第104話 ともだち → こいびと


 ひとまず自分の気持ちに決着をつけた後、大人たちと別れた俺は会場へ戻り、引き続き裏方仕事に励んだ。


 パーティのほうは、智緒先輩が引き続き皆を適切に指揮してくれたおかげで、特に大きなトラブルもなく終えることが出来た。


 意外と少ない他校の生徒との交流や、そこそこ豪華な景品も用意されたビンゴ大会など、どれも定番ではあるけれど、参加者も結構盛り上がっていたので、裏方としては嬉しい限りである。


「――はい、それでは、私たちの分の後片付けは終わったので、これにてスタッフも解散となります。皆さん、これまで協力してくれてどうもありがとうございました」


 後は業者さんに任せてもいいそうで、俺たちもようやく裏方仕事の任を解かれ、晴れて自由の身に。


 生徒たちからは『ぜひ来年も』という声がちらほら上がっていたようだが、近くで智緒先輩が各所に走り回っているのを見ていた身からすれば、今後は裏方としてではなく、普通にお客様として参加したいものだ。


「海、お待たせ」


「ん。収穫は?」


「ばっちり。あっため直せば、まだ十分いけるよ」


 そう言って、俺は両手に提げた紙袋の中身を見せた。今日のパーティで出されて、手つかずのまま残ってしまった料理や飲み物たちを、智緒先輩から許可を得てもらってきたのだ。


 実は、会場に戻ってからすぐに裏方仕事に駆り出されてしまって、せっかくのご馳走を食べそこなってしまっていたのだ。


 スーパーでは滅多に見かけない瓶のコーラなどもあり、子供みたいにテンションが上がってしまった。まあ、俺や海はまだまだ子供なのだけれど。


 これなら、特に後で料理を追加しなくても、ウチでやる予定の二次会の食べ物はこれで十分だろう。


「……なあ海、ところで他の皆は? いないみたいだけど」


 二次会には、今回、俺たちの家族写真に飛び入り参加してくれた天海さんや望、それから新田さんも参加する予定で、俺が料理を回収している間、四人で待ってくれていたはずなのだが。


「あ……えっとね。夕と新奈は二人でカラオケ行くってんでいなくなっちゃって、関は会長に呼び出しくらってどっかに消えちゃった」


 そして、俺のことを待ってくれていたのは、海一人だけ。


「そ、そっか」


「う、うん」


 三人は気を使ったのだろうが、ということは、大きめの紙袋にパンパンにおさまった料理を二人で消化することになるが。


「……とりあえず、俺んち行こうか」


「ん……あ、その前に、ウチに寄っていい? ドレス疲れちゃったから、楽なヤツに着替えたい」


「わかった。じゃあ、ついでに空さんに挨拶しておこうか」


 こうして、俺たちは二人だけのクリスマスを過ごすことになった。


 泣いて、笑って、感情を全て吐き出し、家族や友達まで巻き込んだ記念写真撮影だったが、これはあくまで前座。


 俺にとっては、ここからが本番である。


 ※


 もう少しだけ海のことを借りることをお願いするため朝凪家へと赴いた俺だったが、玄関で出迎えてくれたのは、なんと空さんではなく、お兄さんの陸さんだった。


「母さんなら、少し前に出かけたよ。友達から電話があって、これから一緒に飲みにいくんだとさ。年甲斐もなくウキウキで出てったよ、あのババア」


「あ……そうなんですか」


 そして、『真咲さんお借りするわね』との言伝も預かったから、今ごろはウチの母さんと二人で夜の街を飲み歩いているのだろう。


 今日は、母さんにとっても色々な感情が渦巻いた日だったと思うから、気のすむまで自由にさせてあげようと思う。


 大人にだって、気持ちを整理する時間が必要なはずだから。


 父さんのほうも、湊さんとの関係は、今日を境に確実に違うものへと変わっていくはずだ。ただの部下になるのか、それとも湊さんの気持ちに少しずつでも向き合っていくのか。


 結果がどうなるか、それは、もう俺の知るところではない。しかし、せっかくなら、皆にとって悪くない結末を迎えて欲しいと思う。


 たとえ時間が経っても、今日の俺の行動が、両親にとっていい思い出話になってくれるように。


「じゃあ、確かに伝えたから。俺は部屋に戻る」


「あ、はい。わざわざありがとうございます、陸さん」


「……まあ、このぐらいは」


 ぶっきらぼう気味な口調だが、陸さんも朝凪家にふさわしく優しい人なのだろうと思う。あとはちゃんと再就職すれば完璧だ。あんまりその気はなさそうだけど。


 陸さんと入れ替わるようにして、着替えを終えた海がやってきた。ぶかぶかのパーカーと、下はロングスカート。完全に部屋着という装いだが、それだけ俺の家が海にとってもリラックスできる場所と認識しているのだろう。


 俺としても、そちらのほうが嬉しい。


「んじゃ、いこっか」


「うん」


 ごく自然に手をつないで朝凪家を後にした俺と海は、二人寄り添っていつもの夜道を歩き始めた。


 雪のほうはいつしか止んでいて、雲間からのぞく月の明かりが、俺たちのことを淡く照らしていた。


「海、さっきから何見てるの?」


「これ? さっきパーティ会場で撮った皆の写真。一緒に見る?」


「うん」


 俺のスマホにももちろん入っているが、今は顔を寄せ合いたい気分なので、海のスマホで映り具合を確認することに。


「……よかった、俺、ちゃんと笑えてる」


「うん。これ、すごくいいね。これならちゃんとアルバムに残せるよ」


 海のスマホには前原家三人と、海たち四人が加わった集合写真それぞれ保存されているが、どちらも同じように笑顔を浮かべている俺の姿があった。


 今まで、写真はそんなに好きじゃなかった。自分にコンプレックスがあったから、他人の目に晒されるのが恥ずかしかったし、当時の記憶を色々と思い出してしまうから。


 だが、今はもう違う。


 俺の隣には海がいる。俺の顔――見た目的には冴えなくて、人によっては馬鹿にされるかもしれない、そんなぎこちなさの残る笑顔の写真を、すごくいいと言ってくれる。


 彼女がそう言ってくれるなら、もう少しだけ、記録を残してもいいかもしれないと思わせてくれる。


「あのさ、海」


「……なに?」


「俺、海のことが好きだ」


 いつもの踏切を過ぎたところで、俺は、海にしっかりと今の気持ちを伝える。


 以前、ちょうど海から告白された時の場所あたりだが、特に狙っていたわけではない。たまたま、告白するタイミングがその場所だっただけだ。


「……それは、その、友達として、じゃなくて?」


「うん。恋人として、ちゃんと海のこと好きになりたい」


 初デートの時に言えず、なんだかんだと先延ばしになっていた言葉。


 あの時は緊張でドキドキしていたが、今はしっかり落ち着いていて、どことなく胸の奥あたりが暖かい。


 握りしめた手からしっかりと伝わる海のぬくもりを、誰にも渡したくない。


 海のことを誰よりも大切にしたい。海にとって誰よりも大切な存在になりたい。

 

 今日の出来事を経て、その思いはより強くなっている。


「これから先、何があるかはわからない。これからもっと付き合いが長くなれば喧嘩だってするかもしれなし、たまには顔も見たくない時が来ちゃうかも……でも、もしそうなっても、俺、いっぱい頑張るから」


 いつになっても写真のような笑顔でいるためには、多分、そうするしかないのだろう。これからもずっとこんな穏やかで甘い時間が続けばいいけれど、色々あるのもきっと人生だと思う。


 俺だけじゃない。みんなどこかでそれなりに悩んだり、苦労していたりする。


「だから……海、俺と恋人になって欲しい。今はまだ泣き虫で甘えん坊で、頼りない男かもしれないけど、それでも俺、海のために頑張るから」


 海の手を両手でしっかりと握りしめ、俺ははっきりと言った。


「海、いつも一番に俺のこと気にしてくれて、見てくれてありがとう。……大好きだよ」


「…………んぐ」


 俺の告白に、そう呟いて海は小さく頷いた。


 気付くと、海の目は潤んでいて、涙声になっていた。


「海、泣いてる」


「うぐ……うるさいばか、ばか真樹。……そんなふうに告白されたら、私だってこうなっちゃうよ。ってか、真樹だってちょっと泣いちゃってるくせに」


「まあ、俺も泣き虫だし。……海、こっち」


「うん」


 紙袋をいったん地面に置いて、俺は海を自分の懐に迎え入れた。


「……真樹、あったかい」


「そっか。ならよかったけど……ふふっ」


 ぐすぐすと俺の腕の中でベソをかく海が子供みたいに見えて、俺は思わず吹き出してしまう。


「……真樹のいじわる。私がしてあげた時は我慢してあげたのに」


「あ、やっぱ我慢してたのね。……いや、俺たちって、やっぱり似た者同士だなってつい思っちゃってさ」


「だね。甘えん坊同盟、みたいな」


「なんだよそれ。でも、意外としっくりくるかも」


「でしょ。私たちにお似合いだ」


 そう冗談を言い合ってじゃれ合いながら、俺と海はすこしずつお互いに顔を近づけていく。


「海」


「真樹」


「「――。」」


 ちょうどタイミング悪く電車が通過したおかげで、お互いの言葉はかき消されてしまったが、何を言ったかははっきりとわかる。


 至近距離で唇を見ていれば、さすがに俺も海も間違えない。



『『すき』』



 そうして、俺たちは『友達』から『恋人』になった。

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