第149話 みてて


 ほんの少しのインターバルのあと、すぐに後半が始まった。


 前半までスコアは、2対30。10組チームが28点差の大きなビハインドを背負っている。これだけ見ると、もう完全に勝負は決まったと考える人がほとんどだろうが、10組チームの面々の顔は、その事実を感じさせないほど明るいものだった。


「天海、チャンスがあると思ったら。後半は間違いなくアンタの働きにかかってんだから」


「わかった。じゃあ、まずはディフェンスからだね」


「そういうこと」


 前半のジャンプボールは10組チームがとったので、後半は11組チームのボールからスタート。点差を考えると、攻撃以上にディフェンスにも気を遣わないと、追い付き、追い越せは中々難しい。


 ボールを最初に持ったのは、当然、司令塔の海だ。


「皆、相手絶対突っ込んでくるから、慌てずゆっくりね。パス回して、ゆっくり時間使っていこう」


 11組の戦略としてはやはりそうなるだろうか。どれだけ点差を縮められても最終的に1点でもリードしていればいいわけだから、ここからはよりディフェンシブな布陣をとってくるはずだ。


 実際、前半までは中村さんや海を中心に積極的に攻めていたものの、後半はあまり無理をせず、スリーポイントラインの外で主にパスを回している。


 このまま30秒ギリギリまで時間を使って、後は外からロングシュートなどを狙って入ればOK――しかし、当然早く点差を縮めたい10組チームがそれを許すはずもなく。


「よ」


「……やっぱり。アンタも大概じゃん。後ろで髪縛って、それで本気って?」


「別に。ただ前髪がちょい邪魔なだけ。そうじゃなくてもアンタぐらい余裕」


「むか。って、そんな安い挑発に乗らんけど」


 海と対峙する荒江さんだが、前半と違って、天海さんから借りた予備のヘアゴムをつかって、ゆるいウェーブのかかった髪を後ろでまとめている。


 中学時代からは髪の色も長さもまったく違うけれど、雰囲気は先日見た映像そのままだった。


「ボール、寄こしなよ。どうせ10分後には逆転されるんだから、さっさと諦めたほうがアンタのためだよ」


「そりゃこっちのセリフ――だっ!」


 海と荒江さんのマッチアップが始まる。少しでも隙があれば手を伸ばしてくる荒江さんと、それを紙一重のところで回避する海と――前半以上に、二人の間はバチバチと火花が散っているようだ。


「へい、朝凪ちゃん、こっち!」


「中村さん――うんっ」


 一歩たりとも前に行かせてくれない荒江さんのディフェンスに、海がたまらず中村さんへのパスを選択――ではなく、前半最初のようなノールックで違う方向へとパスを出す。


 その方向に走り込んでいたのは七野さん――しかし、そのパスが通ることはなかった。


 まるでそこに来るのがわかっていたかのように、10組チームの一人がそれをカットしたのだ。


「!? え――」


「うわっ、やった。本当にとれた!」


「驚いてないでさっさと前にパス!」


「あ、うん。……夕ちゃん!」


「オッケー!」


 そして、カットする前にすでに走り出していた天海さんが、チームメイトからのパスを、スリーポイントラインのすぐ外で受け取った。


 そして、そのままゆっくりと、誰の邪魔も入らない状態でシュートを放ち――。


「お願いっ、入って!」


 リングの内側で暴れつつも、外にはじき出されることなく、そのままネットを通り過ぎていった。


 これで5対30。


「……やった! 渚ちゃん、見た見た!? 決めたよ3点!」


「あ~、はいはい。わかったからさっさと戻って」


「む~! わかってるけどもうちょっと褒めてよ~!」


 そうは言いつつも、しっかりと天海さんが自陣へと戻ると、すぐに全員がディフェンスへと切り替える。チームとしての連携は練習不足もあって難しいところもあるだろうが、勢いでそれを上手くカバーしている。


「……ごめん、中村さん。狙われてたね、私」


「だね。多分、癖を読まれたんだ。朝凪ちゃん、ノールックパスの時、一瞬だけど必ず私のほうを見るんじゃない? 小麦ギャルとマッチアップしてた時、あっち全員、朝凪ちゃんのほう見てたから」


「やっぱりか。くそっ、よく見てんなあ。荒江渚アイツめ……」


 俺もそこではじめて気づいたが、まさかそんな細かい癖を見抜くとは。コート外からだとわかりにくいが、やはり実際に間近で見ていると、ちょっとした違和感があったのだろう。まずそこを荒江さんは最初についてきた。


 癖に気づいた以上は海もそこから修正してくるはずだが、いったん体に染みついた癖をこの試合中になんとかしようとすると、どうあっても動きがぎこちなくなってしまう。そうなると今まで出来ていた動きさえもおかしくなってきて――となるので、この試合であのフェイントは使いにくくなる、と。


 そこまで荒江さんが考えているのだとしたら――もしかしたら想像以上に、荒江さんは策士なのかもしれない。


「大丈夫だよ、朝凪ちゃん。まだ点差はたっぷりあるから、じっくり使って、アイツらを焦らせてやろう」


「うん。だね、焦って作戦がぶれたら、相手の思うツボだ」


 しかし、そうは言いつつも、海の視線は得点表脇にあるタイムのほうへとしきりに向いている。

 

 呼吸や表情に変なところはないが――もしかしたら、ちょっと危ないかもしれない。


 そう感じた俺の予感は、このわりとすぐ後に的中した。


「はいザコ」


「んっ……!」


 それまではほぼ互角の勝負だった荒江さんとのマッチアップだったが、徐々に荒江さんにボールを弾かれるようになってくる。最初の内はチームメイトのリカバリーもあってマイボールを失うまではいかなかったものの、次第に海のフェイントやタイミングも慣れてきたのか、ついには完全にボールを奪われてしまう。


「渚ちゃん、よろしく!」


「こっちをあんまり頼るなって……まあ、決めるけどさ」


 天海さんと荒江さん二人を中心にした連携によって、10組チームが再び得点。


 時間はまだ半分以上残っており、得点は15対35。まだ点数は離れているものの、この勢いで行くと、追い付かれる可能性も出てきた。


『いいよ~! 追いつけるよ10組~!』


『あと3ポイント7本で逆転!』


 アンダードッグ効果というやつだろうか、徐々に増えてきたコート外の声援も、ほとんどが10組に向けられているものだ。

 

 それの勢いに押されて、天海さんのプレーがさらに乗ってくる。


「おっと、ここは通さないよユウパイちゃん」


「むっ……なら、強引にでもっ」


 体格を利用したファウルぎりぎりのプレイで壁になる中村さんを背負ったまま、天海さんがフックシュートを放った。


 コートの隅にまで追いやられて、苦し紛れに放ったシュートとこの場にいるほとんどの人は思っただろうが、俺と海、それから新田さんの見方だけは違った。


 こういうのをねじ込むのが、天海夕という女の子なんだと。


 ――スパンッ。


「……おいおい」


 ゴールに吸い込まれた後、てんてんと転がるボールを見て、11組チームの誰がそう呟いた。


 そして、さらに。


「ディフェンスファウル、11組」


「え、今のが? ちょっと手には触れたけど……引っ張った? そんな……」


 予想外の判定に不満を表す中村さんの横で、天海さんがちろりといたずらっぽく舌を出した。


 ……なるほど、のはこれもか。


 ライン外ぎりぎりでのシュートということでまず3点。それからファウルによるフリースローが一本。


 これも当然のごとく決めて、さらに1点。計4点の大きなプレーがもたらされた。


 19対35。これでいよいよわからなくなってきた。


「渚ちゃんどう? 今の、結構すごかったんじゃない?」


「……まあまあってとこじゃない? 決めてなかったらぶん殴ってたけど」


「じゃあ、決めたらどうしてくれる?」


「なにもしない」


「え~!? せめてなんかしてよ~!」


「ウザい。お前は犬か」


「えへへ、それもたまに海に言われる~」


「ちっ……あっそ」


 その舌打ちが『天海さんがただウザい』のか『海と思考がかぶっているから』かはわからないが、しつこく絡んでくる天海さんのことをそこまで嫌がっていないところを見ると、どうやら順調に天海さんのペースにはまっているらしい。


 中学時代の映像を見てどこか天海さんに似ていると思ったが、それはどうやら間違っていたらしい。


 ……だからと言って、荒江さんと仲良くなるのは遠慮したいけど。

 

 それはともかく、気になるのはやはり海のほうだ。


「朝凪ちゃん、はいボール」


「七野さん……ありがと。完全に相手ペースだけど、皆、飲まれないように。今やれることをしっかりやろう」


「朝凪ちゃんの言う通りだ。今はじっと耐える時……あれだけ乗っていても、人間どこかのタイミングで崩れる時はある。それをしっかり待とうじゃないか」


「むう、中村が言うとなんか説得力あんだよな……さすが学年1位の女……」


「中村さ、生徒会長やれば? 先生にも言われてんでしょ?」


「いや、私そういうの興味ないし」


「出た~、中村、そういうとこやぞ」


 11組チームのほうの雰囲気は、この空気でも変わらず明るい。これが崩れることはそうそうないだろうから、10組チームとしては、どれだけ押し切れるかになるだろう。


「海、がんばれ……」


 10組の上昇ムードを作ったきっかけは俺だが、時折俺のことを見る海の視線には、それを責めたり怒っているような感情はない。


『――みてて』


 そう呟いたように見えた海に俺は頷いて、プレーの邪魔にならないギリギリまでコートの方へ近づく。


 後半は残りあと4分を切ったところ――終わったらすぐに彼女の頑張りを労ってやりたいと思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る