第247話 噂の終わり 3


 滝沢君が率先して否定してくれたおかげか、まだ完全に疑惑は晴れていないものの、翌日のリハーサルはそれほど気分の悪くなるような話が耳に入ってくることはなく、写真が出回った数日前と較べると落ち着いて過ごせるようになってきた。


 もちろん、お昼については引き続いて生徒会室にお世話になっているし、俺一人でいる時なんかは、状況を良く知らない生徒たちから耳障りな話が聞こえてくるものの、それもごく一部なので、実害無しとしてスルーしていた。


 そうして集中してリハーサルをしっかりとこなし、そのさらに翌日、日曜日。


 体育祭の本番の日を迎えた。


 いつものように休日出勤の母さんを見送って、冷たいお茶を飲んで一息つく。時間はまだ早朝で、出発までに2時間ほど余裕はあるけれど、設定したアラームの1時間前に目が覚めてからずっと落ち着かなかったので、体操服に着替えてすでに準備は万端にしていた。


『(海) 真樹、今日のお昼だけど、ウチと夕のとこで皆の分用意するって』

『(真樹) 了解。あ、俺もう着替え終わってるから、いつでも来てもらって大丈夫。今日は皆で一緒に行くんだよな?』

『(海) うん。関のヤツは家が反対方向だから途中で合流する予定だけど、夕と新奈は一緒に連れてくから』

『(ニナ) そういうこと。せっかく来てやるんだから、冷たい飲み物、しっかり用意しておいてよね』

『(あまみ) 真樹君、今日は頑張ろうね。もちろん、真樹君だけじゃなくて、私も海もニナちも、それに望君だって』

『(SEKI) 俺だけ敵なのが辛いとこなんだが……まあ、とにかく今日は皆で楽しく真剣にやろうや』

『(真樹) うん。そうだね』


 一息ついて、いつものように5人でやり取りをする。


 最初は海と俺のたった2人だったグループチャットだったが、天海さんが加わり、次に新田さん、そして最後に望が加わって、俺のスマホの中も随分と賑やかになった。


 他にも中村さんや滝沢君、二取さんや北条さんと、去年の秋以降から順調に繋がりが出来つつあるが、この5人は、俺にとっては特別なものだ。


 いつでも見れるようにと、テレビ台の収納に入っているアルバムの最終ページに飾られた、去年のクリスマスに、俺の両親も含めてみんなで撮った写真を取り出す。


 両親にわがままなことを言って、人前でボロボロと泣いて情けない姿を晒しても、それでもまだ俺のことを『友達』だと思ってくれている人たち――そんな皆と、これから先も新しい思い出を作っていく。


 なので、今日の体育祭は、そんなささやかな願いをかなえる絶好の機会だ。


 と、体育祭を前にしんみりとしていると、ちょうどいいタイミングでインターホンが鳴った。


「海かな……合鍵持ってるんだから、そのまま勝手に入ってきてもいいのに……」


 合鍵をもらった当初は『通い妻』だなんだと天海さんや新田さんからからかわれたものの、最近は特に気にすることもなく自分の第二の家のように入ってきていたのだが。


 まあ、いつもより早い時間だし、日曜なので一応は気にかけてくれたということだろう。


「海? 鍵は開いてるから、いつもみたいに勝手に入ってもらって――」


『……えっと、ごめん前原君。朝凪さんじゃなくて』


「……え?」


 応答ボタンを押して何気なくそう言った俺だったが、返ってきた声は、まったく別の人のものだった。


 急いでインターホンの画面を見ると、不安そうな顔を浮かべてカメラを見つめているのは、ウチの高校の制服を着た、俺と同じ背格好の眼鏡の少年。


 1年からのクラスメイトである、大山君だった。


「大山君なんで……あれ? 俺、前に家の場所教えたことなんてあったかな?」


『あ、いや……俺ももちろん知らなかったんだけど、連れてこられた、というか」


「? 連れてこられた……って誰に、」


『――私が連れてきたんだよ、前原』


 そう言って、モニターの横から半分だけ顔を出した荒江さんの姿が。


 ……いや、荒江さんにも家の場所は教えてなかったはずだが、天海さん他、二取さんや北条さんは知っているので、その人たちに教えてもらって知っていたのかもしれない。


「……とりあえず、今そっちに行くからちょっとだけ待ってて」

 

 この状況で荒江さんがわざわざ俺の家に、しかも、クラスメイトとはいえ、彼女と関係性の薄いはずの大山君と一緒に来たということは……これまでの経緯から考えて、どんな話があるのかは薄々勘付いてはいるけれど。


 エレベーターの中でゆっくりと深呼吸をしてから、エントランスで待っている二人のもとへ。


「! 海、それに天海さんと新田さんも」


 そして、タイミングがいいのか悪いのか、本来来るはずの三人もすでに集まっていて。


「真樹っ」


「真樹君……」


「……委員長、これはいったい何がどうなってんの?」


「事情は俺もまだ良くはわからなくて……荒江さん、聞かせてくれるよね?」


 俺たち全員の顔を見て、荒江さんがこくりと頷いた。


「……悪いね、前原。本当は体育祭が終わった後にしようかと思ったんだけど、コイツがどうしてもって言うから、仕方なく」


「…………」


 荒江さんにお尻をぽんと軽く蹴られて、俯いたままの大山君が一歩前に出る。


 荒江さんには、ずっと件の画像を流した張本人のことを探ってもらっていた。新田さんは俺たちや天海さんの練習に付き合ったりしていたが、その分、荒江さんが水面下で動いてくれていたようだ。


 最初は何がなんだかわからず戸惑っていた海たちだったが、自分たちの置かれている状況を思い出し、次第に冷静になるにつれて、目の前の大山君を見る目が厳しいものへと変わっていく。


「……まさか、なんて言うつもりはないけど。大山君、君が流したんだね」


「……うん。一応、言い訳がないわけじゃないんだけどね。でも、あの画像を撮影したのは、正真正銘俺だよ」


 観念したように自嘲して、彼はすべてを白状した。

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