家族


 閑散とした昇降口を抜けて外へ出ると既に日は落ちかかっていた。瞬き始めた夕星ゆうずつがチラチラと視界の端に踊る。光に目を細めていると、校門の横にぽつんと翔太しょうたが立っていた。シルエットが夕景を背負い、ヒラリとこちらに片手をあげる。

「お疲れ。大丈夫だった?」

「おう、連絡ありがとな。話だけしてきた。お前も中で待ってりゃ良かったのに」

「下校時刻だからって締め出された」

 くすりと肩をすくめると翔太は地面に置いていたスクールバッグを肩にかける。そして「こっちに止めてある」と校舎裏にある公園の駐車場へと歩いていった。

 先程翔太から連絡があり、家まで送ってくれるとのことだった。書き込みがかなり拡散されているので、電車に乗りずらいのではないかと思ったらしい。

 自分たちをずっと待ってくれていたのだろう。その配慮が心に染みる。駅前での出来事だったので一も電車には乗りずらかった。


 公園に着くとひとけのない駐車場にぽつんと車が止まっていた。その立派な外観に毎回乗るのが気後れするものの、最近はやっと慣れてきた気がする。今日もまた、美しく磨かれた車体に綿菓子のような夕空が映り込んでいた。

 翔太が車に近づくと中から助手席の窓が開けられる。そこから初老の女性が顔を覗かせた。

「ごめん、少し遅くなった。疲れてない?」

「坊っちゃまのためなら疲れるものですか。ほら、荷物は後ろにまとめるのでお乗り下さいませ」

「また大袈裟なんだから。でもありがと」

 翔太とそんな言葉を交わすと彼女がこちらへおりてきた。白混じりの髪が綺麗に整えられている。歳を感じさせないというよりは、歳を上手く使った美しさというべきだろうか。容姿に似合う上品な頬笑みによって雰囲気がより洗練されていた。

「あらあら一さまも智さまもまた少し大人びましたか? 前より背が伸びたような······」

「ばあや、それ今年三回目だよ」

 頬に手を添えてまあまあとこちらを見ていた彼女は、「何度お会いしてもそう思うのですよ」とまなじりを下げる。

 彼女は通称ばあやという鞍本くらもと家の使用人である。一も小さい頃からお世話になっているが、初めて会った時は本当に使用人などという職業がこの世にあるのかと感動した。

 智が彼女と出会ったのは数年後であったが、彼も彼女を見るなり「え、ほんとに金持ちかよ」と口を開けて翔太を二度見していた。

 そんな小学生の時から顔見知りなのだ。毎回成長を褒められるのも無理はないのかもしれない。

 そんなばあやは智と一から荷物を預かると丁寧にトランクに積み込んだ。そして穏やかな足取りで戻ってくると、「さあさ、どうぞ」と後部座席のドアを開けた。



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