第183話 おはようの……
部屋に戻った後、予め持ち込んでおいたお菓子やジュースなどをつまんで軽く他愛のない話をして、俺と海はそれぞれの布団で眠りについた。
海と一緒に夜を過ごすのは、最初に俺の家にお泊りをした時と、それから朝凪家で海に慰められながら寝た時に続き、これで3度目。
好きな女の子がすぐ隣にいるわけで、果たしてこのまま寝付くことができるか不安だったが、長旅の疲れもあったのか、俺も海も、布団に入った瞬間、いつの間にか眠っていた。
……もちろん、隣同士だったので、お互いに手を繋いで。
本音で言えば一緒の布団でくっついて寝たかったが、部屋には陸さんもいる手前、あまりイチャイチャし過ぎるのはどうかということで、そこは二人で話し合い妥協した。
恋人のぬくもりを手で感じつつ、安心した気持ちで夜を過ごし、翌朝。
「……ん」
部屋の大きな窓から差す朝日と、虫や鳥の鳴き声など、遠くから聞こえる微かな自然の音で、俺はゆっくりと目覚める。夜のうちに冷房の電源は切って眠りについたものの、気温がそれほど高くないこともあって汗などもかいていない。とても気持ちのいい朝だった。
――しゅる、しゅる。
意識がきちんと覚醒するまでしばらく横でいようと思っていると、ちょうど俺の後ろでそんな音がしている。
なんだろうと思い、そちらの方へ寝返りを打つと、ちょうど浴衣から洋服に着替えている海の姿が。
先ほどの音は、服を脱ぐ際の衣擦れによるものだったのだ。
「……あ、おはよう、真樹。ごめん、起こしちゃった?」
「いや、そのちょっと前に目は覚ましてたから。……もしかして、そろそろ出る時間?」
「うん。来て欲しいって言われてる時間はまだだけど、お婆ちゃんとお母さんの二人はもう準備やってるみたいだから、早めに行こうかなって」
旅行気分なのでつい忘れてしまいそうになるが、朝凪家の今回の遠出の目的はみぞれさんの家でやっている法事のお手伝いである。親戚の人たちが久しぶりに集まるとあって、その時に出す料理などを作っているという。海や陸さんは部屋の掃除や整理を担当するのだと、昨日の夜、海から聞いたのだ。
「ところで陸さんは? もういないみたいだけど」
「私が着替えるから、ついさっき部屋から追い出しといた。多分、駐車場に車でもとりにいってるんじゃない?」
「俺がまだ部屋にいるんだけど、それはいいの?」
「ぐっすり寝てるのを起こすのも悪いし、それに、真樹はもう私の恋人なんだから着替えぐらいなら見られても別にいいかなって。……真樹、実はちょっと見てたでしょ」
「あの……ごめんなさい」
ほんの一瞬ではあるが、寝返りをうった瞬間に見えた海の白い背中と、そして薄い水色の下着はくっきりと記憶に焼き付いている。
……正直、目覚めにはばっちりだった。
ひとまず黙って着替えを見てしまったことを謝り、海がそんな俺をからかっていつものようにじゃれ合っていると、陸さんが戻ってきたのか、入口の襖をどんどんとノックする音が。
『――おい、着替え終わったか? こっちは荷物運び終わったから、朝飯食ったらさっさと行くぞ。もう三人分、用意できてるって』
「む、せっかくの二人の時間を……はいはい、今行く。真樹、ちょっと早いけど、朝ご飯どうする? もしまだ眠いんだったら、雫さんにいって真樹の分だけ時間遅らせてもらうけど」
「いや、一人だけずらすのも雫さんに迷惑だし、寝起きだけど俺も一緒するよ。海はお昼前にこっちに戻ってくるんだっけ?」
「うん。なるべく早めに帰ってくるから、そしたら二人で一緒に外に遊びに行こ。昨日雫さんにいいトコ教えてもらったんだ。水遊びできる綺麗な川があるって」
ということは、先日の買い物で選んだ水着の出番ということだ。
水泳の授業以外で水着で遊ぶだなんて本当に久しぶりだけど、それよりも楽しみなのは、もちろん……
「ね、真樹」
「なに?」
「顔赤くなってない?」
「な、なってないし」
「そう? じゃあ、やっぱり水着持っていくのやめよっかな」
「それは……その、」
「……ダメ?」
「えっと……その、はい……」
完全に海の手のひらの上なので、ここは正直に頷いておく。
海の水着姿――見たくないわけがない。着た姿は先日の買い物の際の試着室で一度目にはしたわけだが、周りに人がいることもあって、しっかりとは見ていないわけで。
「ふふ、わかった。じゃあ、しょうがないから持っていってあげる。でもそのかわり、前みたいにちらっとじゃなくて、ちゃんと見て褒めてね?」
「う、うん。わかった」
そういえば、海は買った二着のうち、いったいどちらを持ってきたのだろうか。
一つは確か天海さんたちと遊びに行く用で。
そして、あともう一つは、俺と二人きりの時だけに着るといっていた――。
……いやいや、朝っぱらから何をよからぬ妄想を。
してもいいが、それはあと少しだけ後の話だ。
「さて、兄貴も先に行っちゃったみたいだし、そろそろ私たちも追いかけますか。ちょうどお腹もすいたし」
「だな。あ、でもその前に……」
「え?」
そうして、海が振り向いたタイミングを見計らい。
――ちゅっ。
俺は、海の頬へと軽く口づけをした。
「……真樹?」
「お、おはようのキス……が、まだだったかなって思って。ほら、朝迎えに来てくれる時、たまにしてくれるから。今日は学校じゃないけど……でも、したいなって」
「あ……そっか、うん」
俺からのキスに、海は驚いたように目を何度もぱちくりとさせ、次第に顔を赤く染めていく。
いつもは海からモーションをかけてくることがほとんどなので、意外だったはずだ。
ちょっとした仕返しのつもりでやったのもあるが。
「ごめん、海。恋人になったら、こういうこともいいかなって思いつきでやってみたんだけど……びっくりさせちゃったよな?」
「う、ううんっ、そんなことないっ。私だって不意打ちですることあるし、そこはおあいこっていうか……」
「そっか。じゃあ、よかったけど」
「うん。その……また今度、気が向いたらいつでもやってくれていいからね」
「海がそう言ってくれるなら……わかった、じゃあ、また今度」
「よ、よろしく」
ひとまず引かれたり嫌がる素振りも一切なかったので一安心だが、その後の朝ご飯中、ずっと海が俺にべったり気味だったので、その点、朝から飛ばし過ぎたかもしれないと反省する。
ちなみに、陸さんからは当然のごとく呆れられた。
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