第201話 天海さんへのプレゼント


 7月初めの休日の試合の応援を終え、それから翌週の金曜日。放課後、俺と海は、いつもの遊び場である俺の自宅へは行かず、そのままいつもの繁華街へと足をのばしていた。


 週末なので、当然、二人きり。もういつ振りかも覚えていない制服デートなわけだが、一応、デートはあくまでおまけで、今日の目的には別にある。


「真樹、今日、どれくらいお金持ってきた?」


「一応、五千円ぐらいは……あ、食事代は別にあるから、そこは大丈夫」


「ふむ。じゃあ、ある程度は予算を気にせず選べるね」


 俺たちが向かっているのは、春休みにも行ったことがある、学生向け(特に女の子を対象にした)のアイテムが数多く揃っている雑貨店。


 海の誕生日プレゼントを買った場所だが、今日に関しては彼女へのプレゼントを買いに来たのではなく、翌日の七夕、7月7日に17歳の誕生日を迎える天海さんへのプレゼントを選ぶためだ。


 もちろん、何かいいものが見つかれば、海にも何か買おうかな、とこっそり思ってはいるが。


 とにかく、今は天海さんのことだ。


「海、天海さんって、どんなのが好きだったりする?」


「プレゼントってことで言えば、夕は基本どんなものでも喜んでくれるよ。安いアクセサリでも、ぬいぐるみでも、普段使いするようなものでも、なんでも。私も文房具とか、マグカップとか色々選んだけど。今でも大事に使ってくれるから」


 以前、海のプレゼント選びに付き合ってくれた時も言っていた覚えがあるが、天海さんのプレゼントに対する考え方として、


『きちんと相手のことを考えて選んでくれたものなら、なんだって嬉しい』


 なので、よっぽど空気を読まないものでなければ、ちゃんと喜んでくれるし、きっと大事にしてくれるのだろう。


 つまり、この店にあるものであれば、おおよそ外すことはほとんどないのだが、ぱっと全体を見渡しても、なんとなくピンとこない。


 まず、天海さんの場合、大抵の小物ならなんでも似合ってしまう。例えば、新田さんが適当に選んだようなものでも、そして、おそらくは、俺が時間をかけて選んだ海へのプレゼントである青い髪飾りでも。天海さんはファッションセンスも当然ながら良いので、『合う』というよりは、『合わせる』ことができるのだ。


 しかも、海のように時間をかけてじっくり悩むようなことはなく、『なんとなく』で、感覚的に。それは、彼女の私服姿を見てもわかるような気がする。


「……真樹、結構悩むじゃん』


「そりゃまあ……一応、天海さんは俺にとっても大事な友達なわけだし。こういうのはいつだって考えるというか」


「じゃあ、私よりも?」


「それはそれ、これはこれ」


「こらこら、そういう時は『お前が一番だよ』っていつもみたいに耳元で囁いて彼女のことを安心させてやらんと」


「俺、そんなこと言った覚えないんですけど……」


 他の恥ずかしい言葉は言ったような記憶はあるが、しかし、それはそれとして、贈り物をするのに露骨な優劣はつけたくない。


 もちろん、海のことは大事だ。俺の格好悪いところも、それなりにいい所も全部まとめて受け止めてくれる、世界で一番大切な女の子。


 しかし、俺たちが今、こうして周囲にバカップルだなんだと呆れられるぐらいに仲睦まじくやれているきっかけを作ってくれたのは、天海さんのおかげだ。天海さんの存在は、必ずしも海にとっていい思い出ばかりではなかったものの、そのおかげで、俺と海は急速に結びつきを深めていけたのだから。


「……まあ、何を贈ったら悩むってのは、私も同じだけどね。去年、ああいうことがあってからの、初めての誕生日だし」


「そういえば……ちなみに、去年の夏はどうしてたの?」


「ちょっといいボールペンをプレゼントしたよ。『高校生なんだからもっとちゃんと勉強しろ』ってちょっと嫌味なメッセージと一緒に。夕はなんだかんだ喜んでくれたし、今もそれ使ってるんだけど。……私、イヤなヤツだったかな?」


「……まあ、ちょっとだけ。でも、天海さんの成績が悪いのも事実だし、そういう意味では海の選択は間違ってないとも思うよ。そういうのって、仲の良い人にしかできないことだし」


「そう? 真樹がそう言ってくれるなら、ちょっと安心かも……えいっ」


「っとと……海、一応人前だから、その、あんまりくっつかないようにね」


「は~い」


 とはいいつつも、海は人目も気にせず俺に抱き着いてくる。周囲は俺たちみたいな制服を着たカップルがたくさんなので風景に溶け込めているとは思うが、あまりベタベタしすぎるとさすがに浮いてしまうので恥ずかしい。


 ひとまずあまり人目につかない商品棚のほうへとさりげなく移動して、いちゃつきつつもプレゼント探しを継続していくことに。


 ……いつの間にかプレゼント選び<<<<制服デートになりつつあるのは、俺の気のせいだろうか。


 その後も棚に陳列された商品を手にとっては、あーでもないこーでもないと海と相談しつつ候補を絞っていく。


「あ、ねえねえ真樹、アレ見て」


「? どれ」


「ほら、あそこ。隅にある棚の上になるヤツ」


 海が指さしたほうに目を向けると、ぬいぐるみが数多く並んでいる棚の目立たないところに、見覚えのあるモノが。


「ああ、海の誕生日の時に、天海さんがプレゼントしたぬいぐるみ……部屋に置いてあるヤツとはちょっとタイプが違うけど」


「うん。可愛いんだけど、ちょっと不愛想な顔で、真樹に似てるヤツ」


「いや似てないし……」


 天海さん自身が『可愛い!』と選んだものなので、あちらも候補としては十分だろう。同一のものではないとはいえ、キャラは同じなので、プレゼントすれば海ともお揃いだから、天海さんならきっと喜んでくれるはずだ。


 ……値段が高いことを除けば、だが。


「真樹、それいくら?」


「税込み9800円」


「お、なかなかするね。真樹のくせに生意気だぞ~」


「だから俺じゃないんだよなあ……」


 むすっととしているぬいぐるみの団子鼻を楽し気につついている海は放っておくとして、タグをよく見ると『表示価格から20%引き」とある。つまりレジで7840円になるわけだが、それでもちょっと高い。


 財布の中身を全部放出すれば当然買えないこともないが、そうすると、この後の食事代を削ることになるし――せっかく久しぶりに二人で街に出てきたので、たまにはいつものハンバーガー以外のものも食べたりしたいわけだが、さて、どうしたものか。


「……ねえ、真樹。一つ提案なんだけどさ、これ二人でお金出し合って買わない?」


「俺と海の二人から、天海さんにプレゼントってこと?」


「そういうこと。今思い出したんだけど、去年は紗那絵と茉奈佳が同じようにプレゼント渡してたからさ。それならお金も足りるし、いいかなって」


 元々も二人で別々のものを買うつもりだったが、これといった候補が中々見つからない状況だと、そうするのがベターかもしれない。


 二人から天海さんに――となると、俺と海がすでに夫婦みたいな感じになってしまう気もするが、まあ、周囲からもたまにそう言われてからかわれたりもするので、今回はそれを逆手にとってやるのもいいか。


「わかった。それじゃあ、海の意見を採用ってことで」


「へへ、どうも。あ、私、持ってていい? これ、何気にふかふかしてて抱き心地いいからさ」


 俺に似ているかどうかは議論の余地があるが、プレゼント用にラッピングされたぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる海は、贔屓目なしにとても可愛かった。

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