第30話(エピローグ)由香の旅跡

若い娘が、この世から消える瞬間に立ち会わなければならないと言う事態に対して、世の中の誰もが避けたい事象の一つであろう。薫が、札幌の病院を訪れた時の由香の状態はまさにそのときを迎えていた。薫は、殆ど意識が無くなった由香の手を握り、不思議と安堵感に満ちていた。これで、由香の魂が開放されるのだ、それは、彼女が最も望んでいた事だ。そう心の中で考えている気持ちの先に、由香の微かな温もりを残した手が有った。由香もきっとそう思っているに違いない。ただ一つだけ、薫の腑に落ちない気持ちの謎が残されて、薫の心にしまい込まれていた。『何でここなの、北の地に何か意味があったの。』その答えは得られないまま、二人の別れが過ぎた。

東京での一連の、作業、所謂葬式と言う儀式が過ぎてから、暫くして、薫は由香の母親に呼び出されていた。暫くぶりに訪れた西園寺の家は、何時もの様に穏やかな静けさに包まれていた。薫は家の玄関近くににある大公孫樹を見上げながら、由香の魂の行く先を思っていた。

「わざわざ呼び出してご免ね。」未だに由香の姉の様な母葵は、公孫樹を見上げていた薫に声を掛けた。

「いえ、僕もそろそろ此所へ来てみたかった所なんです。」

「有り難う、由香も喜んでると思うわ。今日はこれを渡しておきたくて。」

そう言って渡されたのは、由香のノートだった。

 由香とは、彼女に引き回される様な格好であちこち旅して回った薫だが、ある山深い湯治場に行った時に、ふと漏らした由香の言葉が気にかかっていた。

「私が死んだら、私の足跡を追って。」

葵から渡された由香のノートは、薫と回った旅先の事が細かく書かれていた。

『由香はもう一度、僕と回りたいのか?』薫がノートを読み進んで行くうちに、それぞれの解説の後に付け加えられた不思議な言葉に気がついた。

(ここは、五年)

(秋に来てみて)

(三十年後は立派になってるよ)

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