第182話 子供と大人
一足先に脱衣所から出た俺は、海の着替えが終わるまで、入口そばにある休憩スペースで待つことに。
我慢のおかげもあって、なんとか『したい』ピークは過ぎてくれたものの、温泉の効果もあってか、まだ体の芯に熱が残っている感じがする。
「俺、もしかしたら今日眠れないかも……」
ここがもし自宅であればいかようにも処理は出来るし、海と部屋で二人きりならいよいよ続きを……とも思うが、部屋には陸さんがいるので、素直に何もせず寝るしかない。
「よ、お待たせ。真樹、喉渇いたからそこの自販機でジュースでも飲も」
「うん」
部屋の冷蔵庫にもジュースはあるが、こういうところで買う飲み物も、多少割高ではあるものの、コンビニなどには置いていない珍しいものも売っていたりするので、旅行気分を味わうという意味では悪くない。
「ねえ真樹」
「ん?」
「じゃーんけーん……」
「「ぽん」」
ジャンケンの結果、俺はグー、海はパー。
ジュース代を奢るのは別にいいが、不意打ちずるい。
三回勝負……とつい言いそうになったが、潔くないので、財布から500円玉を取り出した。
「海、どれがいい?」
「う~ん……んじゃ、私、この瓶のフルーツ牛乳にする。真樹は?」
「俺は瓶のコーヒー牛乳かな。こういうの俺初めてだけど、なんか瓶に入った乳飲料に引き寄せられるよな」
「それわかる」
それぞれ一本ずつ買い、ソファに二人で座ってゆっくりと一口。
体が火照っていることもあって、喉から胃へ冷たいものが流れていく感覚がわかる。
「真樹、それ一口ちょうだい」
「ん。海、俺もそれ一口いい?」
「はい」
「さんきゅ」
お互いに瓶を交換して、さらにもう一口。
バナナの味が少し際立っている気がするが、あとからオレンジやアップルなどの風味が鼻から抜けておいしい。
「なんか、こうして回し飲みするのも普通になっちゃったな」
「ね。最初のうちは間接キス云々で恥ずかしがってのが嘘みたい。毎回いちゃつくたびにキスしてるから、慣れて当然といえばそうなんだけど」
クリスマスに俺から告白して付き合い始めてから半年で、俺も海もカップルとして板についてきたと思う。
出会った当初は週末に遊ぶだけの関係だったのが、いつの間にか海が家に迎えにきてくれるようになって、そうしているうちにお互いの家を頻繁に行き来するようになり、だんだんと家族ぐるみの付き合いにもなり、そして今、こうして里帰りにもお供させてもらえるようになって。
これでまだ付き合って半年しか経っていないのが、本当に信じられない。
去年の俺の置かれた状況から考えるとちょっとした奇跡とすら思う。
「真樹、私たちってさ、このままこうして付き合っていったら、どうなると思う?」
「どうなるって、そんなの……か、家族、になるんじゃない?」
まだまだ全然先の話だとは思うが、この恋人付き合いの延長線上には、きっとそういう未来が待っていて欲しいと願っている。
というか、もし海と別れるようなことがあったとしたら、次のチャンスなんて絶対に巡ってこないだろう。
「初めての男の子の友達が初めての恋人になって、そして最終的には家族……か。なんか冗談かってぐらい絵に描いたような物語だね」
「海は、そういうのってあんまり好きじゃない?」
「ううん、大好き。私、こう見えてめちゃくちゃ乙女だから」
「うん、知ってる」
「でしょ。だから……真樹のことは何があっても絶対に離してなんかあげないんだ」
瓶の中身を飲み干してひと息ついたところで、海が俺の方へとそっと身を寄せてくる。
冷たい飲み物でせっかく体が落ち着いてきたというのに、俺たちはまた体が熱くなるようなことをしてしまう。
つくづく、どうしようもない二人だ。
「真樹」
「なに?」
「別に」
「なんだよそれ」
「えへへ、いいじゃん。恋人なんだし、名前呼んでも」
何度も言うが、ここが自宅だったら際限なく時間を忘れていちゃつき始めるところだが、しかし、今回はばかりはストッパーがいる。
二人分の足音が、こちらのほうに近づいてきていた。
「……あら、私たち、お邪魔だったかしら?」
「雫さん……と、あとは陸さんも」
「……おう」
話のほうは終わったのか、雫さんと陸さんが一緒にやってきた。時計を見ると、ちょうど俺たちが部屋を出てから一時間は経っていたから、一応、様子を見に来てくれたのだろう。
「別にどこで休憩しようがお前らの自由だが、さっさと帰ってこい。じゃなきゃ俺が風呂に入れんだろうが」
「ごめんね、二人とも。口は悪いけど、りっくんなりに心配してたみたいだから。のぼせてるかもしれないから見に行こうって」
「……余計なことは言うな」
「うふふ、は~い」
雫さんがいるおかげで、なんだか陸さんがとても可愛い人に見える。
言動は素直じゃないけど、実は面倒見がよく、優しい。本人が自覚しているかどうかはわからないが、ちゃんとお兄さんしていると思う。
俺は一人っ子だからわからないけど、陸さんみたいな人がお兄さんにいてくれると、ちょっとだけ嬉しい。基本ぐうたらだし、無職なのであくまで『ちょっと』だけ、だけど。
「海、ちょっと長く居すぎちゃったみたいだから、俺たちは部屋に戻ろう。陸さんにもゆっくりさせてやらなきゃ」
「そだね。まあ、こんなでも、兄は兄だし。んじゃ、後は幼馴染どうし、二人で露天風呂でごゆっくり」
「なっ……別に俺はそんなつもりじゃ……」
顔を赤くしてしどろもどろになる陸さんを置いて、俺と海は足早に部屋へと戻る。
気まずそうに頭をぽりぽりとかく陸さんと、そして、そんな陸さんを見てクスクスと笑う雫さん。
「……陸さんと雫さん、仲いいね」
「幼馴染だしね。アニキだからむかつくけど、ああいう空気感って、なんか大人の恋愛って感じ」
「そう考えると、俺たちって、まだまだお子様だよな」
「かもね。ただ自分たちのやりたいようにじゃれ合ってるだけで。……でもね、真樹、」
そう言って、海は俺の手をぎゅっと握りしめて言う。
「私はまだ、今のままがいいかなって」
「……俺も」
寂しいから、甘えたいから、いつだって自分だけを見ていて欲しいから。
そんなふうに自分の気持ちに素直に、わがままになってもいいのは、きっと子供のうちの今しかできない。
焦る必要はない。大人の恋愛は、大人になってからで十分なのだ。
だからこそ、今はまだ子供の恋愛を楽しもう。
陸さんと雫さんのどこか寂しそうな『大人』の笑顔を目にして、俺はそう思った。
―――――――
(※章の途中で申し訳ありませんが、都合によりここで一旦更新を停止いたします。今回はなるべく早めに再開するつもりですので、それまでお待ちいただけると幸いです)
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