第150話 大丈夫


 試合時間も残りわずか。点差も少しずつ縮まってきたこともあって、10組チームの押せ押せムードがさらに高まっている。


 荒江さんの協力を得てどんどん攻勢を強めていく天海さんと、どんどんと詰まっていく点差に焦らずただじっと耐え忍ぶ海。


 後半が始まって6分弱というところだが、海含めた11組チーム全員、額に汗をにじませて肩で息をしている。攻めるために多少の無茶をしているのは10組チームのほうだが、やはり守り続けるほうが精神的な消耗もあって、スタミナの減りが早いということだろう。


 10組チームのほうは、依然として勢いが途切れない。11組チームがようやく点をもぎ取っても、すぐに荒江さんと天海さんとどちらかが3点シュートを沈めて、点差を縮めていく。


 最大で30点差があったリードがみるみるうちに削られ、そしてついに。


「天海っ」


「うんっ!」


 荒江さんからのパスを受けた天海さんが、ディフェンスの網をかいくぐって、難しい体勢からのレイアップを沈めた。そして、先程と同じように、点差が縮まることを焦った中村さんらのディフェンスがファウルをとられて、さらにフリースロー1本。


 これも決めて、ついに点差が。


『29対38……ついに一桁点差か』


『残り時間は微妙だけど……』


『あれ、これもしかしてマジでいけんじゃね?』


 最初はさすがに無理だと思われていた観客たちのざわめきも、徐々に大きくなってきた。


 大逆転を期待する空気が高まっている。


「残り二分ないぐらい……あと三本で同点か。もうちょっと難しいと思ったけど、こりゃ案外簡単にひっくり返せそうだ」


「だね、渚ちゃん。このまま一気にいって、ひっくり返しちゃおう!」


「だから渚って呼ぶな……逆転はするけど」


「うん。そうだね」


 そうして、天海さんが荒江さんへ拳を突き出した。


「……なにこれ?」


「え? グータッチ。やろうよ」


「なんで」


「ここからもっと頑張ろうってことで」


「いらないし、早く持ち場につけ」


「やだ。やってくれなきゃ、持ち場につかないもん」


「てめえ……ったくコイツマジで……」


 しかし、ぶつくさいいつつも、荒江さんは天海さんの突き出した拳にちょこんと小さく触れた。


「……ちょっとだけだから」


「うん、ありがとっ」


「ああもう、ウザ……」


 もういちいち言及しないが、完全にツンデレである。


 試合開始前まではどうなるかと思ったか、この分だとクラスマッチ終了後のクラスの雰囲気も改善できそうだ。


 これで、荒江さんから改めて謝罪と、それから天海さんを嫌っている理由についての説明があればなお良いのだろうが……そこはあまり期待しないでおこう。


 ということで10組のチームワークは限りなく最高の状態。


 対して11組のほうは、さすがに心なしか暗い空気が。


「中村さん、今ファウルいくつだっけ?」


「4つ。あと1つで問答無用でフリースロー二本だよ。あっちのほうは2つ」


「そっか。きついね」


「うん。こっちがまだリードしてるはずなんだけど、まるで処刑されるのを待っているかのような気分だ」


「だよね。ここから作戦を変えて撃ち合いに持っていくのは相手の思うツボだし」


「11組、絶体絶命だ」


「うん。……でも、踏ん張らないと」


 顔はまだしっかりと前を向いているが、それでもギリギリの状態であることには変わりないだろう。


 がんばれ、と俺は再度心の中で応援を送る。


 しかし、それもむなしく、ついに海の方に決定的なミスが出てしまった。


「あっ、ボール……!」


 相手陣地内へとゆっくりドリブルしていた時、ふと、踏み出した足に、ボールが当たってしまった。


 さらに運が悪いことに、転がったボールは天海さんの元へ。


「天海、こっち!」


「渚ちゃん!」


 当然、それを二人が見逃すはずもなく、天海さんの投げたパスを受けた荒江さんが、鮮やかなフォームで3点シュートを決めてみせる。


『6点差っ……!』


『きたきたきた!』


『いけっ、そのままひっくり返しちゃえ~!』


 果たしてこうなる展開を予想できた人がいただろうか。まるで見えない力が働いているかのごとく、どんどん点数が縮まっていく。


「ねえ朝凪海」


「……何、荒江渚」


「バスケってさ、やっぱ楽しいわ」


「こんのヤロ……」


 すれ違いざまに煽ってきた荒江さんに、海が引きつった笑みを浮かべてぼそりと呟く。


 前半と後半で、すっかりと立場が逆になっていた。


 こうなるとずるずると相手の勢いに飲まれていくことになるが、俺の彼女は、ここからが違った。


「大丈夫まだいける……残り1分ちょい、6点差。このまましつこく時間を使って、ファウルも……とにかく、とにかく最後までじっと耐えて……」


「……朝凪ちゃん?」


「あ、ごめん。ただの独り言。とりあえずさっきのポカはゴメン。次で取り返すから」


 一気に緊張の糸が切れてしまいそうな先程のミスだったが、海はすでに切り替えて、次以降の作戦に頭を巡らせている。


 時折俺のことを見る海の目が『まだ大丈夫』と言っている。

 

 海がそう思っているのなら、俺もそれを信じるだけだ。


「皆、今のはゴメン! もう時間ないから、最後出し切っていこう!」


「おう」


「朝凪ちゃん、ドンマイだよ!」


「次、取り返そ」


 そうして、海の声を合図に、11組チームの面々がコートへと散っていく。


 いつものようにボールを持ち、ゾーン内に切り込もうとする海の前に立ちはだかったのは、天海さん。


「……この前の続きだね、海」


「だね。あの時の決着を、今つけよう」


 準備期間を合わせて約二週間。


 俺たちのクラスマッチがもう少しで終わろうとしていた。

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