才能
「そこ一くん右ね。で、智くんは左」
放課後の空き教室で秦也の人差し指が滑らかに動く。学園祭の出し物はまさかのダンスパフォーマンスであった。にやにやと立ち位置の指示を出す秦也を見ながら、一は生徒会に入ったことを後悔する。
昔から音に関する芸術分野は苦手だった。歌を歌えば感情がこもってないと言われ、リコーダーに至っては指が絡まりそうになる。それなのにダンスを踊ることになるとは······。
ただでさえ運動は嫌いなのだ。音に合わせて身体を動かすなど冗談としか言い様がない。
そんな一の横で智は相変わらずの運動神経の良さを見せつけている。秦也がアドリブを促せばすぐに音に合わせてキレのあるダンスを踊って見せた。一瞬にしてパフォーマンスを作り上げる彼に思わず感嘆の声が漏れる。身体全体を使ったリズミカルな動きは彼の明るさそのものを表していた。
最初は不安げだった夏希もそれを見て楽しくなってきたらしい。今ではすっかり振り付けを覚え、向日葵のような笑顔を咲かせている。元々愛嬌のある容姿だったからか、その姿はさながらアイドルのようだった。
一は彼らを見て感心するものの、同時に肩が重くなる。こんな人達に囲まれて踊るなど足を引っ張る恥晒しでしかない。
「ねえ葵もちゃんと練習しなよ」
秦也が呆れたように言った。葵は未だに反抗しているのか、やる気のない様子軽く手足を動かすばかりである。それを見てほっとしてしまう自分がいた。まだ希望があると思った。葵ならば一緒に抜けてくれる可能性がある。
「あの、俺足引っ張っちゃうので小野先輩と一緒に裏方に回ってもいいですか」
思わず秦也に話しかけていた。突然呼ばれた葵はちらりとこちらを一瞥したのち、「いいですね。私は賛成です」と返してくる。
「だーめ。もう申請書出したって言ったでしょ? あれ取り消せないからね」
有無を言わさず音楽をかけ始める秦也に、智も「葵先輩踊ってー!」と野次を飛ばした。
「そんなに踊って欲しいですか?」
ため息をついた葵は気だるげだった。しかし「来年は何もしませんから、それだけ約束しなさい」とキッパリ言い切ると、視線を流しながら智と夏希の間に立つ。
次の瞬間、葵が蝶のように柔らかく舞った。これまでの気だるげな踊りとは別物である。手先や爪先まで美しく伸ばされた彼の造形美は、智や夏希のものとも違いバレエのようなしなやかさを持っており、また新たなダンスの魅力を見た気分だ。
彼は一のように踊りが苦手だったわけでも、夏希のように恥ずかしがっていたわけでもない。ただただ乗り気じゃなかっただけなのだ。その怠惰や無関心に埋もれていたはずの魅力に底知れぬものを感じ、ぽっかりと口を開けてしまう。
しばらくして葵の瞳が伏せられ音楽が止まった。訪れた静寂だけが彼の横顔をより一層美しくみせていた。
「さっすが葵。やっぱりやれば出来るじゃない」
秦也がケラケラと拍手を送る。一気に弾け散った空気が甘い風を孕んでいた気がした。
「それはどうも。とりあえず今年だけですからね」
嫌味ったらしい言葉を飛ばした葵には、先程までの役に入り込んだかのような表情はない。いつも通りの呆れた声に、狐に包まれたかのような心地がする。
(これを見抜いていたのか)
一は秦也が恐ろしくなった。彼は葵の才能を知っていてこのパフォーマンスを仕組んだのだろう。一体どれだけ人を観察しているのだ。この男は。
「葵先輩かっこいいー!」
智が我に返ったように葵にまとわりつく。プレゼントを貰った子供に似たはしゃぎように、葵は鬱陶しそうに眉を寄せて智の身体を押し返した。
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