第112話 天海家


 プレゼントの買い物を何とか完了させて、ついに4月3日の海の誕生日を迎えた。


 窓のカーテンの隙間から差し込む朝の光が眩しい。前日まではずっとぐずついたお天気が続いて気温も低く、冬に逆戻りでもしたんじゃないかというぐらいだったが、今日は一転して春らしい陽気に戻ってくれた。


 この天気なら、日中であればそんなに着こむ必要はないだろう。


 絶好のお誕生日日和……と言ったところか。


「……うん、大丈夫。ちゃんと入ってる」


 起きてすぐ、ショルダーバッグの中を忘れずに確認する。『彼女さん用』ということで店員さんの手によって綺麗にラッピングされた小箱に、おまけでつけてもらった小さなメッセージカード。

 

 散々悩んだ挙句、結局カードには『海へ いつもありがとう』と無難なメッセージを記すにとどめた。普段は『好き』とか『可愛い』とか、もしくはそれ以上のことを面と向かって言っているのだが、プレゼントについては皆に見られるので、あまりバカップルぶりを発揮しないよう配慮したつもりだ。


 その他、忘れ物がないか確認していると、海からの着信が。


『おはよ、真樹。さっき地図送ったけど、それで場所わかる?』


「うん。というか、天海さんの家って、結構学校からも近いんだね」


『そのおかげで、今のところ無遅刻無欠席で済んでる。電車通だったら今ごろ常習犯だよ。中学の時は時々遅刻することもあったし』


「海、いつもご苦労さま」


『ん。もっと労って』


 今日のお祝いだが、だいたい毎年天海さんの家でやっているらしく、高校になっても変わらずやっているそうだ。当初は朝凪家でやるものとばかり思っていた俺だったが、天海さんの自宅のほうがそういったパーティ的な催しをやるのに適しているらしい。

 

 ということで、俺にとっては初めての天海家訪問である。


「海、ちなみに天海さんの家の人には、俺が来ることって……」


『うん。一応、絵里えりおばさんには夕のほうからちゃんと伝えてるみたいよ。多分、ウチの時と同じく、夕が初めて家に連れてくる男の子になるわけだけど……まあ、ウチのに較べれば格段に優しいから安心し――え? なんでいつの間に後ろ……あ、いや、あの、違うんですお母さま。これは言葉の綾というかなんというか……』


 余計なことを口走って空さんに怒られるであろう海の自業自得はともかく。


 絵里さんとは、天海さんの母親の名前だ。ひと昔前にモデルとして地方のテレビ番組などに出演していたれっきとした芸能人だが、今はすっかり家庭に入り、仕事は引退してしまったという。


 当然、料理などの準備はしてくれているそうで、俺もしっかり挨拶しなければならない。


『あ、もしもし、真樹くん? 空ですけど、今日はウチのじゃじゃ馬のこと、よろしくお願いするわね? 一応、今からきっちりと言って聞かせておくけど』


「……あの、海は照れ隠しであんなふうに言ってますけど、空さんもとても素敵で優しいお母さんだと思いますよ。少なくとも俺にとっては」


『あら、ありがと。そうやってきちんと言ってくれるのは真樹くんだけだから、おばさんとっても嬉しいわ。海も陸も、もうちょっと優しい言葉を掛けてくれればいいのにねえ』


 真樹助けて、という海の声が遠くから聞こえてきたが、物理的にどうしようもないので、頑張って海のフォローをしてから、俺は通話を切る。

 

 とりあえず、今日海に会ったら真っ先に慰めてあけよう。


 

 その後、昼前に朝凪家に立ち寄り、たっぷりと海の愚痴を聞いてあげてから、俺は海と一緒に天海さんの待つ自宅へと向かうことに。


 本日、天海さんの家に集まるのは五人。


 まず主賓の海と、その付き添い的なポジションの俺、あとは新田さんと、それから小学校時代からの友達である二取さんと北条さん。クリスマスパーティ以降、海からは二人との近況について特に聞くことはしなかったものの、この様子だと、今のところは上手くやっているらしい。


 まあ、それはいいとして、問題なのは今回の男女の比率だ。


 男1に対して女子5(しかも加えて天海さんのお母さん)――俺や海の交友関係から考えるとそうならざるを得ないのは仕方がないのだが、隣に海がいるとはいえ、何を話したらいいのかわからない。特に二取さんや北条さんはれっきとしたお嬢様なので、久しぶりにコミュ障な部分が顔を出してしまうのは確実だ。


 一応、俺唯一の男友達である望に予定を聞いてみたが、この日はちょうど練習試合で他県に遠征しなければならないということで、途中参加も出来ず。結局、男は俺一人での参加となったわけだ。


 ちなみに望はものすごく悔しがっていた。今日の投球内容に悪い影響が出なければいいが。


「ね、真樹」


「ん?」


「プレゼントって、そのバッグの中?」


「うん。中身はあっちについてからね。……喜んでくれるかどうかはわからないけど、でも、一応自分なりに色々考えたから」


「わかった。じゃあ、あとちょっとの時間だけど、それまで楽しみにしてる」


 そうして、俺と海はしっかりと指と指を絡ませ合って手を繋いで歩く。途中、海が何度も人前にもかかわらず腕に抱き着いて甘えてきたので恥ずかしかったが、誕生日だし、今日は出来る限り好きにさせてあげようと思う。


 それに、幸せそうな海の顔を見るのも、嫌いではないわけだし。


 徒歩10分ほどの距離を、倍の時間をかけて二人でゆっくり歩き、予定通りの時間に天海さんの家に着いた。


 海の話によると、お母さんが元芸能人であること以外は、天海家も普通の一般家庭だと言っていたが。


「……あのさ、海」


「ん?」


「天海さんの家、結構大きくない?」


「そう? 確かにうちの1,5倍……いや、もうちょっとかな……くらいはあるけど、ギリ普通じゃない?」


 天海家も朝凪家と同じくらいの規模で考えていたので、それまでの俺の想像をと違った外観に驚いてしまった。


 ぱっと見の印象になってしまうが、とりあえず、まず敷地が広い。建物のほうは朝凪家よりも多少大きい程度だが、玄関前の車庫や、庭などが広々としている。ぱっと見た感じ、欧米の輸入住宅のような外観だ。


 お金持ちの家……と言われると微妙だが、それでもそれなりにお金をかけたと思われる。


 ギリ普通という海の表現が、確かにしっくりと来た。


「――ワウッ、ワウッ!」


「ふへえっ!? い、犬……!?」


 しばらくの間ぼーっと天海家の外観を見ていると、ふと、俺の側に犬がいるのに気づいた。


 ゴールデンレトリバーだろうか、いきなりのことで変な声が出てしまったが、尻尾を振っているので、警戒されているわけではないだろう。


「お、ロッキーもこんにちは。アンタはいっつも元気だねえ」


 そう言って、海がロッキーの頭を撫でている。そして、一通り海から撫でられたので満足したのか、今度は俺の方の匂いをすんすんと嗅いできた。


「えっと……撫でて欲しいのか?」


「ワンッ!」


「あうっ……!」


 また驚いてしまったが、激しく吠えたり噛んだりはしてこないし、言いようのない威圧感はともかく、人懐っこそうな犬なのはすぐわかる。


 ……わかるのだが。


「う、海……俺、あの……」


「? 真樹、どうしたの。そんなに固まって」


「いや、俺、犬がちょっと、いや、大分苦手というか……」


 小さい頃、母方の祖父母の家に遊びに行った時、めちゃくちゃでかい犬に追っかけ回された挙句転んで怪我をしたのが今でも記憶に残っており、その影響で今でも恐怖感が拭えないのだ。


 小型犬ぐらいなら平気だが、そこから中型、大型とサイズが大きくなる度に怖くなってしまう。


 まだ玄関にすら足を踏み入れていないのに、早くも俺の中で『天海家×』の苦手意識が芽生え始めていた。


「あ! もう、ロッキーったらダメだよ。初めてのお客さんもいるのに飛びかかっちゃ……ごめんね、真樹君。うちの犬、人懐っこいんだけど、加減を知らないから」


「いや、大丈夫……それより、今日はお邪魔します」


「うん! いらっしゃい二人とも。ちょうど他の皆も来たところだし、準備も出来たから上がって上がって」


 いつもの明るい笑顔で出迎えてくれた天海さんの案内で、俺は主役の海とともに彼女の自宅へと足を踏み入れたのだった。

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