第237話 友達へのアドバイス 1


「真樹君、こんな遅い時間までどうしたの? もしかして、まだ海のこと待ってる感じ?」


 俺のことを見つけた天海さんが、にこやかな顔して、こちらへと駆け寄ってくる。


 右手に青や白などのペンキの缶、左手に刷毛が握られているので、どうやらこの時間になっても一人で作業を続けていたようだ。


「うん。この分だとまだ少しかかりそうで……あ、ちょっと待って、海から連絡が」


 天海さんにそうことわってスマホを確認すると、ちょうど海からメッセージが届いていた。


『(海) あと少しで終わるよ』

『(海) もうちょっとだけ待ってて』

『(真樹) うん。海、頑張って』

『(海) おう。後でいっぱい労ってね?』

『(真樹) ん。家に帰ったらね』

『(海) えへへ。じゃ、楽しみにしてる』


 その後、昇降口前で落ち合うことを約束してから、俺はスマホをしまう。


「……ふふ、海との用事は終わった?」


「あ、うん。ごめん、話の途中だったのに」


「いいよいいよ。海とやり取りしてるときの真樹君のこと見てるのも嫌いじゃないし。真樹君、いっつも嬉しそうにニヤニヤしてるよね?」


「え……そうかな? 個人的には気をつけてるつもりなんだけど」


「口元がすごいピクピクしてるから、丸わかりみたいだよ? 私もニナちからそのこと聞いて気づいたんだけど、露骨に我慢してるから、わかりやすくって……ぷふっ」


 今までのことを思い出しているのか、天海さんが耐え切れず吹き出してしまう。


 クラスが別になってからも、海とのいつものやり取りは相変わらず続けているので、先生やクラスメイトにバレない様、口元を手で隠したり、わざと険しい顔をして誤魔化していたつもりだったのだが……天海さんや新田さんなど、いつもの俺を知っている人たちには逆効果だったらしい。


「と……ところで天海さんも一人で作業なんて大変だと思うけど……他の班のメンバーは?」


「あ、うん。キリのいいところまで終わったから、今日はここまでってことで少し前に解散したんだけど……ちょっと気になるところがあって、それで」


「……見てもいい?」


「もちろん。といっても、まだ全然途中なんだけどね」


 木製の荷物用パレットのような大型の板にペンキで色を塗り、それを組み合わせることでバッグボードは作られる。


 作業場に置かれたパレットはその一部分なようだが、見た所、どうやら青い鱗の龍を描いているらしい。


「はい、これが私の描いた下書きの絵。前までの絵を見せてもらった感じ、鬼とか、雷神とか、とにかく迫力のある題材が多かったから、それを参考にしてみたんだけど……」


「……おお」


 絵を見せてもらった瞬間、思わずそんな声が漏れてしまう。


 大瀑布とでも表現すればいいのだろうか……背景をバックに、その巨大な滝を真っ二つに割って、荒々しい咆哮とともに上空へと登っていく様を描いた青い龍の絵になるのだが、ペラ紙一枚に印刷された絵にもかかわらず、その迫力がこちらにまで伝わってくるかのように圧倒されてしまう。


 文化祭の原案を担当してもらった時点で、そのセンスについては皆が認めるほどだったが、今回もそれが遺憾なく発揮されていると思う。


 バッグボードは美術部に所属している人が担当することもあるので、組によって実力差がかなり出てしまうケースもあるらしいが、過去のものと較べても、まったく遜色のない出来栄えになっていると思う。


 ……あくまで設計図の段階では、だが。


「で、先に細かいところの作業をやっちゃおうってことで、今は顔とか、その周辺の部分を皆で進めてるんだけど……その、実際やってみると、なんかちょっと違うなって。……真樹君、ここから少し離れて絵を見てくれる? 今の場所から十歩ぐらい下がってみて」


「えっと……こう?」


 天海さんの指示通りパレットから離れ、その場所から、作業中の絵と設計図のほうを見比べてみる。


「どうかな?」


「う~ん、特に問題はないかな、って感じだけど」


 まだほんの一部分なのでコメントしづらいところではあるが……悩むほどの大きな違いはないように思う。


 暑い中での屋外での作業になるため、クオリティを維持するのは大変だと思うが、このまま仕上げれば、きっといいモノになるはずだ。


「ん~、真樹君的には問題ナシなのか……む~ん、でもなあ」


 しかし、天海さん的には、いまいち納得できない何かがあるようで。


「上手く説明できないんだけど、このまま組み立てて見た時に、いまいち迫力がでないような気がして……だから、設計図とはちょっと違ってきちゃうけど、自分のほうで一度調整してみようかなって。……こんな感じで」


 天海さんが持っていた刷毛で色を重ね合わせると、確かに、青龍の印象がわずかに変わったように見える。


 普通に小さな紙に絵を描き起こすのと巨大なバッグボードに絵を描くのでは勝手が違うだろうから、確かに、都度都度調整していくのは間違いではないだろう。実際、文化祭の時のモザイクアートの時も、俺と海はそうやってクラスの皆に指示を出していた。


 ……だが、しかし。


「天海さん」


「どうかな? やっぱり、こっちのほうが見栄え良くなるよね? 真樹君なら、わかってくれるよね?」


「……そのやり方は、ごめん、良くないと俺は思う」


「……え?」


 天海さんにとって予想外の反応だったのか、俺の言葉に、彼女の表情が固まった。

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