第151話 ラストワンプレイ
まるで先日の一対一の続きでもやるかのように、海と天海さんの攻防が始まる。
「っ……やるね、夕っ」
「そっちこそ、海っ」
ここでもし11組が一本でも決めて突き放せばダメ押しにもなりかねないので、10組もここは慎重に対応しなければならない。海には天海さん、そして得点源の一人である中村さんには荒江さんがつく。
「天海、まだ時間あるから、焦って飛び込むなよ。外からだったら打たせてもいいぐらいの気持ちで」
「うん、わかった!」
後ろから飛ぶ荒江さんの指示もあって、海もなかなか攻めあぐねているようだ。11組は外からのシュート成功率がそれほど高くないので、シュートは打たせて、後はこぼれ球を拾って即カウンターにつなげる作戦を荒江さんは考えているらしい。
「むぅ……どうするか……」
一瞬だけ天海さんから視線を外した海がパスコースを探すものの、全員一人ずつマークがつかれていることもあって、パスを出すことが出来ない。今まではコンビネーションでミスを誘ってフリーになることもできていたが、荒江さんが協力してからは、時間が経つごとに難しくなってきている。
抜くしかない――そう考えたらしい海が、ゴール下まで切り込もうと、持っていたボールを左手から右手に持ち替えた瞬間。
「っ、そこっ!」
「っ……!?」
そのほんのわずか一瞬の間を感じ取ったのか、ぐん、と伸びた天海さんの手が、ボールをカットした。
はずみで勢いよく転がったボールは、無人となっている11組側の陣地へ。
「天海、走れっ!」
「もちろんっ!」
「くっ……」
こぼれたボールを確保すべく二人同時に走りだすが、こういう時にものを言うのはやはり身体能力……半歩ほどの差をつけて、天海さんがボールをしっかりと確保した。
しかも拾った場所は、またしてもスリーポイントラインのギリギリ外。
「そのまま打て、天海っ」
「……やら、せないっ!」
最初の一歩でこぼれ球を拾われることを確信していたのか、その後シュートを止めるべく、シュートモーションに入った天海さんのボールを叩き落とすべく手を伸ばして大きく跳躍する。
その判断もあって、天海さんの放ったボールに、海の指先がわずかに触れることに成功する。
「触った! 中村さん、リバウンドっ」
「おう!」
逸れる、と当然思った全員がゴール下へとなだれ込むものの、
――スパッ。
「!? はいっ……」
「た……!?」
海と天海さんの目が見開かれた通り、ボールはきっちりとゴールへと吸い込まれた。
35対38。
『おお~!』
『きたきた!』
『3点差!』
どこかから盛り上がりを嗅ぎつけたのか、試合を見つめる観客のほうもどんどんと増えてきていて、バレーばかりの応援だった人たちも、今はすっかりバスケのほうに移動してきていた。
逆転しろ、という空気が、体育館全体を支配している――そうなると、落ち着こう落ち着こうと言い聞かせても、どうにもならないわけで。
「11組、オフェンスファウル」
「あ……!」
その後、なんとか点差を突き放そうと無理が出たのか、11組チームについに5つ目のファウルが。
ウチの高校のクラスマッチの特別ルールで、5つ目以降のファウルには、問答無用でフリースローが2本与えられる。
クラスマッチ本番のルールでは、シュート者はファウルを受けた人。天海さんや荒江さんではないこともあり、1本目は惜しくも外したものの、2本目はしっかりと決めて。
「2……」
「点差……」
どこからともなく、そんな呟きが聞こえた。
36対38。2点差。
シュートを決めれば同点。スリーポイントなら逆転。
残り時間はあと20秒と少しぐらいだろうか。まだ2点リードしているため、時間切れを狙うこともできるが、10組にもまだ一つカードが残っていて。
「皆、ファウルしてでも強引にボールを奪うんだ。残り2つ、出し惜しみせず全部使ってく気持ちで」
そう。すでに5つ目で身動きの取れない11組チームに対して、10組チームはまだ2つ。ファウルはこういうところでも効いてくる。
そして、荒江さんの指示で10組チームがオールコートのゾーンディフェンスに切り替える。真っ先にボールを取りに行って、そこからすぐにカウンターに持っていく形だ。リスクはあるものの、逆転を狙うならこれしかない。
「よう、朝凪海。ボール、よこしなよ」
「嫌だ、って言ったら?」
「力づく」
味方からパスを受け、何とかキープしようとする海に荒江さんが突っ込んでいき、ファウル上等でボールを強引にライン外にはじき出す。
これはファウルにはなるものの、まだ3つ目なので、10組チームのスローインからのリスタート。
10組は、このボールのカットを狙っていた。
「パスコースが……中村さん、お願いっ」
前半サボっていた分+チームの勢いでスタミナに余裕のある10組チームのプレスによってパスコースを塞がれた海が、苦し紛れにふわりとしたボールを中村さんに出す。
これはしっかりと中村さんの手に収まったものの、それを読んでいたのか、その直後に、天海さんと荒江さんが、ダブルチームで中村さんについた。
「……おいおい、素人に対してそれはないんじゃないか?」
「大人げないけど、ま、勝つためだし」
「ごめんね、中村さん」
いくら体格に勝る中村さんといえど、この二人を相手にしては、どうすることもできず。
「んああっ、くそっ……頼む、誰か拾って!」
5秒以上ボールを保持してはいけないルールもあり、中村さんは慌ててボールを投げるも、願いは空しく、ボールが渡ったのは10組チーム。
……そして。
「――っし、まあ、まずはこんなもんよ」
荒江さんが鮮やかにレイアップを決めて、ついに同点となった。
『え、マジ?』
『本当に追いついちゃった……』
『のこり時間は?』
『10秒ってところ』
『それじゃあ……』
大逆転勝利の文字が、観客たちの目の前にちらつく。
このまま同点で試合が終了した場合はジャンケンで勝敗を決めるルールだが、外野も、そして当事者たちもその気はさらさらなく。
「くぅ……やるじゃん夕、そして荒江渚……」
「ごめん朝凪ちゃん、やられちゃった」
「ううん。私こそ、ボール拾えなくてごめん。……完全に後手だけど、攻めよう。同点でジャンケンなんて、そんな運任せじゃなくて。ちゃんと勝とう、10組に」
「……ん、だね」
「七野さん、加賀さん、早坂さんもそれでいい? 最後、シュートで終わろう。んで、勝とう」
「「「もちろん」」」
海の一声で気合を入れなおした11組が、海へとボールを預けて、最後のスタミナを振り絞って走っていく。
ラストワンプレイ――しかし、それは相手側にとっても同じだった。
「海、これで本当に最後の最後だね」
「……ぶっ潰してやるよ。朝凪海」
「……ああもう、やっぱそうなるか」
他の人たちには見向きもせず、荒江さんと天海さんが海へとマークについた。
この網をかいくぐることが出来れば海の勝ち、逆に海のボールをカットすれば、天海さんと荒江さんの勝ち。
巧みにボールを操りながら何とかボールを奪わせまいとする海と、それを奪おうとする天海さんと荒江さんの二人。
『はち、なな、』
『ろく、ご――』
観客たちによるカウントダウンの声がコートに響き渡る。
互いに譲らず、最終的に同点となるのか、もしくはどちらかが勝負を制して、シュートを決めきるのか。
仕掛けたのは、海。
「ッ……!?」
「!? あっ……と」
これまで以上に粘る海のドリブルによって、天海さんと荒江さんの距離が接近し、一瞬お見合いになったところで、海が、利き手の右とは反対側の左手でドリブルを仕掛けた。連携不足を突いた形。
ボールは天海さんの股下から通して、体は二人の間をこじ開けるようにして――ファウルすれすれだが、ホイッスルはない。
「やら、せるかっ」
抜けた……と思ったが、そこで荒江さんの腕がぐんと伸びて、海の手からボールをなんとか弾くことに成功する。
ボールのほうはタッチライン際の、ちょうど俺の方へ。
これで時間切れか……と思いきや、海が必死な表情でボールへと飛びついた。
「負けない……真樹の前で、好きな人の前で、私は夕に勝つっ……!」
「! 海、危ないっ」
体を投げ出した海は、ライン際すれすれのボールを片手一本でキャッチし、そのまま中村さんたちチームメイトが待ち受けるほうへ。
「お願いっ、みんな!」
そう言い残して、海はそのまま得点ボードのほうに派手に突っ込んで――とはならず、寸前で間に合った俺の体にどすんと体当たりする形となった。
やわらかな海の体を、俺はぎゅっと抱きしめる。
ちょっと強く当たられたものの、海の体重ぐらいならしっかり受け止められるぐらいには、俺だってちゃんと鍛えているのだ。
「……よかった、間一髪」
「……ありがと、真樹。真樹なら絶対にこうしてくれるって、信じてた」
「そりゃどうも。でも、あんまり危ないのは今後は控えるように」
「うん、わかった……へへ」
そう言って、海は甘えるようにして俺の胸に顔をすりつけてくる。まだ一応試合中だが、もうホイッスルが鳴る直前だし、プレーにも復帰できないので、このままにさせても問題ないだろう。
それに、今なら全員の注目がボールにいっているだろうから、こうやって人目をはばからずにバカップルをしていても、多分誰にも気づかれないだろうし。
「お疲れ、海。よく頑張った」
「うん……私、もう一歩も動けない。このまま真樹に抱っこされて寝たい」
「まだ試合終了の挨拶が残ってるから……それはまた後で」
「ふふ、約束だよ。……ところで、試合のほうは、」
「あ、うん。試合は――」
最終的にはどちらも全力を出し切った10組対11組。その最終スコアは、
10組(38):11組(38)
海のラストパスはチームメイトに渡ったものの、惜しくもシュートはリングに弾かれて。
ということで、最終的な勝敗はジャンケンへ。
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