第93話 生徒会長



「あっ、そっかぁ、ついにきちゃったかあ。久しぶりの海の家族団らんの場に真樹君が……ご愁傷さまです」


 翌日の昼休み、俺と海から金曜日のことを伝え聞いた天海さんがそう言った。


 こういう場合天海さんだったら、


『あー! いいないいなー! 私も一緒に二人とご飯食べたい!』


 となるはずなのに、今回の限っては羨ましがる素振りすらない。海がいるところならどこにでもついて行くような『あの』天海さんが、である。


 それだけで、俺の中で、バイオレンスな妄想がどんどん膨らんでいく。


「よし、真樹、今からでも土下座の練習すっか。娘さんの件では大変申し訳ありませんでしたって誠心誠意謝れば、きっと命までは取られないって」


「いや、まだ俺何もしてないし。……とりあえず、額は床にこすりつけたほうがいいかな?」


「おう。そっちのほうが心こもってる感あるな」


「おーい、そこのバカ助二人戻ってこーい」


 俺の隣で昼を一緒していた望と土下座談義をしていると、そんな俺たち二人の様子を見た海が呆れた様子で言う。


「ただ家でご飯食べるだけで、そんなことにはならないっての。ウチの父さん、家ではそんなに喋らないけど、別に怖いってわけじゃないし。……夕、あんまり余計なこと言って、真樹のことビビらさない」


「私は別に大地おじさんのことが怖いとか言ってないし」

 

「そうだね。アンタが怖いのはウチの陸だもんね」


「陸? あ、ああ、海のお兄さん? だったっけ? そんな人いたっけ?」


「記憶から抹消しようとすな」


 海とは親友のはずなのに、陸さんに対してだけは、天海さんはこういう反応をする。


 大地さんがいるということは、当然、陸さんも同席するはず。なので、個人的にはそっちのほうも気になっていた。


「海、どうして天海さんはそんなに陸さんのこと苦手なの?」


「アニキ、実は夕のことがめっちゃ好きでさ。一目ぼれらしいんだけど、その時だけ動きが挙動不審になってクソキモくなるんだよね。普段はただ部屋からあんまり出てこない無職なんだけど」


「無職についてはまあいい、いや、やっぱりよくないのかな……で、キモくなるって、例えば?」


「意味もなく夕に向かって匍匐前進したり、四足歩行になる」


「出来るだけ擁護しようと思ったけどできなかった」


 以前に聞いていた情報によると、陸さんは前職が大地さんと同じく自衛官(陸さんは幹部候補生)だったらしいので、匍匐前進はその名残かもしれないが、四足歩行はちょっと意味がわからない。


 そう考えると、天海さんが苦手としているのもわかる。


「しっかし、それを差し引いても真樹が羨ましいぜ。今週は朝凪の家、んで、来週は一緒にクリスマスパーティに行くんだろ? 俺なんか姉ちゃんとだぜ。一人で暇なら雑用手伝えって。やってらんねえよ」


「俺は参加するって言ってないからパーティには行けないけど……それより、姉ちゃんと――って、望のお姉さんもウチの高校なの?」


「ん? おお、そうだよ。せき智緒ともお、今の生徒会長……あれ? 言ってなかったっけ? ウチの姉ちゃんのこと。自己紹介の時にちらっと触れたはずだけどな。当時は副会長かな? だったけど」


 俺、海、天海さんで目配せし合ったが、そんな時の記憶はあるはずもなく。


「ひでえな。特に真樹、お前、文化祭の時、姉ちゃんから賞状もらったろ」


「……いや、あの時は大分緊張してたから、顔もぼんやりとしか覚えてないし」


 名前だけはもちろん耳にしていたので、そういえば望と苗字が同じだとぼんやりとは思っていたが、まさか姉弟だったとは。


「で、ちょっと話戻るけど、真樹、お前パーティ参加しないのか?」


「しないよ。今ならまあ……ちょっとは考えるけど」


 昔のようなクラスにおける『得体の知れない人』ならまだしも、今なら海もいれば天海さんもいるから、孤立しないしそれなりに楽しめるとは思うが。


「そっか。じゃあ、今から姉貴んとこ行って、真樹も参加できないか頼んでみるわ」


「え? できるの?」


「さあな。でも、参加人数もかなり多いはずだから、もしかしたら参加キャンセルとかがいるかもしれねえし」


 確か今回のイベントを企画したのはウチの生徒会。その代表である生徒会長=望のお姉さんなので、お願いすればなんとかねじ込めそうな気もするが。


「それに、普段のグループで彼女の持ちばっかりの中で俺一人よりは、真樹といたほうが俺も気が楽だし。……そっちの二人はどう思う?」


「まあ、私も夕も当日はぼーっとする感じになっちゃうから、真樹と一緒にいれるならそれはそれで問題ないけど。夕は?」


「私も別にいいよ。どうせ暇だし、生徒会長と一緒ってことは裏方のお仕事とかも手伝うってことだよね? 私そういうのやったことないから、なんだか面白そう」


 二人からも特に異論はないということで、早速、俺たちは、普段会長がいるという生徒会室へ向かうことにした。



 ※



「――望、アナタって子はどうしてこう……」


 一人で使うには少々広い生徒会室で静かに昼食をとっていた生徒会長は、弟からのお願いを聞いてこめかみに手を当てていた。


 2年11組(11組は進学クラス)関智緒先輩。姿を初めてしっかりと見たが、弟の望同様、背が高く、後ろで結った長い黒髪が特徴的な人である。


 今は望からのお願いで少々顔をゆがめてはいるが、目鼻立ちは整っていて、とても綺麗な――すぐ後ろの海が俺の横腹をぎゅっとつねっているので、これ以上はやめておく。


「急な話で悪いのはわかってるよ。で、できんの? できねえの?」


「……確かにキャンセルの連絡は何人かからもらっているから、人数的には問題ないけど」


「お、いいじゃん。じゃあ、さっそく真樹の名前を名簿に加え――いてっ」


「だから話を聞けって言ってるの。このおバカは」


 生徒会長が、手に持っていたファイルの角で、望の額を軽く小突く。


 二人のやり取りを見る限り、関家のほうは『しっかり者の姉』と『やんちゃな弟』という感じがする。


 望によると『弟を奴隷のようにこき使う鬼のような女』とのことだが……ここらへんは生徒会長のほうにも言い分がありそうなので、そこはいったん保留。


「前原くん、だったかしら? まずはウチの弟と仲良くしてくれてありがとう。姉としても弟の交友関係は心配だったから、あなたみたいな真面目そうな子がいてくれると嬉しいわ」


「いえ……あの、それよりもすいません。一週間前に、急に参加したいなんて言って、ご迷惑をかけてしまって」


「ええ、そうね。元々参加してお金を払っている人のキャンセルはありがちだから、こっちも準備はしているけど、だからって新しい参加は基本認めてないわけだから」


 こういうパーティの場合、事前に名簿を作り、招待状の持参をお願いするなどして対応している。部外者が勝手に入り込むことを避けるためだ。


 いくら参加校の生徒で、お金も払うつもりで、しかも責任者である生徒会長に事前に話を通しても、他の高校も参加している以上、今から名簿を作り直すのは難しい。


「マジかよ、じゃあ、俺は『イキってたくせに結局お姉ちゃんと二人でクリスマスを過ごす男』というレッテルを貼られてこれからの人生を――だっ?!」


「だから、最後まで話を聞きなさい。……まだ断ったわけじゃないんだから」


「! ってことは……」


「ええ。今回はウチの生徒会メンバーのほうに欠員が出ちゃってね。裏方だからゲームとかには参加させられないけど、料理ぐらいなら休憩中に食べても構わないわ」


 つまり、条件付きで参加はOKということだ。


「……ありがとうございます、会長」


「まあ、これが私の権限で勝手が出来る精いっぱいなんだけど。……ごめんなさい、仕事を急に押し付けちゃうようなことして」


「いえ、参加できるだけで十分です」


 これでクリスマスは割と長い時間、海と過ごすことができる。それが素直に嬉しかった。


「……よかったね、海?」


「……なんのこと?」


 一応、海も天海さんもそれなりに着飾っていくそうなので、そちらについても楽しみだったりする。


「じゃあ、早速だけどこれから当日やってもらうことの説明をするから、四人とも席に座ってくれる?」


「はい、会長」


「へいへい」


「はーい! ほら、海も海も!」


「ちょっ、もうわかってるって……」


 やることは多いし忙しいけれど、その分楽しみが増えるのは確かだし、そのほうが気が紛れるのでいいだろう。

 

 クリスマス……無事に過ごせるといいが。

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