第138話 どこか似ている


 体育の時間に約束した通り、俺と海は、天海さんと一緒に、二取さんと北条さんの待つ市民公園へ。


「ほらほらっ! 海ちゃん、夕ちゃん、そんなパスも取れないの?」


「そんなんじゃ、お互いにいい勝負なんかできっこないよ~、相手にぎゃふんといわせたいんでしょ~?」


「っ、こんのぉ……もう一本こぉいっ!」


「サナちゃん、マナちゃん、私もまだまだいけるよっ!」


 平日に四人でこうして集まるのは久しぶりということで、海も天海さんも、それから二取さんと北条さんの二人も、心なしかいつも以上に張り切っているようが気がする。


 激しく動くたびに飛び散る四人の汗が、コート内を照らす夜間照明によってキラキラと輝いて、暑苦しくも爽やかな空気がそこにはあった。


 当然、その分練習の強度もすごく、補助として四人についていくだけで精一杯の俺だったが、いい意味で四人の雰囲気にのまれて、一度もへばることなく、海や天海さんのサポートをすることが出来た。


 体力はそれほど変わっていないはずだが、やはり心の持ちようでいくらでも変わっていくのだろう。


 力が拮抗した時、最後に物を言うのがメンタルとはよく言われているが、今、少しだけだが、それを実感している。


 予定である二時間、今日感じたもやもやを体の外へ吹き飛ばすため、まるで小さな子供のように目いっぱいバスケの練習に打ち込んだ。


 おかげで終わるころには全員汗びっしょりでへとへとになってしまったが、おかげでとてもスッキリした気がする。


 俺たちの頼みを聞き入れ、さらには練習メニューまで考えてくれた二人には、本当に感謝してもしきれない。


 その他、俺から頼まれていたことについても。


「前原君、はいこれ。頼まれてたやつ。ノートと、それから試合の時の映像が入ったタブレット」


「ありがとう二人とも。……っていうか、映像まであるの? さすが強豪校だね」


「あんまり練習時間とか場所がとれない分、頭を使わないといけないからね~。あ、映像の件は海ちゃんと夕ちゃん以外の人には内緒ってことで~」


 二人から受け取ったノートをパラパラとめくると、ページびっしりに日々の練習のことや課題、試合の反省点などが事細かに書かれている。あまり関係ないところまでジロジロ見るのは失礼なので本当に流し見程度だが、それでも本当に真剣に競技に打ち込んでいるのだなということが伝わってきた。


「? 真樹、何見てるの?」


「真樹君ずるい~、私にも、私にも見せてっ」


 ちょうどクールダウンを終えた海と天海さんがやってきたので、五人で一緒に当時の映像と合わせてノートを見させてもらうことに。


 去年の県大会の準決勝時のことが書かれたページ。


 対戦相手の欄に、荒江さんの記載があった。


城東東じょうとうひがし中の4番キャプテン荒江渚……へえ、アイツって、チームの主将だったんだ」


「だね。大会からもう二年弱ぐらい経っちゃってるけど、すごい上手い人だったってのは覚えてる。……この人が夕ちゃんに意地悪してる人だったんだ、ちょっと意外」


「ね。試合の時はずっとチームメイトのことプレイでも声でも引っ張ってて、まさにチームのエースって感じだったけど」


 二取さんと北条さんの言葉通り、ノートには注意すべきプレイヤーとして、プレイのクセなど、事細かに特徴が記載されている。というか、ほとんどが荒江さんに関する記述だ。


 元々それほど強くない学校だったが、荒江さんがキャプテンになってからは快進撃を続け、三年次、ついにはベスト4にまで上り詰めて、県大会常連校である橘女子とぶつかったと。


 あわせて、試合の対策のために撮影された動画のほうも確認してみる。


 すると、今の垢抜けた姿で天海さんの前では常に仏頂面の荒江さんからは想像できない、中学時代の彼女がそこにはあった。


「……わあ」


「……ふ~ん」


 映像で確認しているのは、橘女子と対戦する前のベスト8時のものだが、その中で、荒江さんはチームの中心として躍動していた。


 劣勢の時にはチームメイトが下を向かないよう、プレーで、声で喝を入れ、劣勢をひっくり返してからはさらに勢いを強めるべく周囲を鼓舞し、自らの背中で引っ張る。


 映像には音声はふくまれていないものの、チームメイトにむかって手を叩き、大きな声を張り上げている様子をみていると、実際に音が聞こえるように錯覚してしまうほどに。


 当然、髪の方も今よりだいぶ短く、後ろでしっかりと結んで小さいポニーテールを作っていて――顔の方はきちんと面影は残っているが、当時の荒江さんは本当に真面目な部活少女と言う感じで、今とは全くの別人だった。


 当時の荒江さんが、とても凛々しく映る。


「うわ、今のプレーすごいじゃん……もしかしてさ、この時の荒江渚って、紗那絵とか茉奈佳よりも上手かったり……」


「うん。今はまあ、私たちだけど、当時は私や茉奈佳より若干上だったかな、と思う。ウチの当時のエースと較べても遜色ないんじゃないかな」


「うん。普段は堅実なプレーだけど、ここ一番って時にはトリッキーなシュートとかフェイントで確実にゴールを決めてきて……体格もちょっと差があったから、紗那絵とどうやって止めるか話し合ってた記憶あるよ~」


 映像内では、ちょうど三人に囲まれた荒江さんが、そのディフェンスをかいくぐって、難しい体勢でシュートをねじ込んでいるところ。


 ゴールによる得点+ファウルによるフリースローを得てガッツポーズを見せる荒江さんだったが、一瞬、その姿がある人と重なった。


「……あのさ、なんか、天海さんに似てる……よね?」


「やっぱり、真樹もそう思った?」


「うん。他の皆はどう?」


 俺の言葉に、海のほか、二取さんや北条さんも頷いた。


 先日、アミューズメント施設で行われた、海と天海さんの1対1の勝負。


 その時に見た天海さんのプレーが、なんとなく当時の荒江さんと重なったように錯覚したのだ。

 

 顔ではなく、雰囲気が似ているというか。皆を鼓舞する時の姿なんかは特にそんな気がする。


「ん~……確かに言われてみればそうかも。好きな選手とかがかぶるとプレーが似通っちゃうことはあるけど、さっきのガッツポーズの時とかは似てるかな……と思う」


 そして天海さん本人も、多少は感じるところがあったようで。


「でも荒江さん、これだけやってたのにバスケやめちゃったんだ……この時の荒江さん、すごく格好いいのに」


 そう呟いた天海さんの言葉に、俺含め、その場の全員が頷いた。


 もちろん止める理由は人それぞれあるとは思う。家の事情、成績との兼ね合いその他――荒江さんが納得した上でやめたのなら、そのことをとやかく言うつもりはない。

 

 だが、そうなると引っ掛かるのは、今日の11組との練習試合の終盤、天海さんと言い合いになった時の荒江さんの呟き。


 ――足手まといは、味方なんかじゃない。


 果たして、中学時代にここまでのプレーをして、納得して引退した人が、そんなことを言ったりするだろうか。


 もちろん何か理由があるからと言って、荒江さんが天海さんのことをとやかく言う権利はないし、それで勝手に嫌いになるのはおかしなことだ。


 当然、そのことについてはなんとかして謝らせたいところだが……彼女にも、どこかで人に打ち明けらないもやもやがあったりするのだろうか。

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