第248話 二人の違い 1


 エントランスで話をするのも迷惑だし、かといって俺の家で話を聞くにも狭いので、俺たちは出発時間を前倒しして、早めに学校へと向かった。


 グラウンドのほうに目を向けると、一部の生徒たちはすでにグラウンドに集まっており、実行委員や先生たちによる保護者や来賓専用のテントの設営や音響関係の確認、本番用の丈の長い学生服を身にまとった応援団の人たちの最後の練習など、開催に向けての準備が着々と整いつつあった。


「! 前原先輩、おはようございます。それに皆さんも。集合時間にはまだ後なのに、早いですね」


「うん。おはよう滝沢君」


 校門前で、ちょうど『第○○回 体育祭』と大きく書かれた看板の飾りつけを行っていた滝沢君と鉢合わせする。


 俺の顔を見た瞬間は爽やかで柔和な笑顔を浮かべた彼だったが、俺たちの後ろにいる荒江さんと大山君の姿、そして、俺たちの表情を察知すると、すぐに真剣な表情となり、周囲に誰もいないことを確認する。


「……まさかとは思いましたが、早かったですね」


「まあ、うん。詳しくは後でちゃんと話すつもりだけど……生徒会室って空いてる?」


「ええ。会長には俺のほうから言っておくので、荷物置き場でも、なんでも自由に使ってやってください。……どうぞ、生徒会室の鍵です」


「ありがとう、滝沢君」


「いえ。俺は会長と一緒にグラウンド中央のテントにいるので、終わったらそちらに鍵を返しにきていただければ」


 滝沢君から鍵を受け取って、俺たちは生徒会室へ。生徒会メンバーが誰もいない状態なので怪しいことこの上ないが、もし先生に遭遇した場合などは、現生徒会庶務(仮お手伝い)の海にお願いして、適当誤魔化してもらうことに。


「……すごいな、前原君は。何もかも、俺なんかとは大違いだ……本当に」


 生徒会室へと連行している最中、他のメンバーと引き続き作業を続けている滝沢君を見て、大山君がぼそりと言う。


 嫉妬を含んだ呟きにどう反応していいか戸惑うが……まあ、それについても、きちんと話を聞くことになるだろうか。


「――真樹、一応、生徒会顧問のウチの担任に話つけといたから。一般生徒もまだ来る時間じゃないし、しばらくは皆でゆっくり話が出来ると思う」


「ありがとう、海。……じゃあ、皆も入ろうか」


 先に職員室に行って念のため先生にも部屋の使用許可をとってくれた海を待ってから、鍵を開けて部屋の中へ。先に来ていた中村さんと滝沢君が事前にある程度空調を効かせてくれていたのか、外と較べるとまだ比較的涼しい。


「……じゃ、私は先にグラウンド行くから。後はアンタらで煮るなり焼くなり好きにやりなよ」


「荒江さん、いいの? ここまでやってくれたんだから、別にいてくれたって全然構わないけど」


「私が頼まれたのはあくまで尻尾を掴むまでで、コイツの動機やらなんやらは興味ないし、どうでもいい。私はあくまでこの前のクラスマッチの時の借りを返しただけで、別にアンタらとなれ合う気持ちとかこれっぽっちもないから」


 言い方は悪いが、そこはあくまで彼女なりの気遣いと受け取っておこう。


「……そっか。じゃあ、渚ちゃん、またグラウンドで。今日は一緒に頑張ろうね」


「アンタが頑張りたいんなら勝手にすれば。私はまあ……いつも通りだよ、別に」


 微笑んで小さく手を振る天海さんのことをちらりと見た後、荒江さんは静かにドアを開けて部屋から出ていく。


 いつも通りのぶっきらぼうな返答だが、これまでの種目練習の方はいたって真面目にやっているので、なんだかんだで活躍してくれるだろう。何事にもやるからには物事にしっかりと向きあう……俺たちの前では極端に不愛想なだけで、根っこのところは俺たちとそう変わらない。


「……じゃあ、改めて。俺たちのほうからいくつか質問させてもらうけど、いい?」


 荒江さんの足音が遠くなり、しん、と周囲が静かになったことを確認して、俺は大山君へと話を切り出した。


「えっと、まずは大元の画像を見せてもらっていい? 加工される前の、俺と天海さんが写ったやつ」


「……どうぞ。これがそうだよ」


 大山君からスマホを受け取ると、そこには確かに、あの日の夕方、俺と天海さんの二人きりの時の様子が切り取られている。


 俺の方に手を伸ばして、優しく微笑んでいる天海さん――こうして客観的な角度で見ていると、顔と顔の距離は意外と離れていて、今現在出回っているような誤解を受けるようには見えない。


 少なくとも、俺たちから見れば『ああ、いつもの天海さんだな』で済む話だ。天海さんの頬がわずかに赤らんでいる気もするが、それは西日や気温のせいもあるだろう。


 そして、隠し撮りされる理由だって、もちろんない。


「……ちょうどあの日、カバンを探してたんだ。友達にマンガを貸す約束で学校に持ってきてたんだけど、俺がバッグボードの作業で手間取っているうちに待ちきれなくなったのか、勝手に持ってかれちゃってさ。どこにあるのか聞いたんだけど、皆『アイツが持ってるはず』とか『コイツに渡した』っていうばっかりで。それでひとまず心当たりのある場所を探してたんだけど……」


 その時におそらく俺と天海さんのことを見つけて……という流れになるのだろうが、その前に大山君の鞄の件だ。


 あの日、天海さんに会う前のことは特に気にも留めなかったが、思い返してみると、確かにあの日、大山君の鞄が別の人たちの手によって持っていかれたのを知っている。


 大山君のことを『友達』だと言っていた同学年の人たち――なるほど、少しずつ話が見えてきた気がする。


 アイツらが最初に、俺のことを『例の――』と言ってきた、いや、正しくは口を滑らせたか。


 ……やはり、あの時、彼らのことをスルーすべきではなかったか。


「大山君、その、聞きにくいことなんだけど……」


「ああ、うん。露骨になったのは2年になってからだけど、多分、その前からずっとなめられてたんだと思う。いいように使われても、なめられても、何も言わないのをアイツらは良く知ってるから」


 鞄の件だけに限らず、以前からずっと彼はそうだったのだろう。先月のプールで鉢合わせた時も、おそらく仲間の誰かに言われて、人数分買いに行かされて、その上でひとりぼっちにさせた。


「うえぇ……こういうのは人によるとは思うけど、目立たないヤツらでもひどいことする奴も中にはいるもんなんだね」


「いや、むしろこっちのほうがひどいかもよ。カーストがどうとか、リア充がどうのとか言ってるくせに、人一倍それに敏感で、いつも自分たちより下の奴らのことばかり気にして安心するというか」


「……聞きたくもない世界ね」


 海や新田さんが露骨にイヤな顔を浮かべて言うが、それについては俺も同じ感想である。


 友達というか、それはもういじめの範疇に近い。


 ただ、ひどい話だとは思うが、しかし、ここで同情するのは良くない。彼の境遇や事の経緯はどうあれ、俺や天海さんに迷惑をかける結果になったのは事実なのだから。


 ともかく、なにか判断を下すとしても、全ては彼の話を聞いた後だ。

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