第15話 (憑依編)新生活

(その件、ともかく受験が終わってからにしてくれません。)そんな、言葉で由香との話し合いを終えてから、ほぼ半年後、大学新学期のオリエンテーリングの教室で、薫の隣にそれとなく座った女子学生の顔を見て薫は驚いた。

「西園寺!君もここへ…」

「これで正式に付き合うことができるはずですが? それと、西園寺は止めて下さい、由果と呼んで頂戴、今後、私も東堂君のことを薫と呼ぶから。」それは、依然会った女子高校生と外見は同じだが、少し中身の違う存在の様に薫は感じたが、薫としては、むしろこの方が気楽そうに思えた。そんな理由もあり、この素気ない会話が始まりで、二人は正式に付き合いだした。もっとも付き合うと言っても、由果が一方的に薫について回っていると言う状況が暫く続いた。何故か、由果は講義の選択も薫とほぼ同じで、講義のときは必ず、左隣に座った。かといって二人は、一緒に居るからと言っても特に何をするわけでもなく、一日ほとんど口も利かないことも有った。さらに、由果は他の男子学生に対してまったく興味を示さなかった。声をかけてきても無視するか、薫の影に隠れてしまう。普段の服装も黒を基調としたものが多く、恐らくそれなりの服を着れば可愛いい女子大生に見えるはずなのだが。何時しか二人は、兄と妹であるとか、黒魔術師とナイトであるとか、自閉症の彼女を伴った恋人同士だとかで、周囲に認識され始めていた。そんな折、ふとしたきっかけで知り合った、一年上の先輩が演劇部への入部勧誘に来た。

薫は小学校の頃、母梢につれられて、地元のNPOが主催する観劇に良く出かけていた。そんな経緯もあってか、新入生歓迎会の催で開かれていた、演劇部が実施したシェィクスピアのマクベスになんとなく行ってみていた。講堂の舞台を使って、マクベスの序章が演じられていた。その時、講堂に入る手前の階段で、ジーンズ姿で頭にバンダナを被った、いかにも大道具さんといった格好の女性に呼び止められた。そのラフな風体とは逆に、整った顔立ちをし、水着でも着せれば、そのままグラビアモデルにでもなれそうな人物は、

「彼!一寸手伝って頂戴、これ重いんだよ。」

薫は、由果に先に行くように伝えてから、その荷物の搬入に助勢した。講堂の扉を開け中に入ると、一仕事終えてきた様子の小太りの学生が寄ってきて、二人に手を貸しながら、

「お恵(オケイ)何処で拾ってきたんだ。」と言って薫を見ながら、

「うん、なかなか良いな。使えそうだ。」と独り言のように話し出した。

「まだ手出しちゃだめよ。講堂の前にいたただの通行人なんだから。」そのお恵と言われた女性が、その学生に何やら耳打ちしてから、

「君、一年生?」

「ええ、」

「名前は、まあ、人に名前聞くときは自分が名乗るのが礼儀か、私は、二年で平山恵子、こっちは同じく二年で吉田純一、シナリオが担当、私は一応女優って事になってるけど。」屈託の無い様子で話した。

「東堂薫です。」

「ほう、薫君か、よろしく。ああ、ここでいいわ、有難う。うちの劇見ていってよ。」そう言うと、側にあったクーラーボックスからペットボトルのお茶を取り出して、薫に渡すとそそくさと二人で消えてしまった。ぽつりと一人残された薫は、入ってきた逆のルートを辿り講堂の前まで出てから、由果が待つ会場に入った。由果は入り口付近の壁沿いに立っていて、薫を見つけて近づいてくると、もう何年も会っていない恋人にでもあったかのように、左腕に絡み付いてきた。

「暗いの怖い。」由果がぽつりと言った。

「飲むか」といって貰ったお茶を渡すと、一口飲んでから薫に戻した。薫は少しためらったが、一口飲んだ。するとまた、由果がそれを一口飲んだ。

「お前て、こう言う事にあんまり気を使わないんだな。普段は、テーブルマナーが厳しい家風なんだろう。」

「別に、薫のだからな。風邪でも引いてるんなら別だが。」

「ああ、いたって健康だよ。」そんな会話をしながら、席を探してからついさっき知り合った演劇部員が演じる劇を見た。

学生食堂で、恵子は薫を見つけると、トレーを持ったまま、近寄ってきて、

「ここいい。」と言って薫の前に座った。恵子は隣の由果を見ながら、

「彼女?」と尋ねてきたので薫は

「黒魔道師とその従者か、女バンパイヤとシュバリエって関係ですかね。」と答えると、

「ふん、それいいね。気に入ったよ。なんだか、目当ての骨董品を買いに行ったら、隣に掘り出し物が有ったて気分だよ。」恵子は、二人をまじまじ見ながら、

「二人とも演劇部に入らない?いやぜひ入って欲しいんだ。」そう言いながら、ジィンーズにふくよかな胸のラインが強調されるノンスリーブの薄手のニットを着た肩から、白い腕を伸ばしてパンフレットを二人に渡した。薫と由果は恵子の熱心な勧誘もあり、とりあえず仮入部ということで週に一―二度、部室へ顔を出す様になっていた。そんな折、薫は恵子や純一から盛んに女形を進められ、何度か髪を伸ばしてみたらどうかと言われていた。どの程度まで伸ばせばいいかについて議論になった時、恵子はマクベス劇中の魔女のイメージをコンテで示して見せたが、純一は、そのイメージならどうせ金髪になるのだから鬘で良いだろうなどと意見が分かれていた。それから少し後で、薫が小学校の時に髪を長くしていた時期があると言って持ってきた写真を一同が見た事で結論が出てしまった。

「あんた元々素質があるわ。」写真を見た恵子がそういってから

「残念だな、折角薫君とラブシーンできるかと楽しみにしてたのに。おう、そうだ純一、レズシーンのあるシナリを書いてよ。そうすれば、薫君とラブシーンできるから。」純一は呆れた顔して「阿呆」といった。

二人はそんな時間を過ごしながら、何時も観察対象物から離れようとしない由香と、そのことに諦めがついて好きにさせている二人の間にも少しずつ変化が出てきていた。

その一つは部室棟の火災だった。キャンパスの西の端にあった木造の旧館を学生達は部室棟といって、文化部および学生自治会などが使用していた。その旧館が焼けた。火元は明確にはされなかったが、写真部の照明器具が原因らしかった。そのため、旧館を寄りどころにしていた文化部の連中は一挙に難民状態になってしまった。当然演劇部も活動の拠点が無くなり、夏休みに予定していた市民ホールでの演劇公演も風前の灯状態となった。自治会の必死の嘆願や裏工作が実り、部室棟自体の再建の目処は付いたがまだ先の話で、当面の拠点が無かった。そんな問題をあっさり解決してくれたのが、由果だった。

西園寺家に使っていない講堂のような建物があり、部室棟が出来るまでの間、使用してもよいとの事だったので、恵子や純一を含めた数人で西園寺家を訪れることになった。

大学から西園寺家までは、意外と近く地下鉄を使えば、三駅ほどで着いた。

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