩れた光に星獣が雪崩を打って襲う。
(先輩が託してくれたんだ)
「やれ――――天道」
(意地に賭けて決めてやるッ)
時間稼ぎ。それが彼女の目的だった。膝を折る剣士の向こう、鎧はすっかり意識から外してしまった龍征の姿を見る。
飛び上がるその姿は。
その右手に轟く熱量は。
「流星弾――ッ!!」
そのありったけを大地に叩きつけた。衝撃が津波のように星獣の群れを蹴散らす。覚悟の女戦士諸共。鎧は慌てて防御の構えを取るが、もう遅い。破壊の津波にねじ伏せられる。
「……ハァ、ハァ…………ッ」
「――――よう」
地面に転がる鎧を、龍征が見下ろした。だが、彼ももはや満身創痍。肉体への凄まじい負荷がかかる一発きりの大見得技。気を抜けば倒れる身体を気合いで支える。
「ここまで、来たぜ」
「ペンタグラム! マーク!」
天に煌めく五芒星。その光線を、龍征は転がり回るように回避した。立つより先に覆い被さる。鎧の拳が龍征に炸裂した。次撃の前に龍征の蹴りが鎧を転がす。今度は龍征が覆い被さる。
「喧嘩なら負けねえぜ」
拳。純粋な暴力が鎧を叩く。傷は入らず、ダメージは通らない。それでも揺らされ揺らされ動きが封じられる。星獣の笛は使わせない。五芒星は描かせない。
「舐めるなあッ!」
鎧の地力。強力な兵器におんぶに抱っこではない。彼自身も相当な実力者。障害を蹴落として立ち上がる。
(立て、立てよ――俺ッ!!)
追い付く。立ち上がった龍征が果敢にインファイトを仕掛ける。手を与えては競り負ける。この勢いで潰すしかない。
「なんだよ……」
殴り合いなら龍征に分がある。
「なんなんだよお前はああッ!!?」
それでも鎧はその両手足を振るった。打撃と打撃が組み合い、破壊が撒き散らされる。止まらない。終わらない。しのぎを削る消耗戦。頑強な鎧は未だ破られないが、殴打を通じた衝撃はそれなりに通っている。互いの拳が互いを弾き飛ばし、お互いに目を見合わせた。
「俺は、天道龍征ッ! ドライブ3の適合者だよッ!」
「名前なんかどうでもいいッ」
「よくねえッ! 名乗りは喧嘩の醍醐味だあッ!!」
「喧嘩なんかで片がつくかッ!?」
龍征が地を蹴った。鎧が迎え立つ。拳を警戒して半身に立つ。だが、予測に反してドライブ3の両手がぐわんと伸びた。がちりと組み合い、まるで柔道の立ち合いのようだった。けれど、試合などでは決してない。龍征は強引に頭突きを叩き込む。
「ッ」
「バカか、バカかお前はッ!? この鎧の強度に石頭で勝てると思うなッ!」
「なま、え、を……ッ」
額を押さえてよろめく龍征を、鎧が勢いよく蹴り飛ばした。地面に横倒しになる龍征。しかし、その眼光は鋭く射抜く。
「お前は、なんのために戦っている……ッ!」
星獣の笛に口をつけようとしていた鎧が、止まった。笛を咥えては喋れない。信念なら胸の内にあった。言葉として震わせることなど造作もない。
「メアのために」
立ち上がる龍征から、目を逸らさずに。
「メアに相応しい男になる。僕は、天乃リヴァだッ!」
「俺は『自分』を貫く男になる。天道龍征だッ!」
少女のため。意地のため。拳と拳がぶつかり合う。
弾かれる両者。威力はここにきて互角。鎧の両手にチョークが煌めく。その片方を龍征の蹴りが落とした。
「ペンタグラム・マーク!」
まるで氾濫。複雑な紋様を描くペンタグラム・マークから光の濁流が溢れた。天の河。光の暴力が龍征を襲う。
「流、星、弾んッ」
一発きりの大見得技を、もう一度。全身の筋肉が焼き切れんばかりに脈動し、全身が沸騰するような苦痛。それでも、血を吐きながらも、光の氾濫を意地の蛮勇が真っ正面から叩き割った。
「な、に……ぃッ!?」
その胸部に、全てが突き刺さった。今の龍征が込められる、全てだ。吐いた血で真っ赤に染まった拳が、鎧に炸裂する。
「へッ……いい名乗り、じゃねえか…………」
上がる粉塵。土煙の中、倒れた男を蹴り飛ばすのは、あの鎧の姿。
「天道、龍征……ッ」
無論、無事とは言いがたい。息は乱れて肩で呼吸し、その足取りはふらついて覚束ない。そして。あれだけ頑強だった鎧に、その全身に、もう誤魔化しようもなく明らかなヒビが入っていた。勝ちはした。しかし、これはちゃんとした勝利なのか。鎧の中で、迷いが生じる。止めを刺す手が鈍る。ここで全てを終わらして、それで胸を張れるのだろうか。頭の中でキンキンと金切り声が響き渡る。愛した少女、メアの声。リヴァの目がとろんと曇る。
そうして取り出したのは、星獣の笛だった。
「いいや、その通りだよメア。僕はもう躊躇わない」
その音色は高らかに。砕け散った岩石が浮かび上がり、怪物を象っていく。一体で十分だろう。その力さえも惜しむような気怠さだ。目を瞑り、破壊の音色を高らかに。月夜が眩しい夜だった。雲一つない晴天だった。今になって、そんなことに気付く。この景色と音色は、せめて潰れていく戦士たちへの鎮魂歌となるだろうか。静かに開けた目が捉えたのは、星の光に煌めいた白刃。頭のモヤが、霧散する。雷光のような閃きが言葉を紡いだ。
「――――謀ったな」
「打たせてもらったよ、一芝居」
まさに破竹の勢い。龍征がねじ込んだヒビを、光の剣が斬り開いた。砕け散る鎧。口の端から血を垂らす女戦士の不敵な笑み。何が起こったのか。その鮮やかすぎる手技に、全てが明朗となった。
打ち砕いて。なれば、斬り開く。
ドライブ1の斬撃ではあの鎧を斬り開けない。だからこそ、ドライブ3の拳に賭けたのだ。打ち砕け。再び細切れにされた岩石獣を見て、その答えは確信へと変わったのだ。あの、防人が。最前線でなく、一歩引いて託すとは。
「任せて、託したからな。こちらも応えるまでだ。さあ、投降しろ。笛をこちらに渡すんだ」
剣を構える光に、一切の油断はない。リヴァは、それでも活路を探す。笛に口をつければ即座に斬り伏せられるだろう。この防人は躊躇わない。この国を守るためならば、躊躇いなく血飛沫を被るだろう。
「い、や、だ」
しかし、考える前にリヴァは口を開いていた。光は動かない。ダメージは決してゼロではない。そうでなくとも、病み上がりの身の上だ。今の高速機動でもう限界に至っているだろう。それでも、光には、それはあまり重要なことではない。
「止まる私でないと、承知の上でか? ソレを奪取しなければ、より多くの人民が脅かされる。ここはこの身を賭ける場面だ。死に体だろうと止まらんよ」
「じゃあ、さっさとやろうよ」
五年前、強奪されたドライブ2は健在だ。黄色いボディが、光を放つ。その両手にはチョークが握られる。そして、その目には不退転の決意が。
「今のお前なら、いや違う……どんなお前にも、僕は勝たないといけなかったんだ。天道龍征と拳を合わせてよく分かったよ。メアに相応しい男になる。そのためにお前を倒す」
「……やれやれ、敵にすら力を与えるとは難儀な後輩だ。が、その意気や良し」
光が納刀する。退いたと感じるほどリヴァも楽観していない。あれは、抜刀術の構え。リヴァには僅かばかりの知識があった。後の先。テリトリーに入った敵を問答無用で斬り捨てるカウンター。即ち、究極の待ち技。
「往くぞ」
だから、その言葉は不可解だった。抜刀の構えのまま、光がこちらに突進してくる。摺り足。岩場だろうとお構いなく突き進む。
ペンタグラム・マーク。煌めくチョークが双頭の大虎を描く。一刀両断。しかし、振り抜いた体勢ならば、今の光のコンディションであれば、懐に潜るリヴァに対応出来ない。
「舐めるな。無刀とて戦える」
そんな打算は呆気なく崩壊した。刀を手放した光が徒手空拳にて迎撃。リヴァのチョークが煌めきを描く。
「負けられないんだよおッ! ペンタグラム・マーク!」
天の奔流が光を襲う。光は自分の足を蹴って地に伏せた。這うように頭上の熱量をやり過ごし、その手に再び剣を掴む。
「覚悟」「うぅらあッ!」
煌めくチョークを手の内に戻し、ドライブ2の両拳が白刃を弾いた。が、浅い。攻撃に移る前に既に光の体勢は整っていた。最後の抵抗。決死の徒手空拳に、光は刃を後ろに倒した。見切りの妙技。放つのは、渾身の柄当て。
「ぐ……ぅ、ふ…………」
弾かれたドライブ2が、天乃リヴァがついに膝をついた。大地に倒れたのは、大道司光。肉体はとうに限界を超えていた。血混じりの涎を垂らしながら、起こした上身だけで剣を向ける。その左手には。
「くっそお……ッ」
「ふ……取った、ぞッ」
星獣の笛。
ついにその奪取が叶った。そして、戦場の誰もが満身創痍。既に意識を手放して動けない龍征を挟み、光とリヴァが睨みあう。
「後ろ向き……だったらしいな。あの時は、随分情けない醜態を晒した」
「なんの、話だ」
「お前に敗れて、私は仰向けに、後ろ向きに倒れたらしいな」
「だから、どうした」
「最後の最後までお前に食らいつくのならば……前向きに、うつ伏せに倒れなければ、な。だが、今度はそうはいかない。今の私は、もう、折れない」
「…………メア」
まともに立ち上がれすらしない光相手に、リヴァは頭を抱えて震えだした。どんな攻撃が来ようと絶対に死守する。光の覚悟は決して折れない。その姿勢は前に。リヴァの震えがどんどん大きくなる。
「メア、ああメアッ! だめだよごめん僕はッ! ああメアああああッ!!」
不可解な反応で、リヴァが戦場を離脱する。光は、うつ伏せに倒れて追えなかった。それでも不敵な笑みが浮かんでいた。ドライブ1に内蔵された無線機に、口を近づける。
「星獣の笛、確保。ドライブ2、天乃リヴァは逃走中。到着間際の応援部隊を追跡に回してくれ。対象は相当に弱っている。……ん? ああ、そうですよ。
私たちは、勝ったッ!」
戦士たちは生還する。勝って、帰還するのだ。だから、きっとそれは完全なる勝利だった。
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