第6話 (悲恋編)海の家2

夕方になって、志野が三輪バイクで尋ねてきた。

「良い魚が上がったから、夕食にでも食べて頂戴。」そう言うとテキパキと魚をさばき、刺身とフライ様の切り身にしてくれた。志野は暫く三人と話した後、店の準備の為に戻っていった。夕日が三角岩の間に沈むと再び、三人だけの夜が始まっていた。志野が持ってきてくれた刺身も、シオリが作った煮物も平らげてしまうと、

「もう少ししたら、一寸良い物出すからね。」シオリは茶目っ気な表情で二人に言うと、夕食の後片付けを初め出した。誠司とシオリで食器を洗い、健司は風呂を湧かした後に、お茶を入れた。

「健司や誠司の母さんてどんな人だったの?」それぞれに一仕事終えてテーブルに着くとシオリが話始めた。

「どうと言われると・・・あんまり記憶が無い気がするけど、一番の印象はこの海での事かな。」健司が言うと

「二人で、良く悪戯ばかりしてたから、怒られた記憶と服装で覚えているのは、シオリが着ていたあの服と着物かな。」健司が言った。

「おお、そうだ。そう言えば着物姿は覚えがあるな。」

「多分、何か改まった事が有るときは着物を着てた様だった。恐らく、本家にも残ってると思うけど。」

「うん、今度見せてもらおう。」

「どっちにしても、大した記憶は無いんだ。ただ怒られている時以外は優しかったて事位かな、当たり前だけどな。」

「シオリは、父親の記憶は有るのか?」

「正直言って、覚えが無いわ。物心付いた時は、置屋のおばさんの所で育てられていたから、小さい時に覚えがある男の人と言えば、東堂の旧家の叔父さん位かな。」それぞれに曖昧な記憶を辿り、物思いに耽ったまま時間が過ぎて行った。ふとシオリが

「アイス!志野おばさんから頂いたんだ。」

「ああじゃぁ、俺風呂に入ってから貰うよ。」誠司が座を立つと、シオリと健司が冷蔵庫の中のアイスの品定めを始めていた。

「随分と沢山貰ったんだな。」

「うん、盆祭りの出店用の序でだって、纏めて沢山仕入れたらしいよ。」

「そういやー、盆祭りて何時からだ?」

「多分、明日からみたい。」

「じゃぁ、明日は出かけてみるか?」

「はい、賛成。」

誠司が風呂から出るのを待って、三人はそれぞれのアイスを食べ始め、明日の予定を話会った後、それぞれに読書やら宿題の残りやらで時間を潰してから、誠司と健司は床に着いた。シオリは最後に風呂に入ってから板の間部屋で、誠司から借りた携帯形のカセットプレーヤーを聞いていた。誠司は、シオリの為に、幾つか好きな曲を入れてくれていた。

「ああ、ヴォーカリーズだわ。」ラフマニノフのその曲は、月明かりに照らされる入り江の波間を滑るように流れて行く曲の様に聞こえ、シオリは暫くその曲に乗って海の上を漂っている様な気持ちがしていた。浅い眠りの後に、気がつくと誠司がタオルケットをシオリの背中に掛けてくれていた。

「ああ、ご免、私も寝るから。ああ、私の好きな曲入れてくれて有ったんだ、有り難う。」立ち上がったシオリを誠司がそのまま抱き抱えて、床まで連れて行っくと、

「今日で二回目だぞ。」いつもの様に、誠司と健司の間の布団にシオリを寝かせてから誠司が言った。

「あ、そうか昨夜も世話になってたか。ここに来ると何だか気が緩んでしまうのかな。」そう言ってから、シオリは誠司に軽くキスをした。

「昨日と今日のお礼だ。」その言葉と共に、眠りに付こうとしていた。無意識にシオリは誠司の頭を抱きかけながら寝入っていた。誠司もシオリの温もりと彼女の香りの中で何時しか寝ていた。 

 翌日(三日目)の朝食の時、健司が海を見ながら突然話を切り出した。

「海底に二万マイルて知ってるか?」

「はあ、SF小説の、確かジュール・ベルヌだったかな。」

「ああ、そうだ。ここてノーチラス号の秘密基地に似てないか?」

「はあ?でもあの話では、基地は絶海の孤島じゃなかったかな。」

「ああそうだけど、あの角岩に向こうにノーチラス号が接岸出来そうじゃないか。この家も、純和風だけど、別な建物を建てれば、研究所に成りそうだし。」

「突然何を言い出すかと思ったら、ここを秘密基地にでもするの?」

「ああ、今でも十分秘密基ぽいけどね。」誠司が言うと

「俺達三人の秘密基地か。」

「健司にしては、以外な話題だね。」シオリが面白そうに話を振った。

「誠司が、星の話をするなら、良く聞く事があるけどね、健司はそう言う現実離れした話題には興味がないのかと思ってたよ。」

「誠司の星の話は、現実的な物だろう、たとえ、宇宙の彼方のことでも身近には感じられないだけで、実際に起こってる事実さ、でも、SF小説はあくまで空想の世界でのことだから、本質的に違う話題だと思うけどね。」そういい終わると、健司は、朝食後のひと時を、この小説を読んだことがない二人にそれなりに丁寧な口調で話して聞かせた。

「確かに、この浜辺は周りが岩盤で他の場所からは目立たない所だけどね。秘密基地と言えなくはないな。それより、健司にそんな趣味があったのは意外だった。」

「ええ、私も、そう言う話は誠司の範疇かと思っていたわ。」

暫く、朝食後の談議に花を咲かせていたが、志乃からの電話でお開きとなった。志乃の電話は、盆祭りで今夜港で花火大会があるので、夕食がてらに見物に来るようにとの内容だった。

朝食を片付けた後、健司と誠司は宿題と二学期の予習に取り掛かっていた。その間、シオリは近くの海岸へ散歩に出かけていた。この家が夏しか利用されないのは、その立地条件からもきていた。背後の崖のために、午前中はまったく日がささない、夏は涼しくていいのだけれど、当然冬は寒い。でも、そんな朝方のひんやりした空気が好きで、シオリは良くこの時間を狙って散歩に出かけていた。

「確かに絶海の孤島の秘密基地に思えなくはない、でも食料は如何しよう?水は崖からの湧き水が有るけど、日の当たる畑、それともガラス張りの温室の様な植物園でも作ろうか、多分熱源となる様なエネルギー源は豊富に有るんでしょうから。」シオリは朝の話の続きを考えながら、砂浜から頭を飛び出した岩を避けながら浜辺を歩いていた。潮溜まりに青や赤や黄色の小さな熱帯魚が泳いでいるのを暫く見てから、立ち上がった瞬間に腹部に重い痛みを感じた。

「あ、そうか二日目か。」自分の鈍感さに少し呆れながら、家に戻った。

板の間の机で勉強していた健司と誠司はシオリの顔を見ると、

「シオリは宿題終わってるのか?」と交合に同じ質問をした。

「当然でしょう、折角海に来るのに、そんな事さっさと終わらしてから来るわよ。」

「まあ、俺達も終わったから、今晩は羽が伸ばせるけど・・・お昼は焼きそばにするけど良いか。」

「うん、いいけど、その前に少し横になるよ。今日が二日目だったの忘れてたから。」

「二日目?」誠司がとんちんかんな質問をしそうになるのを健司が止めて

「ああ、分かった、シオリの分は取って置くから。」健司の言葉に軽く「ありがとう」と受け答えしてシオリは和室に消えた。

「うんん、今日て三日目だよな?」誠司の鈍感さに呆れながら健司は

「意味が違うだろう。」そう言いながら台所へ行った。

 シオリは代わる代わる様子を見て来ていた健司と誠司を浅い眠りの中で意識しながら、朝の続きの様な夢の中に居た。サッカーボールの様な、ガラス貼りのドームの中で、食材となる野菜や果物をバスケットの中に取り入れていた。ドームの回りは、小高い岩の壁があり、眼下には、船着き場の様な桟橋が有って、そこには、一角鯨のような潜水艦らしき物が停泊していた。でも、それは海では無く星が瞬く空間だった。

「そうか、健司が入ろうとしていたのは、星の瞬く海だったのか。」夢の中の自分に言い聞かせるように、シオリは呟いていた。シオリがそんな浅い眠りから覚めたのは午後二時を少し回った頃の時刻だった。板の間の机には、ヘッドホンで音楽を聴きながら、本を読んでいる誠司が居た。

「よお、起きたか、腹減っただろう、今用意するから。」

「いいよ、別に病人じゃ無いいだから、自分でやるから。」シオリの言葉に少し残念そうな顔をした誠司に、

「健司は?」とシオリ訊いた。

「日課をこなしてるよ。毎日4キロ泳ぐんだってさ。」

「ふーん、」そう言いながら、シオリは海岸の方へ目をやった。結局、座り込んでしまったシオリの為に、誠司が残りの焼きそばを温めて用意してくれた。

食事の準備に託けて、誠司はちゃっかりシオリの横に座ると暫くシオリの横顔を眺めていた。

「何だ・・・何だかうっとうしいな。」

「昼間からシオリの側に居られるなんて、久しぶりだからな。肩でも揉むか?」

「誠司はなんだかんだ言って、私に触りたいのか?」

「え・・・まあそれも有るけど・・・」

「生理中は、そう言う事されると鬱陶しいだけなんだ。それに今晩は出かけなきゃいけないからな。でも、やってくれるなら、足のツボを揉んでよ。」

シオリは、食器を片づけた後に、幾つかの座布団を持ってきて座ると、自分の足のツボに当たる場所を誠司に示した。

「くれぐれも、変な所触らないでよ。蹴飛ばすからな!」

それでも誠司のマッサージは意外に効果的だったのか、シオリの体は大分楽に成っていった。

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