第198話 帰宅の車内で
無事に雫さんや怜次君との別れの挨拶を済ませた俺たち三人は、次に空さんが待っているみぞれさんの家へ。雫さんと陸さんのお話が予想以上に長くなったこともあり、空さんは居間のほうで退屈そうにお茶をすすっていた。
「……陸、雫ちゃんにちゃんと挨拶してきた?」
「ああ。……あと、家に帰ったら、母さんに相談したいことがあるから、話、聞いて欲しい」
「ええ、いいわよ。久しぶりに、ゆっくり話しましょう。もちろんお父さんともね」
海が先程電話した時、大体のことは説明しているそうで、空さんは特に不思議がる様子もなく応じている。
まあ、母親として息子である陸さんを一番見ているのは空さんだから、雫さんとの仲についてはお見通しだろう。そして、当然、幼少期に陸さんと一緒に生活していたみぞれさんも。
「で、婆ちゃん、さっきから階段上り下りしてるけど、何やってんだ?」
「別に。二階の部屋の掃除だよ。また次あんたたちが帰省してきた時、寝泊まりできる場所をちゃんと作っておかないとね」
とは言っているが、多分、陸さんがいつでも戻ってきても対応できるように、その準備を今から少しずつやっているんのだろう。
ああ見えて寂しがり屋なのよ、と空さんが俺にこっそり耳打ちしてくれる。
陸さんに対して口うるさく言っているみぞれさんだが、それでも陸さんは大事な孫だから、また一緒に暮らすことになると知って嬉しいのかもしれない。
「まあ、積もる話はまた今度にして、今日のところはそろそろお邪魔しましょうか。海、お婆ちゃんにご挨拶」
「うん。おばあちゃん、久しぶりに会えて嬉しかった。時間がとれたら、また絶対来るね」
「ええよ。暇になったら、いつでもおいで。もちろん、そこの男の子とも一緒にね」
「うんっ」
そう言って、海は俺の腕に抱き着く。みぞれさんとも顔合わせを終えて、ついに本当の意味で朝凪家全員の公認を得てしまった。
……俺はまだ『前原』のはずなのだが、この輪の中にいると、自分が『朝凪』になったかのように勘違いしてしまう。そのぐらい、皆、俺のことを歓迎してくれているように思えた。
「みぞれさん、短い間でしたけど、本当にありがとうございました。おかげで楽しい休みを過ごせました」
「……そうかい。ならよかった。いつでも歓迎するから、今度は海ちゃんと二人きりでおいで」
「はい。必ず」
ふと、『私には何も言ってくれないくせに……』という空さんのぼやきが聞こえてきた気がするが、それはひとまず素知らぬふりをしておくことにしよう。
朝凪家の嫁と姑という、どちらもある意味個性的な二人の調停役など俺には荷が重いので、そういうのはお兄さんである陸さんに任せた。一人きりだと大変だろうが、陸さんはもう一人ではないので問題ないだろう。
雫さんという、大切な幼馴染がいるのだから。
みぞれさんにお礼を言った後、改めて、陸さんの運転する車で、三日間を過ごした町を後にする。
『海と一緒に旅行に行きたい』――そんなわがままから始まった6月下旬の三連休だったが、思った以上に濃い内容だった。
陸や雫さんのことなどがあり、当然、当初の予想通りにはならなかったものの、それでも、彼女との初めての旅行としては、十分、思い出に残る出来事だった想う。
俺も海も楽しかったし、それに、ここに来る前は終始浮かない顔をしていた陸さんも、今は憑き物が落ちたかのようにスッキリとしているから、そのことについても、俺はとても嬉しくて。
……ただ、一つ、どうしても気になることを除いては。
「ねえアニキ、雫さんとヨリを戻したのはそれはそれでおめでたいんだけど、それなら私の親友のことは結局どうなるわけ? 好きだったんじゃなかったの?」
「は? お前の親友って、もしかして夕ちゃんのことか? 好きなわけないだろ。なにをわけのわからんことを言ってるんだ、お前」
早速海が突っ込んでくれたが、そんな問いに対して、陸さんが怪訝な顔をする。
「でも陸さん、俺もちょっと聞いたんですけど、天海さんと会うと、やけに恥ずかしがって挙動不審になるって……例えば匍匐前進しだしたり、とか」
うぐ、という声とともに陸さんが苦い顔をする。この話、多少盛ってる部分もあると思っていたが、どうやら本当らしい。
「真樹も知ってんのか……いや、アレはだな、ちょうど仕事を辞めたばかりで、精神的に不安定な時期だったから、単にびっくりしたっていうか……初めて会ったのはあの子が中学生の時だけど、あんなアイドルみたいに可愛い子、間近でみるのなんて初めてだったから……ついテンパって」
「は、はあ」
つまり、天海さんの件については、単純に俺たちの誤解ということになる。
紛らわしい行動であることには間違いないが、陸さん自身の口からは今まで何も聞いてなかったわけで。
「あら、そういえば最近夕ちゃん全然来ないなって思ってたら、そういう話になっちゃってたのね。海と仲直りした後もだから、ずっと不思議だったんだけど」
「え、お母さんは知ってたの?」
「当たり前じゃない。というか、陸は夕ちゃんみたいな可愛らしい年下の子より、甘えさせてくれるしっかりもののお姉さんタイプのほうが好きなはずよ。ちょうど今の雫ちゃんみたいな……その証拠に、本棚の奥にさりげなく隠してるヤツにはそういうのばっかり……」
「母さん、それ以上はやめろ。いや、やめてください」
空さんも悪気はなかったはずだが、ぽろりと口を滑らせてしまった時点で、時すでに遅し。
海が、兄に対して軽蔑の視線を向けていた。
「……雫さんに言いつけてやる」
「それは絶対やめ……っていうか、男はだいたい似たようなもんなんだよ。……真樹だってそうだろ?」
「え? いや、俺はその……別に普通ですし」
俺にも多少の趣味嗜好はあるが、ネット視聴が主だし、海と付き合い始めてからはほとんど見ていないのでセーフと思いたい。
「まあ、バカ兄貴がキモいのは今に始まったことじゃないからいいけど……誤解なら誤解ってちゃんと言ってよ。そっちのせいで、夕、ずっと
「それはまあ……機会を作ってくれるんなら、謝るよ。今なら、そこそこは平常心でいられるだろうし」
今も圧倒的な美少女だが、以前見せてもらった天海さんの中学時代の姿は本当に本から飛び出してきたヒロインのように可憐だったから、多分、俺も海と出会っていなければ、同じような反応になるかもしれない。
俺や海、新田さんなど、親しい付き合いをしている人からすれば、天海さんだって、俺たちとそう変わらない、高校生の普通の女の子なのだが。
「と、ともかく、この話はこれ以上するな。母さんも、そこのバカも。いいな?」
「ねえ母さん、他にどんなのがあったの?」
「そうねえ……確か、可愛い女の子の絵がいっぱい載ってる、他よりちょっと箱が大きめなゲームが何本か……」
「話を聞けよ。ってか、やめろっつってんだろ……」
力づくでも止めたいところだろうが、残念ながら今の陸さんは運転席なので、よそ見をすることもできない。
俺が間に入ったところで朝凪家の力関係は基本覆らないので、ここは嵐が過ぎ去るのを待つしかない。
……せめて、耳に入ってきた情報を頭で処理せず聞き流すことに専念しよう。
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