第152話 お疲れさま

 


 予定されていたクラスマッチの全試合が終わって、その放課後。


 天海さんとの約束通り、俺たちは『クラスマッチお疲れ様会』と称して、最寄りの繁華街のカラオケ店に来ていた。以前、海とのデートで来たところと同じ店だが、それ以来全く足を運んでいなかったので、相変わらずだが、少し緊張する。


「皆、注文した飲み物とか全部届いた? じゃ、そろそろ乾杯ってことで」


 部屋にいる全員が飲み物のグラスをもったのを確認してから、会の企画者である天海さんが元気よく立ち上がる。クラスマッチで嫌と言うほど体を動かした後だというのに、相変わらずのスタミナだ。


 対する俺だが、この夕方の時間帯ですでに眠気が限界を迎えつつある。俺の所属する10組のソフトボールチームは、野球部2年生エースの望率いる4組チームにコテンパンにされて敢え無く1試合で姿を消したのだが、では、なぜ俺がこんなにまで疲れているかと言うと――。


「天海ちゃんと朝凪ちゃんに誘われたから来てみたけど、ふーん、カラオケ店ってこんな感じなのか。薄暗くて部屋は狭くて、それで男女がしばしば身を寄せ合って歌うわけだろ……ふ、なんというエロさ」


「は? 何言ってんの中村。えっちい漫画の見過ぎじゃん」


「今は監視カメラとかもあって、そういうことしたらすぐ追い出されるし」


「中村は机の上で勉強ばっかじゃなくて、たまにはこういう社会勉強的な体験もしないとね」


 ちょうどテーブルを挟んで反対側には、中村さんを始めとした11組チームが座っていた。もともとはこの会は俺、海、天海さん、新田さんの四人でやるつもりだったのだが、せっかくだからという天海さんの提案で急遽参加してもらうことになったのだ。


 ちなみに俺の出場したソフトボールだが、俺の想像した通り、今ここにいる女子メンバー全員が俺の応援にかけつけ、そして、俺の予想とほぼ同じような黄色い声援を送ったということで……敵から味方から、さらには外野からも予想以上の反応(舌打ち)をいただいたわけである。本当、どうしてこんなことに……。


 そんなわけで、身体的には問題ないのだが、気疲れのほうがもう限界だった。


 ……眠い。


「真樹、大丈夫? 眠いんだったら、私に寄りかかって寝てていいよ?」


「ありがとう、海。でも、大丈夫。ってかこれだけ騒がしいとさすがに眠れないし……それは後に取っておく」


「そう? でも、無理はしなくていいからね」


 寄り添うようにして、俺の隣には海がいる。海の隣には、新田さんと、そしてその更に向こう側に天海さんという配置だ。


 ここまでは、特に問題はなかった。11組の人たちが来ることになったのはちょっとだけ驚いたものの、今日は色々と迷惑をかけたこともあるので、これで少しでも楽しんでもらえると嬉しい。


 問題があるのは、11組チームとは別に、天海さんが最後に連れてきた(引っ張ってきた)もう一人。


「――うわキッモ。まるでお母さんと子供じゃん」


「は??」


 俺から見て天海さんのさらに向こう側にいる小麦色の肌をした女の子――荒江さんが、俺と海の様子を見て鼻で笑っていたのだ。


「恋人とどういう付き合い方するかなんて、そんなの当人同士の自由じゃん。ってか、夕が終わったと思ったら、次は私たち? 陰口叩かなきゃ死んじゃうの、アンタ」


「これは陰口じゃない。乳繰り合うなら人のいないところでやれっていう、至極全うな指摘だよ」


「……負け犬が良く吠える」


「ああっ!?」


 双方とも持っていたグラスをだんと置き、立ち上がってお互いにガンを飛ばし合った。


「私たちは負けてねえ。たかが最後のジャンケンで勝っただけで何を雑魚が偉そうに……」


「あら? 勝負は時の運、運も実力のうちってよく言われるんだけど、アナタはご存じない? ああ、仕方ないよね。なんでもすぐ忘れちゃう人だから」


「相変わらずムカつく女っ……!」


「こっ……らああああ! 二人ともいい加減しないか~~~~!!!」


 間にいる二人のことを無視してどんどん間隔を詰めていく二人に、天海さんが大声で割って入って止めてくる。


「渚ちゃん、言いたいことはめちゃくちゃわかるけど、そういうのは心に留めておくの! すぐに口に出しちゃダメ! それから海もだよ! いくら渚ちゃんのことが嫌いでも、売り言葉に買い言葉じゃ、喧嘩になって皆に迷惑でしょ!」


「だって夕、こいつが先に……」


「うるさい! いいからさっさと座って!」


「は、はい……」


「……は、怒られてんの、ダサ」


「渚ちゃんもだよ! バカ! みんなにごめんなさいするつもりで来たのに、どうしていっつもそうなっちゃうの!」


「ぐ……」


 すごい剣幕で二人のことを叱る天海さんに、ヒートアップ寸前だった二人が思わずたじろぐ。


 というか、あの荒江さんが、渋々ながらも天海さんに従っているのが意外だった。


 11組チームにはジャンケンで負けてしまったものの、その後の7組との試合では最初から圧倒していたし、現役のバスケ部が多数いた4組相手にも、破れてしまったが善戦していた。


 あの後、俺は自分の試合に行ったのと、それが終わった後は、同じくリーグ戦で敗退した海とずっと一緒にいたので、天海さんと荒江さんの間に何があったのかはわからない。荒江さんが理由をきちんと話して謝ったのかもしれないが、その辺を海が訊いても、


『ごめんね。それは私からはなんとも言えないかな』


 と、天海さんは一貫してその態度を変えなかったのだ。


 しかし、こうして半ば強引だとしても、荒江さんがこの場にいてくれるのならば、二人の仲に少しでも進展があったと考えていいだろう。海と荒江さんの仲は今後も犬猿の仲で決定的になりそうだが、その件についてはまたおいおい解決……したいと思うが、これはちょっと難しいかもしれない。


 まあ、そこは俺や他の皆で協力し合って、なるべく二人きりで鉢合わせすることがないよう頑張るしかないか。


「……私、帰る」


「あ、渚ちゃん待って――」


「……乾杯が終わってちょっとしたら、だけど」


「あとは?」


「……謝ればいいんだろ?」


「そういうこと」


 それまで仲の良かった海や新田さんと別クラスになって、なかなか頼れる人が出来ずに辛い所もあっただろう天海さんだったが、これ以降はきっとなんとかなっていけると思いたい。


 それが荒江さんになるのか、はたまた違う別の人になるか……それはわからないが、いずれにせよ、天海さんがいいというのなら、俺も海も、これ以上は何も言うつもりはない。以前ならともかく、今この状況でとやかく言うのは野暮というものだ。


「荒江さん、その、俺からも言いたいことがあるんだけど、いい?」


「なんで私がアンタなんかの……って言いたいところだけど、隣のアホがやかましいから聞いてやる」


「どうも。……といっても、俺はただの伝言役なんだけど」


「伝言? 誰から?」


「中学時代に、荒江さんのことを完膚なきまでに叩き潰したチームの二人」


「……!」


 荒江さんは何も言わないが、俺の方をじっと見ているので『続きをさっさと言え』と解釈しておこう。


 今回の件の、俺の最後のお節介。


「『毎週水曜日の夜7時に市民公園で練習やってるから、もし体が訛ってるならおいで。鍛え直してやるから』って」


 それを聞いた瞬間、荒江さんがほんの少しだけ笑ったような気がした。


「あんのバスケマシーンども……そんなの私は知らないよ、もうやめたんだから」


「なら、それを二人に言ってあげたら? ちなみに俺は荒江さんのことが嫌いだから、伝言とかは受け付けないよ」


「あ、そ。私もアンタのこと嫌いだから、伝言なんか頼まない」


 そう言って、荒江さんは俺からぷいとそっぽを向いてしまう。相変わらずの人だが、その辺ぎゃふんと言わせるのは二取さんと北条さんにお任せしよう。


 そういえば『その時は今の私たちの本気を見せてあげる』とも言っていたのを伝え忘れてしまったが、大まかには伝えたのでOKということにしておく。


「じゃあ、面倒な二人が大人しくなったところで……みんな、今日はお疲れさま! 明日は休みだし、パーっとやっちゃおう! かんぱい!」


 ――かんぱーい!


 少々狭い室内に、いっぱいの明るい声がはちきれんばかりに響く。


 海も、天海さんも、後は一応俺も……本当にお疲れ様だった。

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