第239話 体育祭の直前で 1
その後、体育祭本番に向けて、練習や準備が進められていった。
経過としては、とても順調である。一時は海の手も借りなければならなかったほど忙しかった生徒会のほうも、副会長が病気から無事復帰したことで山を越え、中村さんの顔色は目に見えて良く、最近は組の全体練習なども顔を出すようになっていた。
そして、俺のほうはというと――こちらも、意外と順調だった。
「――よしよし、いいんじゃないこれ……っ、ゴールっ。新奈、タイムどう?」
「ん~……おっ、今までの最高記録から1秒近くも縮まってるじゃん。スタートから良い感じだったからもしかしたらと思ったけど、これなら他の組とも戦えんじゃない?」
「だってよ、真樹っ。ほら、練習の成果、ちゃんと出てるでしょ?」
「っ……う、うん。これも海がつきっきりで教えてくれたおかげかな」
練習を始めた当初は足の遅い俺にスピードを合わせていたこともあり、各組合同での練習レースでも最下位がほとんどだった俺と海のペアだったが、海との練習を重ねていくうち、徐々に走り方や海とのリズムの合わせ方などが感覚的に身に付き、今は海の全力のスピードにも、なんとかついて行けるようになっていた。
他の組の二人三脚の男女ペアは運動部所属の人たちが多くでるようなので、そこと較べると基礎能力の面では劣ってしまうけれど、こちらは自他ともに認めるバカップルだ。なので、相性面でなんとかそこをリカバリーしていければと思う。
「よし。良いタイムも出たことだし、ちょっと早いけど休憩しよっか」
「いや、休憩じゃなくて、今日のところはいいイメージのまま練習終わりってことに――」
「だーめっ。せっかくいい感じで走れたんだから、本番でそれが出せるようにしっかりとイメージを固めていかないと。15分休んだら、今度は本番を想定してトラックで走るから」
「うへぇ……はい、わかりました先生」
練習のおかげとはいえ、しかし、相変わらず海の練習がキツイことには変わりない。
どうやら、今日も海のマッサージが必要になりそうだ。
わざわざ練習に付き合ってくれた新田さんと一緒に、俺たちはいつもの休憩場所へ。事前に凍らせて持ってきたペットボトルに入れた麦茶が良い感じに溶けて、砂漠のように渇いた喉を潤してくれる。
こういう時、他の皆がよく『生き返る』という表現を使うが、今、そう言いたくなる気持ちを肌で実感していた。
体育祭は中学までほぼ毎年あったわけだが、そんな風に感じたのは、今までで初めてのことである。
……今までの俺、サボりすぎか。
「は~あ、練習が始まって大分経つから私的にはそんなに実感ってないけど、そういえば、もうすぐ8月も終わりだよね……結局、誰一人として引っかけられんかったな、男のコ。カッコ良くて、優しくて、お金もってそうで」
自販機で買ってきたパックのスポーツドリンクをストローでちゅうちゅうと吸いながら、新田さんがうなだれている。
夏休み中も他校の生徒などと合コンその他、精力的に活動していたのはなんとなく聞いていたが、どうやら思うような結果は得られなかったらしい。
「っていうか、そもそも新奈は求めるものが大きすぎるからでしょ。容姿、性格、お金……どれが一個あるだけでも十分だと思うけどなあ。私はどっちかって言うと性格重視だけど。ね、真樹?」
「まあ、俺にはそれしかないんだけどね」
個人的には性格面も怪しいところだと思うが、今のところは海も満足しているようで何よりだ。他の人はともかく、彼女の海や天海さん、新田さんや望など、いつもお世話になっている人たちだけはできるだけ大事に出来ればと思う。
「性格ねえ……確かにわかるんだけど、でも、やっぱりそれ以外も多少は欲しくなるのが人の性ってやつじゃん? ……で、だからこそ、毎回騙されるという」
詳しくは聞かないが、今までの話やら愚痴などを総合すると、付き合っててもすぐに浮気されたり、付き合っていたと思っていたらただのキープだったりと、これまでは割と失敗続きのようだ。
もちろん新田さんもバカではないので、次は失敗しないよう慎重になっているのだろうが、そうなると今度は条件に見合う人が中々現れないという悪循環。
「そこまでして彼氏が欲しいっていうなら、そろそろやり方変えてみたら? 今は全部ダメでも、容姿も、お金も、性格だって、努力次第で改善できる部分はいっぱいあるわけだし。私が真樹にそうしてるみたいに」
「いやいや、ウミはそう言うけど、ぶっちゃけ委員長は素養あったから。今まで絡みなかったし、委員長も他人のこと遠ざけてたからわからなかったけど、何気にお金にもそこまで困ってないし、性格は言わずもがなで、運動はちょっと苦手だけど勉強も出来る。容姿はまあ……イケおじのお父さん似じゃないみたいだからアレだけど」
「人の彼氏のことアレ言うな。……まあ、そう言われれば、新奈の言い分もわからないでもないけど」
「でしょ? だから、ウミもそれなりに運が良かったってこと。もちろん、そんな可愛い彼女に見つけてもらえた委員長もね」
普段から俺のことを微妙だなんだと言う新田さんだったが、たまにこうして客観的な意見も言ってくれたりする。
これならすぐにでも仲の良い男子の一人や二人出来そうなものだが、極度の面食いがそれを邪魔している感じなのだろう。
望は振られた天海さんに未練があって、新田さんは中々いい出会いがなく、そして天海さんにはこれといった話は何一つない――そう考えると、今のところ、全てにおいて順調に進んでいる俺と海は本当に恵まれているのかもしれない。
「あーもう、せっかくの休憩時間になんて話してんだ私は。私の現況なんてどうでもいいから、話題っ、話題変えよ。えっと……あ、そうだ。今私の中で話題沸騰中の1年生、滝沢クンの話とか」
「滝沢君? あの子なら、さっき中村さんと楽しそうに談笑してたけど?」
「そういえばそうだったよチクショウ! しかも話そんなに変わってないし!」
生徒会長と副会長の仲について、当の二人は隠してもいないし大っぴらにもしていないので、知ろうと思えば知れる情報である。
新田さんも割と悔しそうにしているので、きっとそれなりに本気だったのだろう。
「……やっぱり自分から発掘していくしかないみたいだね。あ、一応言っとくけど、滝沢君も中学に入ったころはめちゃくちゃ身長低くてわりと冴えない感じだったらしいから」
「やっぱりそうだよねえ……私より可愛くて綺麗で目立つ子なんて、それこそ山ほどいるわけだし……くっ、私にも青い瞳とサラサラの金髪があれば」
それだと中身は新田さんのままなので結果はそんなに変わらないような気がするが……まあ、そういうところも新田さんらしい。
「あ、ところで夕ちんは? グラウンド探したけど、今日は朝からずっといなかったみたいだし」
「天海さんなら、今日はずっと作業場だよ。バッグボード、そろそろ完成近いからって」
体育祭を直前に控え、生徒たちが陣取る予定のスタンド席の組み立ては終わっている。後は後方にバッグボードを取り付ければ完成なので、今は急ピッチで作業を進めているのだ。
「――おーい、みんな~! 海、ニナち、真樹く~ん!」
と、ちょうどいいタイミングで、俺たちのことを見つけた天海さんが、グラウンドの向こうから早足で駆けてくる。
顔に青色の塗料が付いているのも気にせず、満面の笑みでこちらに来る彼女の様子から、作業が何の問題もなく無事終わったことを告げていた。
「おっす、夕。その感じだと、余裕をもってやれたみたいだね」
「うんっ。皆が一緒に頑張ってくれたおかげで、思ったよりもすぐ終わっちゃった。一番乗りだよ、青組っ!」
俺からのアドバイスがあった後も、天海さんは遅くまで残って作業を頑張っていたものの、決して無理はしていなかった。気づいたところは班の皆で相談し、こだわるところはこだわって、妥協できるところは妥協する――あの日以降、俺も天海さんの様子は遠巻きにしか見ていなかったが、とても楽しそうに作業をやっていたと思う。
そのことで、天海さんから何か報告を受けたり、お礼を言われたりなどは特になかったが、今の笑顔を見せてくれるだけで、個人的には十分だ。
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