流星煌光

 日が暮れた。草原が広がるだけの、こざっぱりとした広場だった。暗がりで足元が危なっかしい。広場のど真ん中。誰もいない二人っきりの草原に、光は横になった。


「先輩?」


 何一つ説明はない。ただ言われるままに着いてきた龍征が困惑する。そこに何があるのか。今日一日で色々と読めない人だとは分かったが、特に意味のないことはしない人でもあった。しかし、どうにもその意図が読めない。


「天道、お前も転がれ。今日は空気が澄んでいるからな。綺麗に見えるぞ」


 何が。とりあえず転がってみる。


(あ――――――星)


 疑問は全て吹き飛んだ。葛藤はどこかに消え去った。何もかもが後にされる、そんな圧倒的なものが空に広がっていた。光が煌めく。そんな満天の星。吸い込まれるような深淵は、水面に浮き沈みするように心地好い。


「先輩」

「応。私に言わせれば、これが一番の目玉だな。最近はこの自然公園もご無沙汰だったが、来たら絶対に足を運んでいる」


 暗くて表情が見えない。だが、その声が弾んでいたのは龍征にも分かった。夜風が冷えるかと思ったが、その心配は必要なさそうだ。龍征は左胸に手を乗せる。ほんのり、暖かい。


「先輩、あの一等光っているのは」

「元気な星だな」

「あのちょっと青みがかってるのは」

「綺麗な星だな」

「この星とその星とあの星を結んで」

「どの星だ?」

「……水瓶座ってどれですか」

「多分あの辺だろう」


 龍征が隣を見る。光がきょとんとした顔で見つめ返してきた。お互いに顔を見合わせることきっちり十秒。二人が同時に噴き出した。


「なんで知らないんスかッ!?」

「いやいや待て! 天文学のブームはまだ来てないんだ!」


 この星空が好きなのではなかったのか。

 その疑問は抱く前にほどけ落ちた。その語りが、その真っ直ぐな目が、もうこれ以上ないくらいの最適解だった。絶対に足を運んでいる。絶対、それはとても強い言葉だ。


「なんだ、先輩にもあるじゃないですか」

「なんの話だ?」


 流れ落ちる流れ星が、小さく煌めいた。願い事を三回も唱える猶予はないが、劇的な瞬間を予兆していた。


「本物の好きが、です」


 降りかかる星光を浴びて。光は目を見開いていた。興味があれば、それを究める。マイブームの波は高いが、引いたらそれっきり。彼女には、『ずっと』はなかった。これぞと思える唯一はなかったのだ。


「あったのか、こんな身近に」


 まさに青天の霹靂だった。いや、星天の流星と言い換えるべきか。

 自分一人では、絶対に気付かなかった。誰かがいたからこそ。背中を追いかける龍征がいたからこそだ。心が震える。唯一で、掛け替えのない星空。当たり前のように見上げていた景色こそが。


「天道」

「なんですか?」

「私は、星を見るのがずっと好きだったんだ」


 にっかりと笑う光に、龍征は日溜まりに微睡むような幸福感を得た。好きは、使命ではない。義務でもない。人間だからこそ抱く、自分の世界。

 大道司光にとって、それは煌めく星空だった。

 究めれば、それは過去のものにしかならない。光にとっては、そうだった。だからこそ、無自覚ではあるが、知ろうとしなかったのだろう。ブームではなく、自分自身の一部とするため。この景色を見上げることが好きなのだと。


「綺麗な星空……俺も好きですよ。それに先輩、知ってますか? 流れ星に願い事をすると叶うらしいって」

「星に願いを、か。荒唐無稽も大概だが……悪い話ではないなあ。ちょうど、大彗星が接近しているらしいしな」

「あ、らしいッスね! ミズハノタキですっけ? へへ、その時も先輩と一緒に見たいです」


 龍征がにっかりと笑った。憧れの先輩が無邪気に浮かべる顔は、きっとこの星空に劣らない宝物となるだろう。二人で、揃って空を見上げた。ここでは星がよく見える。その実感に妙に安心した。

 静寂。数分の停滞。それを、機械的な音声が引き裂いた。光が弾けたように立ち上がる。ここが、最後。彼女自身がそう告げたのだ。『デート』はこれにて終了。


「天道、悪い」

「応ッ!」


 憧れの先輩の真似をしながら、龍征も立ち上がった。光が苦笑する。


「いや、そうではない。単なる準備不足だよ。恥ずべきことだが…………思っている以上に、浮かれていたらしい」


 このアラートは非常時の出撃命令だった。どこかで星獣の反応があったのだ。光が取り出したタブレット端末には、その位置が示されていた。


「私は一度本部を経由する。お前には、桜主任から緊急コードを託されているらしいな」

「あれ、先輩にはないんスか?」

「…………家だよ。浮かれてて…………ごめんってぇ……」


 珍しい赤模様だった。よほど不覚だったのか、耳まで真っ赤にして頭をガシガシ掻いていた。ニヤニヤしている龍征を見てさらにむくれる。


「了解です! 先に行って数を減らして来ますよ! 先輩のサポートは任せて下さい!」

「………………応。すまないたのむ」


 驚くほど小声で駆け出した光。龍征もダッシュに備えて身体をほぐす。反応地点は、この自然公園から山を登り、その先中腹くらいの採石場。ハードな道のりになりそうだが、気合い充分の龍征には臨むところだった。


「おい、バカ天道。走っていく奴があるか」


 そのクラウチングスタートに待ったをかけたのは、ゴツいバイクに跨がる崎守三尉だった。深緑色のフルフェイスヘルメットを龍征に投げ渡す。


「…………崎守さん、いつからいたんスか?」

「乗れ、飛ばすぞ」

「崎守さん、いつから、そこに「中々良いものを見させてもらった」


 ぐっとサムズアップ。無表情のままなのがどこかシュールだった。


「これからも、彼女の支えになってやってくれ」

「いや、人のデート尾行して「行くぞ」おぅわあッ!?」


 中々力強い、というか荒々しい走りだった。龍征は慌ててしがみつく。有無を言わせなかった。

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