異変
「ぬかったなぁ……」
あの後、今までの楽しい時間が急に色あせたように恐ろしくなった。
独り言を聞かれたのはまだいい。実際、今までにも何度か独り言を聞かれてしまったことはあるが、なんでもないと誤魔化してしまえば全て終わる。亜希のときもそれでなんとかなった。
しかし、問題はそこじゃなかった。
浅かった。
いつもより少しだけ対話のときに僕が見えている相手との距離の感覚が浅かった。
分かりやすくいえば近かった。
今までにこんなことは起きていない。
いつも同じように沈んでいって、勝手に口が動いていて、会話していた。
沈む深さが変わることなんて無かった。
深さが変わるだなんて考えたことも無かった。
突然のことに僕は内心動転して、ただ早くこの場から逃れて1人になりたいとしか考えられなかった。
明日は日曜日で特に何も無い。1日中家にいて心の冷静を取り戻そう。
◆◆◆
そんでもって月曜日。
1番に確認すべき人物は亜希だ。
亜希と家は真逆の方向だが、約束せずともほぼ同じ時間に登校出来ている。
「おはろ!」
「おはよ、亜希」
「一昨日は楽しかったねぇ、癒しだった」
「亜希こそ上手だったよー? 私とは違う響きがあるというかさ」
「恐縮ですっ!!」
おかしい。一昨日は浅かったのに。
今日はいつもより深い。少しだけ。
より浅くなるのだと思って身構えていたけれど、逆は考えていなかった。
深くなっていくのか? ではあの浅さは僕の勘違い……? いやいや、そんなわけあるかい。
どっちにしろ、しばらくは様子見だな。
◆◆◆
こうして、僕の正直内心ビクビクしながらも人との距離感を気にする日々が始まった。
亜希との会話の後、クラスメイトや先生で測ってみたが、やっぱりいつもより少しだけ深かった。しかし、別の日になると浅くなったり、深くなったりする。落差も毎日違う。ただ、一日中人や時間によって変わることは無く、距離感は固定されていた。
そんな状況が1週間続いたあたりで、僕は記録をつけ始めた。いちいち覚えていられないし、何か規則性が掴めるかもしれないと思ったからだ。
そして、そろそろ2、3ヵ月が過ぎようとした日の夜のこと。
「えっと、今日は浅かったな」
今日の記録をつけて、今までの記録を見直してみる。
「感覚上の話で記録つけて無かったけど、なーんか落差が激しくなってきてるんだよなぁ」
パラパラとページをめくる。そして、あれ? と思った。
「段々、っていうかまだ少しずつだけど、深い日が多くなってる……?」
始めは浅い日が目立っている。だが、少しずつ少しずつ同数になってゆき、最近では深い日が目立つようになってきていた。
「これもしかしたら深い日ばっかりになるんじゃないか?」
どうしたら元に戻るんだろうか。
そもそも「元」とは自分の場合、どこのことを指すんだろうか。
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