第8話 (悲恋編)体育祭での珍事と青い夏の終わり

「ヤッチマッタ様だな。」と健司が言うと、

「ああ、ヤッチマッタな。」と誠司が繰り返した。

大型遊園地の出会い依頼、西高校生徒会とのやり取りは続いていて、南高校の時期生徒会長の西郡により、綿密な計画が進められていた。数年ぶりに、西高校の女子が体育祭の応援に来るとの噂は広まり、何やかんやとざわついていた。健司は、西郡の陰謀を何とか穏便に済まそうと、実際は、義妹のシオリを男子校の男子の前に晒したくないため、画策していた。だがそんな努力も空しく、当日がやって来てしまっていた。やや、クラシカルなセイラー服を着た、シオリと梢が、南高校の正門に遣ってくると、待ち構えていた様に、西郡がエスコートをしだし、傍らにいる健司に要らぬ指示を出しながら、二人を控室に案内した。この時点で、シオリはすでに注目の的で、

「だれだ、あのスゲー、プロポーションの女子は。」男子学生達は、セイラー服の上からも見て取れる、シオリの均整の取れた姿に見とれていた。それが、健司と誠司による作品とも知らずに。

「ああ、何でも東堂の妹だって事らしいが?」

「妹、だって同じ学年だろうが?」

「なんでも、東堂の三つ子て、中学の知り合いが言ってたけど。」

「あんな、可愛い妹が居たのか、東堂に!怪しからん奴だな。」そんな男子学生の思いも知らずに、兄達の学校が珍しいのか、シオリは臆する事無く、エスコート役の西郡に案内されて、学校の主要設備と体育祭の状況を見学しながら、此処かしこにいる説明役の学生に愛想を振りまいていた。

「男子校って、大分中身が違うんですね。この筋トレ機具とか、クラブの内容とか、あのボクシング部の殴るやつ一つ欲しいですね。」とシオリが言ったので、早速、西郡は、シオリにグローブを付けさせて試させた。シオリの右ストレートがパンチングボールにヒットして、帰ってくるボールを巧に避けながら左ストレートを打ち、暫く連打すると、周りの部活の生徒から

「スゲー!」と声が上がった。

「東堂・・・東堂はこっちにも居たか、シオリさんで良いですかね。普段やられている様な動きですね。」と西郡が言うと

「はいー、普段兄達を殴って居ますから。」とけろりと言ったので、周囲の学生たちの爆笑を買っていた。その後も、体操部の吊り輪や、野球部などを見て回り、野球部では、甘い内角のストレートを打ち返していた。そんな、体験見学を暫くしてから、文化部を見学していた梢と合流し、明日の本番の打ち合わせのため、控室に戻ってきた。シオリの横には、オブザーバー役と称して健司がいて、梢の側には、梢の希望から文化部代表と称した誠司がいた。南高校生徒会の面々から、詳細な内容と当日のスケジュールが説明され、最後に、明日の衣装と言われ荷物を渡されていた。梢は怪訝そうな顔をしたが、この上は学ランだから大丈夫よ、とのシオリの言葉に、躊躇いながらも承諾した。

 翌日は、やや曇りがちながら、運動をするには、良い気温だったが、会場の熱気は既にヒートアップしていた。紅組と白組に分かれ、紅組の応援団にはシオリが、白組の応援団には、梢が参加していた。男子校だけあって、一般の徒競走などに加えて、騎馬戦や棒倒しなどのほぼ格闘技的な競技があり、肉弾戦のぶつかり合いに対して、梢は引き気味であったが、シオリは、感激していた。

二人は、ロングの学ランに夫々に赤と白のタスキを掛けてそれぞれの応援団と共に応援に入っていた。大きなハリセンとうちわを夫々に持ち、他の応援者と共に、器用にハリセンやうちわを振りながら同調して、踊ったり回ったりしながら、盛り上げていた。競技の勝敗や順位により、赤白夫々に得点され、中間結果では、両軍ともに五分五分の状況で昼休憩を挟み最終戦のリレイ競技へと進んだ。昼食は、雪乃(義母)が作ってくれた、お重の弁当を東堂の三人と梢とで食べた。

「接戦だね!」誠司が言うと

「次のリレーで決まるな。」と健司が応答してシオリと梢の足元をちらりと見た。元々、男物の長ランは、彼女達の体を足元近くまで隠していたが、シート上に座りこんだ二人の足元から、網タイツの様な模様が見えていた。

「学ランの下は何を着てるんだ?」と誠司が聞くと

「ないしょ!」とシオリが答えた。健司は、この時点で、西郡の企みを知っていたのだが黙っていた。

昼食休憩も終わり、ウオーミングアップ用のラジオ体操を全員でしてから、最終競技に入った。リレーは、クラスの奇数組と偶数組から夫々一名が出て、全クラスの選手がリレーを繋ぐ長丁場の徒競走であった。スタートから4週目付近で紅組がリードしていたが、徐々に巻き返されて、10週目付近で並ばれた後に、11週目で四分の一コーナー程度のリードを許したが、赤組も必至に食らい付き、いよいよアンカーが待ちかまえる、コーナーにバトンが渡された。紅組のアンカーは、童顔の小柄な少年で一見女子の様にも見えるおかっぱ頭を振り乱しながらも、先行されてしまった、白組のアンカーを追った。コーナーを抜けた直線で、一気に並ぶと次のコーナーで徐々に抜き返し、ゴールが待つストレートに入り、白組アンカーを抜き去りゴールした。その途端に、会場中から歓喜と落胆の声が一斉に湧き上がっていた。結局、この勝利でシオリが応援する紅組が総合優勝した。競技の興奮が落ち着いた頃、大会運営委員長の西郡から優勝旗の授与と各優秀賞の授与がされた。紅組はシオリが担当し、白組は梢が担当した。そして、最優秀選手賞は、リレーアンカーのあの少年であった。ここで、西郡の策略が披露される事となっていた。檀上に上がったその少年ははにかみながら前に立つと、西郡から小さなカップを渡されたあと、学ランを脱いで網タイツのハイレグ姿のシオリと梢にキスをされる段取りであったが、梢が躊躇したため、シオリだけが、セクシーな衣装のまま、少年に抱き付きキスした。シオリも自分が応援していた紅組の勝利とこの少年の活躍に感動していたためもあり、普段、健司や誠司に接する感覚で、少年に抱き付き一寸情熱的なキスをしてしまった。それは、全男子の衆目の的となり、シオリの存在が公のものと成ってしまった。その後鼻血を噴出させた、その少年を医務室に連れていき看病している誠司と健司は互いの顔を見合わせて

「ヤッチマッタナ」と相槌を打っていた。

体育祭での一件以来、東堂の三つ子で妹の存在が学内に知れ渡ることになってしまい、健司と誠司は暫く頭を抱えていた。特に、誠司は、女子高生徒会との接触があることが知られ、シオリを含めた、西校生徒へのラブレターの依頼から、デートの申し込みまで引っ切り無しにやって来ていた。シオリへの手紙は、原則本人へ渡していたが、その他は、西校生徒会長へ渡し一任したので、その結果がどうなったかは感知しなかった。シオリは受け取った手紙に対しては丁寧に返事を書いていた。当然断りの内容であるが、相手を気づかいながらの文章をさり気なく返信していた。

そんな、三兄弟を一目置かざるえない、事実が両校で発生した。それは、全国模擬試験でのトップ三位に東堂の名前が載った事だった。その事実は、特に一般の生徒にとっては、脅威と写った用で、手を伸ばせば届きそうな存在から、一挙にはるか彼方の存在へと飛躍させてしまい、そのおかげも有ってか、シオリへの関心も徐々に薄れていった。そんな中でも、しつこく食いついて来ている者が数人いた、シオリには西郡、誠司には幸子、健司には梢だった。特に西郡は現生徒会長の立場を使い、西高校との接触を盛んにとり、慣例として、北高校の体育祭に招かれた西高校は、文化祭に北高校を招くことになっていた。

恒例により、西校文化祭に招かれた北高生徒会役員と、文化祭交流会行事として、天文部の交流会が行われ、誠司が天体望遠鏡の追尾装置の発表をするために同行した。北高生徒会の健司と西郡を含めた、面々は来賓待遇で、各催し物を見て回っていた。演劇部が演じるベルばらのオスカル役をシオリが演じているのを健司が驚いていると、梢は、

「男役がピッタリと嵌っているのよ。男の扱いに慣れているようにね!」と意味深な事を健司に解説し、女子達からも、お姉様的な存在で後輩から慕われている事や次期生徒会長に内定している事なども伝えられていた。演劇部のベルばら公演に続き、軽音楽部の演奏などを、楽しんだ後、昼食を挟んで、西高校天文部と北高校天文部の交流会が計画されていた。北高校の面々は、家庭科教室の料理実習部屋の簡易食堂で接待を受けていた。本格的なフランスコースの実習も兼ねて、次々に出されてくる料理を堪能しながら、よもやま話に花を咲かせていた。午後は、誠司が自作の電子回路を駆使した、天体望遠鏡の追尾機構を西高校天文部に講習していた。小型のマイクロコンピューターにより、地球自転を相殺しながら目的の星を追う、タイムラプス方式をとり、カメラを付ければ長時間露光ができ、かなり暗い星の撮影も可能となる事などを実際の撮影映像を交えて説明し、自作の装置を西高校天文部に提供した。これには、天文部長幸子が大変喜び、益々誠司に対する好意を強めていた。そんな学校行事の合間の出来事ではあったが、夏の海の家の事があった。

高校二年の夏は、何時もの夏と少し違っていた。一年の時、夫々の高校での体育祭や文化祭で知り合った、シオリの女子高のメンバーが加わった。シオリの先輩の恵子と二年になって副生徒会長となった梢、そしてあの遊園地での出会い以来、誠司に何かとチョッカイを出してきている幸子だった。最初は、シオリの申し出を猛烈に反対していた二人だったが、三年の恵子が居る事で、三日程で帰るという事と、

「たまには、健全な男女のお付き合いをしなさいよ。妹の体をもてあそんで満足してる変態兄弟なんだから、言うこと聞かないなら、三人の関係、親にバラスからね。」と言うほとんど脅しに近いシオリの言葉に二人は納得せざる得なかった。

 結局、三年の恵子は急遽参加できず、女子は、シオリと梢と幸子の三人となり、男子は、絶対に行くと言い張っていた西郡が、恵子同様に進学用特別模擬試験のため出席出来なくなったため、誠司と健司の二人で、女子達の面倒を見ると言う条件で、何時もの海の家にやって来ていた。海の家では、和室が女子達に、板の間の部屋が誠司と健司にと計画していたが、健司が倉庫から、古いテントを引っ張り出し、庭先の浜辺に設営し、夜は二人で寝る事にして、母屋を女子組に明け渡していた。粗方の世話は、二人が担当したが、食事は当番制にして、三班に分け各班に、海の家の事情を知る、シオリ、健司、誠司が入り料理を作っていた。昼間は、ほぼ全員が、海で泳いだり、熱帯魚観察をしたりし、その時の当番担当が、昼食を作り提供していた。夜の涼しい時間帯に宿題や夫々の勉強をして、分からない所を互いに教え合っては、ノルマを消化していっていた。

 二日目の夜、勉強時間も終わり、夫々が風呂や読書や音楽を聴いたりして寛いでいる時に、梢が、健司と誠司のテントに遣ってきていた。テントは二人が寝るまでは、片方を跳ね上げて、タープの様な状態にして夜風を呼び込む事で涼しく過ごす事ができ、母屋からは死角となるため、梢の姿は隠されていた。

「あなた達は、何でシオリちゃんばかり気にしているのかな?」

「ええ、別に何時もと同じだけど・・・」と誠司が言い訳がましく言うと

「本当は、夜中、シオリちゃんが此処に来て欲しいからじゃないの。」梢に本心を見抜かれているのかと二人は、ドキッとしていたが、

「私も幸子も、夫々に気がある事を知らない訳じゃぁ無いでしょ?」

「・・・・」

「私は、三人の関係を知っているのよ。と言ったら、二人はどうする?」

「・・・・」

「返事が無いと言う事は、私が想像している事が事実と言う事かしら。」

「そんな・・・」と言いかけた誠司を健司が制して

「梢さんは、何が目的だ?」

「まず、健司君には、その梢さんを止めて欲しいわね。私も、健司って呼び捨てにするから、私の事は梢で良いわよ。それと、誠司君、あなたもね。幸子の気持ちは十分わかっているはずよね。明日は、幸子と誠司君の時間を作るから十分に話し合って頂だい。」と言い終わると、梢は、母屋へ戻っていった。健司はシオリの策略かと思いながらも、核心が持てずに、誠司と顔を見合わせていた。

 翌日の昼食係は、誠司と幸子であった。台所で、てんぷらとソーメンを作っていた二人だったが幸子が

「夕べ、梢ちゃんから何か聞きました。」とカマを掛けてきた。誠司は梢が言っていた二人の時間とは、この事か、と思い

「ええーぇ、二人の時間が如何とか・・・」とうっかり言ってしまうと

「はーぁ、嬉しいです。私、前から誠司さんの事が好きでした。だから、お付き合いしたいです。誠司さんて、何時も私の誘いを無視するか、すっぽかすんですもの。これからは、無視したりすっぽかしたりしないで下さいね。でないと、梢ちゃんに聞いた事・・・ね!お願いしますね。」幸子の脅しとも言える告白に、誠司がドギマギしながら接していると、

「あっ、てんぷらの粉が顔に・・・」と言って、誠司の顔を近づけてから、ほほにキスしてきた。

「これは、約束のおまじないデス!」と言い、てんぷらを食卓へ運んで行った。その日の昼食は、女子三人が示し合わせた様に、誠司の隣に幸子が、健司の側には、梢が座り、その光景をシオリが楽しそうに見ながらソーメンを食べていた。

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