第120話 クラス・マッチ


 GW明けて、5月。二年生に進級してから、ちょうど1カ月が経った。


 クラス替えがあった当初はどうなるかと思ったものの、気づいた時には二年生のうちの12分の1をすでに消化し終えていた。


 そして、これといって特に何かが変わったわけでもない。


 4月は色々あったものの、俺と海の仲は相変わらずだし、それに、天海さんに向けられたであろう例の言葉についても、あの時以来は影を潜めている。


 あれは結局なんだったのだろうか。個人的には、そのまま一年間ずっと隠れたままでいて欲しいところだが。


 一日の授業を全て終え、あとは残すところSHRだけ。普通なら数分で終わって、あとは海のクラスが終わるのを待つのみだが、今日は久しぶりに時間がかかりそうだ。


「え~っと、みんなも知ってる通り、来週末にクラスマッチがあります。ってことで、今日は各種目に参加するメンバーが決まるまで帰れまてんので、そのつもりでね。じゃあ、あとはクラス委員さんよろしく」


「は~い!」


 待ってましたとばかりに、隣の席の天海さんが元気よく立ちあがった。実は先月のクラス替えの直後に委員決めは行われていて、天海さんは自ら立候補してクラスの代表となっていたのだ。


 これまで特にこれといった仕事はなく、今回のクラスマッチが委員としての初めてのまともな行事なので、天海さんも張り切っているようだ。


 もう一人の副委員長は男子からだが、こちらのほうは委員決めが難航して、結局くじ引きで選ばれた。決まらなかったのではなく、男子側からの希望者が多すぎたためだ。


 当然くじは俺も引かされたわけだが、そう何度も当たりは引けるわけもなく、教卓の前に立つ天海さんの隣には、別の男子がいる。天海さんは俺にならなかったことを微妙に残念がっていたようだが、俺的には去年の文化祭でもうお腹いっぱいなので、もうしばらくは穏やかに過ごさせて欲しい。


 まあ、文化祭の時は天海さんにも助けてもらったので、なにかあればこっそり協力しようとは思っているが。


「えーっと……今年のクラスマッチはソフトボールにサッカー、バレーボール、あとはバスケットボールの4種目で行われます。男子がソフトボールとサッカー、バレーとバスケが女子なので、出たいやつに名前を書いていってくださ~い」


 ソフトボールとサッカー、どちらも団体競技である。去年は卓球などの個人競技もあったのだが、生徒からの受けがよくなかったのか今年は廃止されてしまったようだ。


 皆が他の競技でキャーキャーと騒いでいる中、カコンカコンと打ち合う音だけが響く静かな空間……俺は嫌いじゃなかったのに、残念だ。


 ということでどちらかを選ぶしかないわけだが、はっきり言ってどちらも苦手である。やるからには足を引っ張るような真似は避けたいが、どう転んでも迷惑がかかりそうだ。


 と、そうこうしているうちに、名前のほうはどんどん埋まっていって。


「あ、男子の方は早速決まりそうだね。サッカーは希望者が11人になっちゃったので、まだ書いてない人は自動的にソフトボールになっちゃうけど……まだ書いてない人はそれでも大丈夫かな? えっと、あと書いてないのは、前原君と……それから大山君だけど」


 どうやら考えるまでもなく決まってしまったようだ。今からサッカーを希望するのもなんだか気が引けるし、今回はソフトボールということで。


 ……とりあえず、目標は怪我せず無理なく、だ。


 とりあえず黒板に名前を書くため前のほうへ行くと、ちょうど同じタイミング出てきた大山君と顔を合わせた。


「大山君、お先にどうぞ」


「あ、うん。じゃあ……」


 天海さんと同じく、実は一年に引き続き同じクラスとなった大山君だが、そういえばこうして言葉を交わすのは久しぶりな気がする。海との付き合いが始まったり、そこから望と友達になったりで、そういえば自然と話さなくなっていたような。


 当然、向こうから来るようなこともなかったし。


「はいチョーク。……じゃ、俺はこれで」


「え? あ、うん。じゃあ……」


 これからよろしく、と言おうと思ったところでさっさと名前を書いた大山君は自分の席へと足早に戻っていってしまう。


 ちょっとそっけなさすぎでは、とほんの少し思ってしまったが、まあ、半年以上は会話のなかったクラスメイトだから、そうなっても仕方がないのかもしれない。


 ほとんどが別クラスとなってしまった中で、これも何かの縁だし、出来ればこれから仲良くしたかったのだが……俺から逃げるようにさっと離れていった大山君の態度が妙に気になる。


 俺、なにか嫌われるようなことをしてしまっただろうか。


「真樹君、書いた?」


「うん。女子の方はもう決まった?」


「こっちもあと少しかな。後はバスケのチーム分けをどうするかなんだけど……」


 黒板のほうを見ると、バレーはすでに定員の6人が決まっていて、後はバスケのほうになるのだが、こちらはAチームとBチームの2チーム作るようになっていて、黒板にはABそれぞれに三人ずつ名前が書かれている。天海さんの名前は、Aのほうにあった。


 女子の未記入はあと4名。


 ちょうど、席の後ろに陣取っているグループの子たちだ。


「あとウチらだけだってさ。ね、どっちがどっちに入る?」


「え? 私は渚と一緒ならどっちでもいいけど」


「私も~」


「同じく~」


 クラスの中では垢抜けた感じ、だろうか。割と真面目な人達が集まった印象があった中では目立っていると思う。あくまで天海さんに次いで、になってしまうのだが。


 その4人の中で最も容姿の整っている女の子が、天海さんのほうへ顔を向ける。


 確か名前は荒江さんだったか。出席番号2番、荒江渚あらえなぎさ


「ねえ、クラス委員長さん。そんな感じでウチら決まんなんだけど、どうしたらいいと思う?」


「え? うーん、そんなこと言われても……基本的には早い者勝ちで考えてたから、荒江さんたちのほうで、どう分けるか話し合ってくれると嬉しいんだけど」


 Aチームには天海さんと、それから一年の頃から天海さんと比較的付き合いのあった女子二人。Bチームには一年の時から同じクラスで仲のいい三人の名前が入っているようだ。


 人数の多いソフトボールやサッカーと違い、バスケットボールは1チーム五人なので、こうなると微妙にチーム分けが面倒くさくなる。


 個人的な考えで言えば、さっさと二人ずつ名前を書けばいいのにと思うのだが、女子は女子で色々と面倒なことがあるらしく。


「あ、そうだ。そしたらウチら4人と天海の合わせて5人でいいじゃん。それならウチらだってやる気でるし、天海は別に誰と組んでもいいんでしょ?」


「え……でも、それじゃあ私と一緒に頑張りたいって言ってくれた二人に申し訳ないし……」


 困ったような表情で、天海さんがちらりと俺の方を見る。学校行事だとこういうことはままあることだが、クラス委員は初めてだと言う天海さん一人だと、もしかしたらちょっとキツいのかもしれない。


 ここに海がいてくれたら、いつものクソ度胸でこの4人も黙らせられるのだろうが。


「……八木沢先生、ちょっと揉めそうですけど、どうしますか?」


「前原君……まあ、しょうがないか」


 小さくため息をついて、隅で椅子に座って様子を眺めていた八木沢先生が立ち上がる。


「基本的には自主的に決めてほしかったんだけど……荒江さん、今回はそっちのほうが折れてね。今後四人一緒がいいなら、ちゃんと最初に希望すること。後だしジャンケンは反則、OK?」


「……は~い」


 先生には逆らわないのか、あっさりと引き下がった荒江さんたちは、それぞれ二人ずつAとBのほうに名前を書き加えていく。


 荒江さんは、真っ先に天海さんのいるAのほうへ。


「えっと……一緒のチームになったんだし、ひとまずよろしくね、荒江さん」


「ん。……で、なにその手?」


「え? なにって、よろしくの握手だけど……ほら、せっかく同じチームなんだし」


「あ、そ」


 そうそっけなく言って、荒江さんは天海さんの差し出した手をスルーした。


「あの……荒江さん?」


「天海、私、そういうの好きじゃないから。……ま、他のクラスのやつらに恥さらさらない程度には参加してあげるよ」


 天海さんのノリが嫌いな人も中にはいるのだろうが、しかし、それでも嫌な言い方なのは間違いないと思う。


 おそらく意識してやっているのだろう。理由はわからないが、それぐらい、荒江さんは天海さんのことを意識している……というか嫌っている。


「天海さん、じゃあ、俺ももう戻るよ」


「あ、うん。……ありがとね、真樹君」


「大丈夫、気にしないで」


 そして、天海さんのほうにフォローを入れて後、自分の席へと戻ろうとしたその時、例の呟きが俺の耳へと飛び込んできた。


 ――結局最後は男に助けてもらってんのかよ、ダサ。


 HRが終わりそこそこ騒がしいクラスの空気に紛れて、そんな不愉快な言葉が。


 八木沢先生とこの後のことについて話をしている天海さんの耳には、おそらく今の言葉は届いていないだろうが、残念ながら地獄耳の俺にはばっちりと聞き取らせてもらった。


 もちろん、呟きの主が誰なのかも。


 さすがに一年間隠れたままはいかなかったようだが、さて、俺はどうすべきか。

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