第140話 意外すぎる一言
30分ほど四人でまったりとして気分を落ち着けた後、俺たちは改めて学校へと向かった。
さすがに今日はクラスマッチ当日ということもあって、道行く生徒たちの中には、制服に交じって、ジャージ姿の人がちらほらと見える。さらに気合に入っているクラスだとハチマキを巻いている人たちもいたので、優勝目指して張り切っているのだろう。
「ねえねえ、海。今日終わったらさ、この四人でどっかに遊びに行こうよ。みんなで一緒にご飯食べて、カラオケとか行ってめいっぱい歌ってさ」
「……って姫は仰せですけど、真樹、どうする?」
「天海さんがそこまで言うなら俺は別に構わないけど……カラオケじゃなければ」
「え~? いいじゃん、行こうよカラオケ~。私も真樹君の歌声聞いてみたいし」
「え、マジ? 委員長歌うん? ってか歌えるん? なら私もその話乗るわ、面白そうだし。あ、歌ってるとこ動画撮るね」
「撮るね、じゃなくて撮っていいですか? じゃないのがなあ……」
週末の金曜日といえば、これまでと変わらず俺と海の二人だけの恋人の時間ではあるが、これまでのこともあるし、今日に限っては、天海さんと一緒に楽しんでもいいかもしれない。
当然、皆と遊んだ分だけ恋人同士の時間が減ってしまうわけだが、一応、とある裏技を使えば、天海さんや新田さんと解散した後も、もう少しだけ海と夜の時間を過ごすこともできるし。
「……わかった。三人が良ければ、俺も付き合うよ。歌はあんまり上手くないけど、それでもいいっていうなら」
「大丈夫大丈夫。私も今日は好き勝手歌うだけだし。えへへ、金曜日だからもしかしたらダメかなと思ったけど、誘ってみてよかった。じゃあ、今日はすっごく楽しみしてるね!」
海の胸を枕にして眠れたのがよかったのか、天海さんの顔色はいつもの綺麗な血色に戻っている。試合のほうは、最後まで勝ち残った場合はリーグ戦3試合+決勝トーナメント2試合の計5試合を戦うことになるが、無理のないよう頑張ってほしいところだ。
「よう、四人ともおはようさん」
「望、おはよう。頬に白い粉ついてるけど、もしかして、グラウンドの準備?」
「まあな。野球部だからって雑な理由で朝練ついでライン引きだよったく。まあ、他の奴らにまかせてぐにゃんぐにゃんの線引かれても困るからやってやったけどさ」
タオルで汗をぬぐいながら、ユニホーム姿の望がこちらにやってくる。野球とソフトボールは似ているようで違うところも多いのだが、そこらへんをよく理解していない人が教師の中にもいたりするから、望含む野球部の人たちには頭が下がる。
「望、あのさ、今日の放課後なんだけど……」
「……しゅう」
「え?」
「れ、ん、しゅ、う……ぅぅ」
「あ、はい」
なんとなく予想していたが、クラスマッチがあろうとなかろうと、やはり野球部の活動に支障はないらしいので、今日のところはそれ以上訊かないことにした。
……まあ、懲りずにまた誘おうと思う。
「んじゃ、俺はこれから四組の連中とソフトボールの練習だからもう行くわ。真樹、多分二回戦で当たるけど、そん時はよろしくな」
「うん。望の球、なんとかバットに当てられるように頑張るよ」
「おう。……あ、それと天海さん」
「ふぇっ? 私?」
「うん。えっと……具合良くなさそうだから、無理だと思ったらちゃんと保健室に行っておいたほうがいいよ。顔色、なんかいつも違う感じするし」
「あ、うん。心配してくれてありがとね、関君」
「うん。じゃ、じゃあ、今度こそ俺はこれで。他の皆も、今日は気温が高いから熱中症に注意な」
最後にさりげなく天海さんへの気遣いを見せて、望は四組のメンバーが待つ駐車場の敷地へと去っていく。
「まったく関のヤツ、夕ちんの前で顔真っ赤にして……どっちが熱中症なんだか」
「……新田さん、一言多いよ」
しかし、さりげない気遣いはさすがのスポーツマンといったところか。
二年生に進級して心境の変化があったのか、望もこうして機会があれば、さりげなく天海さんへも積極的に話しかけるようになっているのだが、果たして、その気持ちがしっかりと好きな人に届くのはいつになるのだろうか。
その後、途中で新田さんとも別れて、俺、海、天海さんの三人は、HRの時間が来るまで、教室には入らずその前の廊下で少し話すことに。
「真樹、10組のソフトボールの試合って何時頃になる? 一応、うちのチームの皆も見に行きたいって言ってたから、連絡しておかないと」
「試合の進み具合にもよるけど、確か予定では11時前ぐらい……って、中村さんたちも来るの? 俺、そんな大した活躍できっこないのに」
自己紹介もしてもらったが、例の中村さんとその他、
別に応援に来るのは悪い事ではないので、来ると言うならお好きにどうぞとしか言えないのだが……ふと、俺に打席が回ってきた時のことを想像してしまう。
『がんばれ真樹。大丈夫、練習通りしっかりやればバットに当たるから(海)』
『いえーい! 真樹君やっちまえ~、かっとばせ~!(天海さん)』
『へいへい委員長ビビってる~(新田さん)』
『おい皆、朝凪ちゃんの彼氏君の打席だぞ。ここはやっぱり我々の黄色い声援が必要ではないだろうか? なあ?(中村さん)』
『『『せーのっ、がんばって~(その他三人)』』』
絶対、こんな感じになりそうで怖い。海一人いるだけでも舌打ちが遠くから聞こえるというのに、ここに五人も六人も女の子が並ぶとなると、やりづらいことこの上ない。
……まあ、そうなった場合でも耐えるしかないのだが、対戦相手になるであろう望の手元が狂って胸元の厳しいコースばかりボールがいかないよう祈るしかないか。あと、舌打ちの大合唱は耐える。
ということで、俺も俺でしっかりと頑張らないと。
でも、その前に。
「海、今日は頑張ってね。今日は体育の授業の時みたいに側にはいれないけど、コートの近くで応援してるから」
「うん。今日は私のこと、ずっと見ててよね。……頑張っちゃうから」
「わかった。敵チームだから声援までは無理だけど、ずっと見てるから」
「言ったな? たまにチェックしてやるから、よそ見してたらデコピンじゃすまさんからね」
「はは、了解」
言われてしまったら仕方ないので、試合中はずっと海の活躍をこの目に焼き付けておこうと思う。
これだけ頑張り屋で可愛い彼女が傍にいるのだから、周りのやっかみなんて大したことはないのだ。
「む~、海だけずるい~、真樹君、当然私のことも応援してくれるよね? ね? 同じクラスの味方だもんね?」
「ああ……えっと、うん。そうだね」
「あ~ん! 『頑張って』すら言ってくれなくなったんですけど~!」
とは言いつつ、俺も海も天海さんも皆笑顔である。
色々片付いていない問題はあるけれど、クラスマッチが終わった後も、こうしてまた顔を合わせることができれば、俺としてはそれで十分だ。
そう、それで十分なのだが。
「――ふうん、三人とも楽しそうじゃん。今日の天気と同じく、能天気なもんだね」
直後、予想外の人物から声を掛けられる。
着崩した制服に、小麦色の肌に明るい茶髪――いつも見ている荒江渚その人だった。
「! 荒江、さん」
「んだよ、そんな変な顔して。私がアンタたちに声かけんのが、そんなにおかしなことかよ」
「そこまでは言ってないけど……」
しかし、珍しいことに変わりはない。
今まで露骨に天海さんを避け、極力こっち側へアクションをかけないようにしてきたはずの荒江さんが、まさかわざわざ話しかけてくるなんて。
しかも、いつも周りにいる友達もおらずに一人きり――これまでのことを考えると、俺たちとしては何かあると勘繰ってしまうのが当然の反応である。
「別に何かしようって思ってきたわけじゃないよ。……ただちょっと、天海に伝えておきたいことがあっただけ」
「荒江さんが、私に?」
「そ。あんたが一応チームのリーダーなんだから、当然じゃん」
「え?」
俺たちの反応を無視して、荒江さんは続ける。
「――私、今日はアンタにパス集めるようにするから。天海中心にさ、今日は頑張ってよってことで」
「は……?」
荒江さんの口から出た信じられない言葉の数々に、俺たちはますますこの人のことがわからなくなりつつあった。
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