第2話
さてその日は、少なくとも朝、天気は晴れでした。空を見上げると、木の葉みたいな形の雲が、ひらりん、と浮かんでいるだけです。
私は少し迷って、鞄の中に入れっぱなしの折り畳み傘を取り出して、置いていくことにしたのでした。いつもよりも、荷物が多かったのです。背中に背負ったリュックは、詰め込んだ荷物ではちきれそうで、その重量はおそらく十キロを越えているでしょう。
「登山に行くみたいねえ。なにか置いていけるものはないの?」と、リュックの重さによろけた私を見かねた母に言われて、リュックの中をひっかきまわしたあげくのことでした。
そして、玄関を出て家の前の通りを歩きだしたら……、私の前を黒猫が横切ったのです。
黒猫が横切ると縁起がよくない、という迷信があるのは、私の様に「ついてない」人生を歩んでいるものにとっては、常識です。こういうブラックな迷信は、実際に遭遇してしまったからといって、普通の人には厄災をもたらしたりはしません。しかし私のように、もともと不幸がちな運勢の者にとっては、決定的なダメ押しになってしまうのです。
私はあわてて右手を背中に回し、人差し指と中指を絡めて、魔よけのおまじないをしました。これも不幸界隈では常識です。
しかしこれまた案の定、魔よけのおまじないは、たいした効果を発揮してくれなかったみたいです。ひゅう、と風が吹き、木の葉みたいな雲を連れ去ってしまうと、代わりに黒くて重たい雲が空を占領しました。
そしてあっという間に土砂降りに。いわゆるゲリラ豪雨かもしれません。雨が止むまで待っていたら、遅刻してしまうので、私は雨の中を駆け出しました。
道路のくぼみに出来た小さな水たまりをひとつ飛び越すと、後ろから黒猫がぴょんと続きました。どうやら先ほど私の前を横切った黒猫が、後をついてきたようです。
私が今朝食べた、ご飯にかつお節をかけて醤油を回しかけた、ねこまんまの匂いが体から漂っていたのでしょうか?
けれど追いかけてこられても、もちろんねこまんまは持っていないし、私の目的地は学校です。猫を連れて、授業に出るわけにはいかないのです。
仕方なく、しゃがんで黒猫ちゃんに言い聞かせることにしました。
「ねえ、猫ちゃん、私はこれから学校に行くのですよ。君の相手をしている場合じゃないのです」
黒猫ちゃんは訳知り顔で、私を見上げました。そして、ちょん、と前足を私の膝に載せました。雨で濡れそぼったドロドロの前足を……。
私は思わずよけようと体をのけぞらし……たのが運の尽き。もしも私に「運」が残っていたとするなら、ですが。
重たいリュックを背負ってしゃがみ込んでいるところに、黒猫ちゃんの一突き。私はバランスを崩して、ドスン、と尻もちを付いてしまったのです。
そう、雨でドロドロの地面に。
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