第203話 前原夫妻?


 結局、天海さんの家に集まったのは、俺も含めて計9名。


 俺、海、新田さん、望のいつもの4人と、二取さん北条さんのお嬢様コンビに、あとはイレギュラーではあるが陸さんと、直前に天海さんが誘ったという荒江さんに、海と同じクラスの中村さん。


 相変わらず広い天海家のリビングに入り、絵里さんと一緒にみんなで料理などの準備をしていると、俺と海の隣に、中村さんがすっと近づいてきた。


 彼女と会うのは久しぶりだが、なんだか前よりもさらに身長が高くなっているような気がする。


「久しぶり、前原君。こうして夫妻で話すのは久しぶりだねえ」


「まだ結婚してないですけど……えっと、今日は中村さん一人だけ参加ってことでいいの?」


「うん。実は私以外の3人も誘われてはいたんだけど、さすがに大勢で押し寄せるのは悪いだろうということで、代表してこの次期生徒会会長候補である中村が来たってわけさ」


「誰が行くかはジャンケンだったけどね」


「ふふ、そうとも言う」


 海にあっさりと暴露されてしまったわけだが、内情は別として、一つ気になることが。


「次期候補って……中村さん、次の会長やりたいの? 確かそういうの興味ないって言ってたような気がするんだけど」


 クラス替え直後のことだったので記憶はおぼろげだが、確か、本人がそんなことを言っていたような気がする。能力的には問題ないはずだが、他の人に言われても乗り気ではなかったし、実際、現時点でも何かの委員会に所属したという話も聞かない。


 俺の視線に気づいた海が、こくりと頷いて事情を話してくれる。


「ウチのクラスの担任が生徒会担当なんだけど、2年生の中で誰も希望する人がいなくて困ってるんだって。いつものグループの中で、私と中村さんが帰宅部だから、『どっちか興味ないか』って。私はすぐに断ったけど」


 現生徒会長である智緒先輩の任期は夏までなので、秋以降にやってくれる人を探して任命しなければならない。ウチの高校の場合、生徒会は部活動のような形態をとっていて、生徒会会長=他の部活動の部長という扱いだ。


 なので、通常だと、生徒会に所属している2年生の中から『この人だ』という人を智緒先輩が選んで、次期会長として任命する形なのだが、海の話によると、そこが難航しているようで。


 海から引き継いで、中村さんのほうから話が続く。


「今の会長の働きぶりからもわかる通り、会長になると忙しくなるからね。夏休みは隔年で行われる文化祭か体育祭の準備でほとんど学校に行かないとだし、それが終わっても、去年好評だった合同でのクリスマスパーティ企画が今年も水面下で進んでて……ゆっくりする暇もないよね、正直さ」


「! クリスマス、今年もやるんだ」


「まだ内緒だから、ここだけの話だけどね。今回の主催は別の高校がやってくれるそうだけど、それでもお手伝いはしなきゃいけないわけだから」


 智緒先輩もおそらく手伝ってはくれるだろうが、今が一番大事な時期でもあるので、やはり新しい会長が頑張らなければならない。


 ……つまり、去年の忙しかった会長の姿を間近で見ていた2年生役員にとっては、新しい会長職は見えている地雷というか、貧乏くじなわけだ。

 

 生徒会に入れば、内申点や推薦枠など、進学面で有利と一般的に言われているけれど、レベルの高い大学に進学を希望する場合は、正直、大したアドバンテージにはならないだろうし。


「……で、そこで中村さんに白羽の矢が立ったわけだけど、どうしてそんなにやる気なの? 中村さんなら問題なくやれるとは思うけど、あんまり矢面に立つイメージもないし」


 うんうん、と隣の海が俺の言葉に同意するように頷く。どうやら、やる気の理由は海も知らないようだ。


 海が固辞したことからもわかる通り、おそらく担任の先生もダメ元で二人に打診したわけで、中村さんが受ける必要はない。2年生の説得がダメなら1年生の希望者を募ってもいいし、それに、これまでの中村さんの言動や行動から『同情したから手伝ってあげよう』なんて考える人でもない。


「それについては話しても別に構わないんだけど……まあ、こんな辛気臭い話よりも、今日はお祝い事だろ? 準備も整ったみたいだし、今日はパーッとやろうぜ。ほらほら、前原夫妻もグラスを持ってもろて」


「だ、だから結婚してないって……もう、中村さんってば、あんまり茶化さないでよ」


「はは。仲睦まじいことはいいことじゃないか。じゃ、私は別の人のところに乱入してくるから、あとは二人で心行くまでイチャイチャすればいいさ滅びろこのリア充どもがぁ」


 最後に冗談っぽく罵倒したところで、中村さんは俺たちから離れて、ほとんど接点がないはずの二取さん・北条さん・荒江さんのバスケ組の輪の中へと入っていく。


 どうやら彼女も彼女で理由がありそうだが……まあ、どんな心変わりがあったにせよ、やる気があるのはいいことだし、智緒先輩もこれで受験勉強に集中できそうで何よりだ。


 中村さんはともかく、今気になっているのは、どちらかというと海のほうだ。


「……真樹、ごめんね。生徒会のこと、今まで黙ってて」


「初耳だったからちょっと驚いたけど、別に気にしてないよ。……もしかして、担任の先生からの打診って、結構前だったりする?」


「うん、実はクラスマッチが終わったあたりに……中村さんはあんなふうに言ってくれたけど、引継はもうほとんど終わってるんだ。夏休み明けすぐの体育祭から、中村さんが新会長としてやっていくんだって」


 つまり、俺と海が楽しく旅行して、思い出の一夜を過ごしていた時には、生徒会の一件は決着していたことになる。もう終わっている話なのだ。


「海……その、理由とか、聞いてもいい?」


「うん。私も最初は真樹に相談しようかなって思ったんだけど、それだと『会長が困ってる』って話もしなきゃいけないじゃない? 私はともかく、真樹のほうは会長にすごくお世話になってたわけだし……もしかしたら、真樹が無理して手を上げちゃうんじゃないかって、そう思っちゃって」


「それはない、って言いたいところだけど、智緒先輩だからなあ……一応、俺も帰宅部で、暇といえば暇ではあるわけだし」


 他の良く知らない人ならともかく、智緒先輩には去年のクリスマスパーティでお世話になったし、望のお姉さんでもあるので、会長にはならないにしても、その補佐ぐらいで手を上げる可能性はあったかもしれない。


 ……もちろん、海をきちんと説得した上で。


「真樹との時間が減っちゃうのもそうだけど、それよりも、もう真樹に無理させたくない、って思って。生徒会って、学校行事もそうだけど、部活動とか、委員会とか、先生たちとか、色んな人たちの板挟みになりがちなポジションじゃない? 優しいのは真樹の良い所だけど、でも、そのせいで負担になったところだって、私は近くでずっと見てきたから。……去年の冬のこと、私はまだ忘れてないんだから」


 去年の冬、両親との関係で悩んでいた俺は、海や、その他、朝凪家の人たちの前で格好悪い姿を晒してしまった。


 まあ、そのおかげで俺は海に告白する決心がついたし、朝凪家にも優しく迎え入れてもらえたので、個人的にはいい思い出になってくれたが、それでも海にとっては心配でしょうがないだろう。


 海は海なりに、俺の心身を案じてくれているのだ。


「そっか……ありがとうな、海。俺のために、ずっと黙っててくれて」


「真樹、それはちょっと私に甘すぎない? ちょっとぐらい怒ったって、罰は当たらないと思うよ?」


「いいよ、別に。……だって、俺が何より大事なのは、目の前にいる海だけだから」


 智緒会長が困っていたとしても、もしそれで海を不安にさせてしまうのだとしたら、俺は間違いなく海のほうを取る。


 もしかしたらもうちょっと上手くやれるのかもしれないが、俺は不器用なので、あれこれと手を出したら、きっと潰れてしまう。


 なので、今、俺の優しさは海へと全振りするのだ。


 目の前の大事な彼女が安心して笑ってくれるのなら、俺はそれでいい。


「だから、海、いつもの俺のこと心配してくれてありがとう。これから海に余計な心配かけさせないよう、俺、頑張るから。だから、その……もうちょっとだけ、甘えさせてくれると嬉しい」


「もう、真樹ったらしょうがないヤツなんだから……でも、いいよ。えへへ」


 そう言ってふにゃりとした笑みを見せた海が、俺の胸に顔を埋めて甘えてくる。


 ……そう、海にはいつもこんな顔をしていてもらいたい。この笑顔さえあれば、俺は幸せなのだ。


 ということで、奇しくも中村さんに言われた通りにイチャイチャした俺たちだったが、ひとしきり満足してお互いに離れると、ふと、ちくちくとした視線が注がれているのを感じて。


「ふふっ……ねえ海、それに真樹君? そろそろ乾杯したいんだけど、いい? もう満足した?」


「「……はい」」


 にこやかな笑顔や苦笑など、生温かい視線を向ける他の出席者たちに謝って、俺たちは乾杯の輪の中に加わったのだった。

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