第240話 体育祭の直前で 2
バックボードのスタンドへの組み立て作業は、業者の出入りの関係で体育祭前日になるということで、一足先に完成したものを見せてもらうことに。
青組の作業場には、バッグボード班の他、組の代表を務める上級生や監督役の先生、その他、様子を見に来た他の組の人たちがいて、天海さん他、青組の担当全員作り上げたという作品を眺めている。
「皆、どうかな? 私の担当部分はちょっとだけど、でも、それなりの形にはなってくれたと思うんだ」
「夕ちん、これ、ドラゴン? すごっ。漫画のイラストだけじゃなくて、こういうのもいけるんだ」
「……うん。やっぱり、夕はすごいよ」
大きな長方形のパレット十数枚を組み合わせることによって現れたのは、天海さんが原案を担当した、青い鱗を持つ龍。構図自体は、事前に原案を見て知っていたし、途中経過も確認していたが、改めて、完成したものを見ると圧倒されるものがある。
バッグボードの大きさ自体もそうだが、それだけの大きさにあっても、しっかりと原案の絵の良さを残して描かれていると思う。近くで見ると割とおおざっぱな部分もあったりするが、しっかりと絵全体が確認できる距離であれば、そう気になることもないだろう。
海や新田さんも感じている通り、どこに出しても恥ずかしくない出来だと、俺も思っていた。
「真樹君、どう? これでも結構手を抜いてるところあるんだけど、ちゃんと出来てるように見えるよね?」
「うん。少なくとも、俺にはわからないよ」
敵情視察に来ていたらしい他の組のバッグボード班も、こっそりとスマホに撮影しつつ、仕上がりの早さと完成度に焦っているようだ。
「夕、私たちの手伝い無しで、よく頑張ったね。えらいぞ」
「えへへ、ありがとう、海。……まあ、真樹君がアドバイスしてくれたおかげでもあるから、一人でって言われるとちょっとどうかなって感じだけど。ね?」
「いや、俺はただ偉そうな口利いただけだから。やっぱり一番頑張ったのは天海さんだよ」
先日のアドバイスの一件の後、当然海にはそのことを話したし、俺から話を聞いた海も、それとなく天海さんに助け舟を出そうとしたわけだが、
『出来るところまでは一人で頑張らせて欲しい』
という天海さんのお願いもあって、それ以上の手助けはせず、俺も海も、遠くから見守るだけにしようと決めていたのだ。で、結局そのまま終わってしまったと。
今まではことあるごとに海の助けを借りることの多かった天海さんだったが、周囲の調整役を務めていた海がいなくとも、天海さんなりの考えや方法で班のメンバーをまとめ上げてみせたのは、間違いなく彼女が成長している証と言えるだろう。
スポーツや芸術といった分野の、プレイヤーとしての才能は折り紙付きだった彼女だが、そこにリーダーとしてやれるだけの能力まで加わってしまえば……俺も海も、以降は彼女に助けられる場面が増えていくかもしれない。
本当に、末恐ろしい女の子だと思う。
「さ~て、とっ! 絵の作業からも解放されたことだし、さっそくリレーの練習でもしよっかな。最近ずっとこればっかりだったから、思いっきり体動かしたくてうずうずしてて」
「お、言ったね。じゃあ、私たちで練習に付き合ってあげるよ。メンバーじゃないけど、バトンパスの練習ぐらいなら問題ないだろうし……って、そこの二人何げんなりしてんの?」
「いやだって……ねえ委員長、そこの熱血バカたち何とかしてよ。一人は彼女で、もう一人はその親友でしょ?」
「……すいません、無理です」
クラスマッチの時のバスケ対決でもそうだったが、海も天海さんもこういう時は意外と体育会系なので、ここは大人しく従うしかない。
練習が終わるまで残りあと1時間ほど――もうちょっと頑張れ、俺の脚。あとついでに新田さんの体力も。
作業時間が想定よりも短かったこともあり体力が有り余っている天海さんを先頭に、俺と海、新田さんと合わせた4人でグラウンドのほうへと戻る。
この体育祭の準備期間中、改めて他学年の人たちにも広くその存在が知られるようになったのか、同じ組の男女はもとより、他の色の鉢巻きの人たちからも、元気に揺れる金色の絹糸のような髪を持つ天海さんへと視線が向けられる。
そうなった時、俺たちの耳に届いてくるのは、大抵天海さんのことについてで、俺たちのことについて触れられることは少ない。たまに海や新田さんなどを見ている人もいるようだが、俺の方まで話題に登ることはほぼない。
……ただ、この時は珍しく、天海さんの後ろにいる俺と海のほうにも、送られている視線が増えているような気がして。
――ねえ、もしかしてアレ……。
――うん、そうだよ。あの人が……。
――確かに、噂通りの……。
「……ん?」
一瞬、誰の何のことを言っているかわからず、俺はそのままスルーし、練習が続くグラウンドへ。
他のグループの練習の邪魔にならないよう、いつも俺と海が二人三脚の練習で使っているグラウンドの端のほうへと向かうが、それでも、未だに遠巻きに視線を感じる。
「……ねえ、委員長。私たちに対する周りの反応がいつもと違う感じなんだけど、なんかやった?」
近くに俺たち以外いないことを確認してから、新田さんがこちらに視線を合わせずにぼそりと呟く。
もしかしたら俺が単に他人の話に敏感すぎただけかもと思ったが、新田さんだけでなく、海や天海さんも同様に聞き捨てならない話だったようだ。
「いや、特に何も……いつも通りのはずだけど。海は?」
「私も普通だよ。……しっかし、修羅場がどうの二股三股がどうの……久しぶりにイヤ~な感じのヒソヒソ話が来たな~」
「あはは……今は私たち女の子三人と真樹君一人だから、それで面白おかしく話しちゃったのかな? 望君がいればまた違うんだろうけど」
俺たちの関係性を知らない人から見れば美少女3人に囲まれた冴えない男子一人なので、天海さんが言う可能性もゼロではないけれど。
しかし、それにしては随分心外な言われようだった。
天海さんも、俺も、そして海も。
「……ま、とりあえず練習始めましょ。あんな有象無象の話、いつまでも気にしたってしょうがないし、私たちはちゃんと分かってるんだから」
「だね。委員長、ウミ、夕ちん、私で男1対女3のハーレムを形成してますけどなにか問題でも? ってね」
「それが一番の誤解で問題なんだけど……」
あくまで俺と海が恋人同士で、あとはそれぞれ親友と友達という関係性。もちろん、(望→天海さん)のように隠れている想いはあるけれど、それも5人の中では半ば公然の事実であり、先程のアレはひどい言いがかりでしかない。
「もうニナちったらまたそんなこと言って……とにかく、そういうのは忘れてひとまず練習しよっ。モヤモヤなんか、いっぱい走って吹き飛ばしちゃえ、だよっ」
残るスタミナは風前の灯だが、天海さんのその意見には賛成しかない。
確かに、今まではほとんど聞かれなかった噂話の出所は気になるものの、今はそれよりも直前に迫った体育祭のことが先だ。
せっかくここまで順調にいっているのに、根も葉もない噂話で台無しにされたくない――特に俺たち2年生にとっては、高校生活最後の体育祭となるから、もし何か探ることがあったとしても、それは全てが終わってからの話だ。
やる以上は目いっぱい頑張って、結果にかかわらず良い思い出にする――今はここにいない望含め、それが俺たち五人の共通認識だ。
……そう思って、いつも以上に張り切って、天海さんの練習に付き合う俺たちだったのだが。
「――あのさ、アンタら、ちょっと話いい? 天海と前原……あとはまあ、他の二人にもだけど」
「! 渚ちゃん……?」
ちょうど一本目のダッシュが終わったところで、意外な人が声を掛けてきた。
これまでずっと俺たちには干渉しなかったはずの小麦色の肌をした少女で、ちょっと口は悪いけれど、人はそんなに悪くないクラスメイトの荒江さん。
……その時点で、嫌な予感しかしなかった。
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