第121話 前哨戦 1


 クラスマッチのメンバー決めが終わった後の休日、俺は海や天海さんたちと一緒にいつものアミューズメント施設へと足を運んでいた。


 名目としては『来週のクラスマッチへ向けての練習』――ここにはバッティングセンターのほか、バスケットボールやフットサルなども出来るコートがあるため、遊びがてら体を動かすには最適の場所である。


 ちなみに俺と天海さん以外は、


 海……バスケットボール

 新田さん……バスケットボール

 望……野球部員なので当然のようにソフトボール


 となっている。


 もちろん今日の遊びに際して、一応、ダメもとで望を誘ってはみたものの、やはり終日練習らしく、感謝はされつつもやはりものすごく悔しがっていた。


 彼がこの集まりに参加できるのは、果たしていつになるのだろう。


 とまあ、望のことはひとまずここまでにしておいて、四人で集まったもう一つの目的は、当然、先日の荒江さんのことである。


「荒江か~……夕ちんと同じクラスになってたのは名簿見てたから知ってたけど、まさか、そんなことになってるとはね」


「新奈、その人のこと知ってるの?」


「まあ、学校でもそこそこ目立つ容姿してたからね。可愛いのは確かなんだけど、ちょっとキツい性格しててさ。その時点で私は微妙に距離とってたかな。向こうもだいたいそんな感じの接し方だったよ」


 ということで、新田さんもそこまで荒江さんの人となりを知っているわけではないらしい。顔が広いとはいえ、新田さんも付き合う人はきちんと選んでいる人だから、先日の様子を見る限りは、その選択は間違っていないと言える。


「夕、一応訊いておくけど、荒江さんってのに何かした覚えは?」


 パス練習の最中、そう言って海が天海さんへとボールを投げ渡す。海も天海さんも中学時代から部活には一切所属していなかったはずだが、運動神経がいいのか、ドリブルやシュートのフォームだったりと、まるで経験者かのように様になっている。


「う~ん、それはさすがにないと思う。荒江さんのこと知ったのもクラスが同じになってからだし」


「ということは、系統としてはいつものヤツって感じかな」


 いつものヤツ――つまり、天海さんの振る舞いや能力などを見て、勝手に嫉妬したり気に食わないと思っているタイプの人ということだ。


 やらせればなんでも出来ると思われている天海さんだが、だからといって努力を全くしていない、と言われると少し違う。


 文化祭の時に見せたイラストのように、当然、もって生まれたセンスや親譲りの整った容姿があることは否定しない。だが、勉強や運動、日々のファッション、友達とのコミュニケーションなど、きちんと彼女なりに努力していたり、または海からのスパルタ教育もあったからこそ、今の天海さんがある。


 それに、海やその他の子たちとの人間関係の悩みだって。


 俺が天海さんのことをそこまで擁護するのは、恋人である海を通して、短いながらもそれなりに付き合いがあったからだが、もし、その付き合いがなかったとしても、『楽な人生を生きてる』とか『何の苦労もしないで』などと思うつもりもない。


 見えないところがあるからこそ、人付き合いはより慎重に――まあ、あまりにも慎重すぎたせいで一人の期間が長かったけれど、幸運にも恵まれたおかげで、狭い交友関係ながら信頼できる友達や恋人が出来たわけで。


「話を聞いた感じだと、荒江は今のところただの小物って感じだけど……新奈、アンタはどう思う?」


「実際に行動を起こすかどうかってこと? どうかな……荒江って派手っぽく見えるけど、男子たちとはそこまで遊んでるわけじゃない……っていうかちょっと嫌っているところあるっぽいし。委員長が聞いたっていう陰口も、そんなこと言ってたんだよね?」


「うん。俺の聞き間違いじゃなければ」


 ということで、荒江さんに関してはまだまだわからないことだらけだ。


 単純に嫉妬をこじらせただけなのか、別の事情があるのか、またはその両方か。


 いずれにせよ、今のところは様子見するしかない……と思うのだが。


「夕、アンタはどうしたい?」

 

「私は……う~ん、」


 海からパスを受け取った天海さんは、その場でポンポンとボールを弾ませながら悩ましい顔を浮かべている。


 こうして話し合ってはいるが、結局のところどうするかは天海さんに委ねられる。荒江さんのことが迷惑だと思っていて、陰口や邪魔を止めて欲しいと思っているのであれば協力するし、全部含めて無視するのであれば、天海さんを陰でしっかり支えられるよう動く。


 海が大事に思っている人は、当然、俺にとっても大事な人だ。一緒のクラスにいる以上は、誰に何を言われても、俺は天海さんの味方なのだから。


「……やっぱりわかんないから、とりあえず体でも動かさない? せっかくこうして久しぶりに四人で来たんだからしっかり楽しもうよ、ね?」


「ま、それもそうね。受付にはしっかりお金は払ってるわけだし、こうしてただ話すよりは、体動かした方が気持ち的にはスッキリするし、いい考えも浮かんできそうだしね」


「あ、それなら私、夕ちんとウミの一対一見たいな~。去年の体育の授業の時、なんかやたら白熱してた時あったよね?」


「ああ、そういえば俺もちらっと見てたかも……」


 記憶はおぼろげながら、そういう場面があったことを思い出す。


 まだ俺が海と友達になる前、体育の授業でバスケをしていた時、二人を含めた3on3で、やたらと盛り上がっていたような。


 海と天海さんの真剣勝負――家でのゲームではわりと頻繁にあるが、勉強だったり運動では滅多にないことだ。


「んふふ、あったねそういうこと。そういえば、あの時は私が勝ったんだっけ、ねえ、海?」


「お? なんだなんだ親友、急に煽ってきやがって。言っとくけど、遊びでも手加減ナシだからね」


「わかってるよそんなの。というか、手加減してもらったらダブルスコアで圧勝しちゃうもんね? 私が」


「! こ、こんのタコ助ぇ……」


 天海さんの煽りに、海が引きつった笑みを浮かべている。個人的には新田さんも交えて2対2で和やかに行きたいと思っていたが、これは完全に蚊帳の外にされるやつだ。


「……夕ちん、前から海にあんな挑発してたっけ……委員長、なんか覚えある?」


「いや、どうかな……俺は知らないけど」


 おそらく俺と海がゲーム中にやっている煽り合いを見て学んだのだろうが、確定というわけでもないのでとぼけておくことにしよう。


 10組と11組、クラスマッチの前哨戦が、人知れず始まろうとしていた。

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