第230話 練習始め
その後は特に話すこともなく、時間に間に合うように体育館へと向かうと、ちょうど海も着替え終わったようで、新田さんと一緒にちょうど入口のドアから出てきたところだった。
俺の顔を見た瞬間、退屈そうな表情からぱっと顔が明るくなった海だったが、すぐ隣の天海さんを見て、わずかに頬を膨らませる。
一緒のクラスだし、あくまで会ったのは偶然なので、そこは許して欲しい。
「海、おはよ! えへへ、今日からしばらくは海と一緒だから嬉しいな」
「私もだよ、夕。ところで、真樹と一緒に来たんだ?」
「うん。カバン取りに行ってたところで偶然会って、せっかくだし一緒に行こうって。あ、渚ちゃんのほうは?」
「アイツ? 今慌てて髪セットしてたよ。あんまり見てるとまた噛みつかれそうだからさっさと出てて来たけど」
「もう、渚ちゃんは猛犬注意じゃないって。あ、澪ちゃんたちは? いるんなら、先に挨拶したいな」
「中村さんは生徒会で、後の三人は少し前にグラウンドに行ってる。会いたがってたから、最初の集まりが終わってからウチにおいで」
高校に入学して、およそ1年半。最初のうちはお互いのことばかりだった海と天海さんだったが、2年生進級以降、海も天海さんにも、はっきりと違う繋がりが出来つつある。
と言っても、普通の学生ならそれが普通で、2年生になっても未だに1年の頃から交友関係が変わらない俺のほうが少々特殊なのだ。
広く浅くを心がけつつ、その中で特に大事な人たちとは狭く深く――俺もそのようにやったほうがいいのかもしれないが、同じクラスの男子たちとは、たまに話すことはあっても、いまいち仲良くなりきれないところがある。
まあ、だからと言って焦ったところでいいことはないし、他の4人のように上手くできなくても、俺は俺のペースでじっくりやっていけば――そう思っていると、ふと、海と天海さんの二人の輪からわずかに離れ、ふわあ、と退屈そうに欠伸をしている新田さんと目があった。
「……なに、委員長? 今日わたしすっぴんだから、あんま見ないで」
「いつもと変わらないと思うけど……いや、そうじゃなくて、そういえば新田さんも自分のクラスのほうには行かなくていいのかなって」
「私の? ん~、クラスではそれなりに話すけど、別に常につるむほどでもないからいいかなって。皆と別々だったらまた違うけど、今回は一緒だしね。私もこっちのほうが気ぃ使わないし」
「そっか。でもまあ、そうだよね」
とはいえ、新田さんが俺たち以外の特定の誰かと仲良くしているところはあまり見たことがない。
彼女のことなので、クラス内でもきっと上手く立ち回ってはいるのだろうが。
「なに? もしかして委員長、私のこと心配してくれてんの? 一丁前に?」
「いや、別にそこまでは……」
「海~、アンタの彼氏が私のこと口説こうとしてくる~」
「え? 真樹、そうなの?」
新田さんに告げ口された海が、キョトンとした顔でこちらの顔を見てくる。
「違うけど」
「新奈、違うって」
「まあ、冗談だしそりゃわかってんだけどさ……なんか私の時、対応あっさりしすぎじゃない?」
「いやでも、だって新奈だし」
「私だしってどういうことじゃっ」
新田さんは対応に不満をあらわしているが、海が言いたいことはなんとなくわかる。
ぱっと見は場を乱しているように見えても、ちゃんと冗談ということがわかる状況や言い方での発言や行動なので、海の感じ方も、天海さんの時とはまたちょっと違ってくる。
だって新奈だし、と海は言っているが、それだけ海が新田さんのことを信用しているのだ。
「ま、ともかく私は私で上手くやってるからさ。余計な心配は無用ってこと。オッケー?」
「う、うん。オッケー」
彼女がそう言うなら、この話はこれ以上いいだろう。それに、もし何かあればきっと海や天海さんに相談するはずだ。
四人合流したところで、グラウンドのほうへ降りる。
ちょうど時間ということもあり、すでに大まかに四色の一段が出来ていた。
赤、青、黄、緑――確かに、八木沢先生が書いている通り『このへん』に集団ができていたので、あそこに行けば問題なさそうだ。
前にいるリーダー役と思しき三年生が言う通り、まずはクラスごとに整列する。
海は11組の七野さん・加賀さん・早川さんのグループ、新田さんは7組の女子たちの列へ。
海たちはともかく、新田さんのところも賑やかそうだ。
「……ニナち、ちゃんと仲良くやってそうだね」
「うん」
様子をさりげなく見ていた天海さんも言う通り、やはり心配ないようだ。
他人の心配より、まずは自分の心配――ということで、俺はこっそりと列の後ろに並び、天海さんは最近仲良くしているクラスメイトたちの中へ。
組の代表を務める3年生の人たちの挨拶が終え、この後の種目別練習や応援合戦などの全体練習などの説明が入る。午前は応援などの全体練習、午後はリレーや二人三脚、ムカデ競争といった、それぞれのグループに分かれての練習だ。
自分の担当種目の予定だけ覚えて、後はぼーっと、海のことを見る。
思えば、こうして意味もなく海のことを見るのは久しぶりだったが、無意識でいるとついつい彼女のほうに視線が言ってしまうのは相変わらずらしい。
そして、俺の視線に気づいたのか、海がこちらを振り向いて、悪戯っぽくくすりと笑って、皆の注目が前へと向いている隙に、後ろの俺へ向けて唇だけ動かす。
(ま~きっ)
俺の名前を呼んでいるみたいだが、これも別に大した意味はない。付き合い始めた当初は、だいたいこんな感じだった。
(まえ、まえみて)
(そっちこそ)
そう言って、いったんは前を向く海だったが、気付くと、やはり海と目が合って、同じようなやり取りをしてしまう。
(まき、こっちみんな)
(うみこそ)
……炎天下のグラウンドの中でも、やっぱり俺たちは相変わらずだった。
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