第231話 天海さん、頑張る
応援の際の声援や応援合戦時の声出しの練習を中心に午前を過ごし、昼休み。先生に預けていた貴重品袋から財布やスマホを受け取った俺たちは、学食へと赴いていた。弁当を作ってもよかったが、無人で冷房のかかっていない教室に数時間放置していると、あっという間に悪くなってしまうので、人が多いのは承知で久々に皆で足を運んだというわけである。
「真樹、どれにする? 学食って、結構色々あるから迷っちゃうね」
「うん。まあ、でも安いのでいいかな。休みの間に使い過ぎちゃったから、節約しておかないと」
あくまで前年比ではあるものの、夏休みは海や天海さんたちと遊ぶ機会が多かったこともあり出費が多く、現状、財布の中身がかなり寂しいことになってきている。
夏休み期間中でも前原家の小遣いシステムに変更はなく、次の支給はまた週末の金曜日になるので、それまではまだ少し我慢だ。
ということで、ここは学食内で一番安いかけうどんをチョイス。望に聞いたところ、お願いすればネギや天かすは増量してくれるとのことで、わりと頼む人は多いらしい。
「海はどうする?」
「う~ん、迷うけど、私は日替わり定食にしようかな。おかずがちょっと多いけど、真樹にも食べてもらえばいいし」
「それはいいけど……あ~ん、はなしだからね」
「え~」
「え~じゃない」
さすがにこれだけの満員だから自重するつもりだが、それでも海ならこっそりやってきそうなので、今のうちから釘をさしておかないと。
……ただでさえ、今は普段以上に注目を浴びているのだから。
――天海先輩、今日は学食なんですね。
――先輩、午後からの練習、一緒に頑張りましょうね!
――天海ちゃん、今日の練習終わり、応援団とかバッグボード班は別で集合だから、下級生の子たちにも声かけといて。
券売機に並んでいる間、天海さんはひっきりなしに同じ組の人たちから声を掛けられ、その全てに笑顔で対応していた。
前年は文化祭ということもあり、あまり学年の垣根を越えて交流する機会はなかったものの、今回は下級生、上級生と一緒になって競い合う行事なので、そうなると、天海さんの周りに人だかりができるのは当然のことかもしれない。
「皆、もう選んじゃった? 私、もうお腹ぺこぺこだよ~」
「……忙しそうだね、夕」
「えへへ、うん。今のは同じバッグボード班の後輩の子と、あとはさっき前で話してた副団長の先輩。海がいないから、最初のうちは『皆と上手くやれるかな……』ってちょっと緊張してたんだけど、皆すごくいい人たちばかりで」
「ならよかったけど……大丈夫? 大変じゃない?」
人望が厚いのはいいことではあるが、そうして集団の中心になればなるほど、余計な期待をかけられたり、まとめ役を任せられたりと有形無形の苦労がのしかかってくる。
海が心配しているのは、きっとそこだろう。現状、俺や海、それから新田さんもだが、天海さんの手伝いはしていない。また、大変そうではあるけれど、表情は充実しているように見える。
特に生徒たちが本番、陣取るあろうスタンドの後ろに大きく掲示されるバックボードの制作はとにかく時間がかかる。特に天海さんは、去年の文化祭時のモザイクアートの原案を作ってくれた時からもわかる通り、絵のセンスもすごいものがあるので、おそらく中心人物として動いていることは容易に想像できる。
「心配してくれてありがと、海。それから、皆も。でも私、頑張りたいんだ」
「夕……」
「夕ちん……」
「もう、海もニナちもそんな心配そうな顔しないで。本当に、本当に大丈夫だから」
海や新田さんの心配をよそに、天海さんはいつもの笑顔で両腕に力こぶをつくる。
「私、今までずっと誰かに助けられてばかりだったから。中学までは海に、高校に入ってからは皆に……だから、今度は自分一人でやってみたいなって。きっかけはくじ引きだったけど、今はすっごい楽しくて……ねえ、聞いて。ちょうど今色を塗ってる最中なんだけど、最初は『これ本当に出来るのかな?』ってぐらい途方もないサイズだったのに、皆で頑張ってるうちに、どんどん形になって、イメージが膨らんでいって、それで――」
そんなふうに話す天海さんを見て、俺は素直に尊敬の念を抱いた。彼女の体操服やジャージにこびりついてしまった青や水色のペンキで、作業の規模や大変さが伝わってくるが、そのことを明るく話す天海さんからは、その分、やりがいがあることがしっかりと伝わってくる。
もしかしたら手伝ってもいいんじゃないか、と錯覚を起こしてしまいそうなほどに。
「もちろん、何かあった時はきちんと皆に相談するし、きつかったらちゃんと皆に相談して、手伝いをお願いするから。だから、ね?」
「……そう。最近毎朝早そうだから、そろそろ『海、眠いよ~』って音を上げる頃かなって思ったけど、大丈夫みたいね」
「うん。私、頑張ってるよ。だから海、私のこといっぱい褒めてほしいな? 海がいつも真樹君に頭よしよししてる時みたいに」
「……言っとくけど、その手には食わんぞ。ってかやってないし」
恋人同士だし、俺の家にいる時は当然二人きりなので、実際はちょっとそういうこともあったりするのだが、さすがに海も同じ手に二度も引っ掛からない。
しかし、カマかけに失敗した天海さんは、にやりとした笑みを浮かべてさらに続ける。
「あっ、もう、真樹ったら甘えんぼさんなんだから……ほら、おいで? はい、よしよし、良い子だね~」
「っ……!? え、いや、それは……ってかなんでそれ……」
「なっ……!?」
一字一句同じわけではないが、まるでどこかで見ていたかのような一言に、海だけでなく俺も思わず驚いてしまう。
すぐさま海の目が俺のほうへ向けられるが、当然、俺はそのことを誰にも言うはずがない。多分、セリフ自体はどこにでも転がっていそうなものなので、そこからさらに天海さんが仕掛けてみた、というところだろう。
それに、俺も海もまんまとはまってしまった。
こんなことで褒めるのもどうかと思うが……天海さん、腕を上げたな。
「……夕、アンタさ、」
「……えへへ~」
「おい今さらそんなスマイルで誤魔化せると思うな。おいこら親友、どこに行く。まだ私の話は終わってないぞ待て」
「きゃ~、海ってばこわ~いっ。でもそう言うとこもかわいい~っ」
そう言って、颯爽と食券を購入して注文口へと向かっていく天海さんを、恥ずかしさに顔を赤くした海が追いかけていく。
そして、残される俺、望、新田さん――。
「なあ、真樹よ」
「……委員長さあ」
「大丈夫、わかってる。わかってるから」
そんなこと学校でやるはずないのだが、放課後の人が少ない時だったり、たまたま二人だけの世界に入り込んだ時にはいまいちそう言い切れる自信がないのが、皆から『バカップル』と呆れられる要因の一つとなっていたり。
天海さんの心配を前に、まず自分の身の振り方を気を付けておかないと。人のことより、まず自分、である。
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