第87話 四人で勉強会


 放課後の勉強会は俺の自宅で行われることになった。


 遊ぶわけではないので、当初は放課後の教室や図書室など校内でやるつもりだったのだが、そもそも下校時間までが短くあまり勉強できないのと、図書室などは先客が沢山いることもあって、場所の変更を余儀なくされ、じゃあ学校から一番近く、暖かいところというところで、結局ウチになった。


 ちなみにファミレスという案も出たが、それだと俺が落ち着かなくなるなので却下とさせてもらった。


「えへへ、真樹君のおうち久しぶりだな~」


「そこそこ散らかってて申し訳ないけど、まあ、そこは気にしないでよ」


「なんで海が家主にみたいな感じになってんの? 散らかってるのは事実だけどさ」


 家の鍵を開け、玄関先だけささっと整理する。俺が普段履きする靴は基本一足しかないが、母さんはそういうわけにはいかないので、それがスペースを取っているのだ。


「どうぞ」


「おじゃましま~す。あれ? なんかこの前と臭いが違うね。タバコ?」


「だよ。真樹のヤツったらとんだ悪ガキでさ」


「ええっ!? タ、タバコは大人になってからなんだよ真樹くんっ」


「いや吸ってないから。天海さんも、無理に海の冗談に乗らなくていいから」


「へへ、バレてるか」


 ちろり、と舌を出しておどけて見せる天海さん。今日は勉強会だが、俺の家ということで『あるもの』を楽しみにしていて、それゆえにこのテンションの高さだった。


「真樹君、ちなみに今日のおやつは?」


「今朝朝ご飯にホットケーキ焼いて材料が余ってるから、それ使ってパンケーキにでもしようかなって思ってる」


「お、いいね! じゃあ早速……んぎゃっ」


「その前に勉強ですよ毎回赤点ギリギリお嬢様。真樹の家だからって、私は容赦なんかしないからね」


「は、はひ……」


 首根っこを掴まれるつつ、天海さんが海によってリビングへと連行された。


 ちょうどコタツを出したばかりなので、今日はそこで教科書を広げながらやるつもりだ。ひとまず今日は金曜日に行われる教科分を重点的にやり、その他は絶対に出題されるであろう部分のみカバーする。


「……なあ、真樹。実はお前ってすげえヤツだったんだな。マジ尊敬するわ」


「そ、そう? 一応、褒め言葉として受け取ってはおくけど」


 最後にリビングに入ってきたもう一人がなにやら感極まっているが、これから一緒に勉強するというのに、今それで果たして持つか心配である。


 ということで、今日の勉強会メンバーは四人。


 俺、海、天海さん、そして最後に望である。


「……でも、本当に良かったのか? 俺なんかがお邪魔しちゃって」


「う~ん……まあ、天海さんがOKしてくれたんだからいいんじゃない?」


 今回の勉強会は、先日の関君の告白から日が経っていないことあり、俺と海がつきっきりで天海さんに勉強を教える形でする予定になっていた。


 で、望についてはその翌日に約束を取り付けようとしたのだが、


『みんなで一緒にやろうよ!』


 と、意外にも天海さんからの一声があったため、こういう珍しい組み合わせになったというわけだ。もちろん、そうなるよう仕向けたわけでもないから、望のほうが逆に戸惑うレベルだった。


 念のため海がこっそり天海さんにもう一度意志を確認しても、『ちょっとは気まずいけど、それで仲間外れなのは良くないから』と答えは変わらずだったらしい。


 まあ、『人数が多いほうが楽しい』という考えを持っている天海さんらしいと言えばらしいか。


「とにかく、今日は遊ぶわけじゃないから勉強に集中……は難しいかもだけど、とりあえず頑張ろう」


「お、おう。俺も補習になんのはゴメンだからな」


 ひとまず三人にはコタツに入ってもらって、俺のほうは飲み物や休憩の時につまめるお菓子や、天海さん用のパンケーキの準備をすることに。


「ふひ~、やっぱりコタツはいいですな……ぐぅ」


「夕、いきなり寝ない。ってか、寝たら本気デコピンだからね」


「うげっ……が、がんばります先生」


 そして、コタツについて誰がどこに座るかだが、俺が望むメインで、海が天海さんメインで勉強を教えることを考え、


   (天海)

(関)【コタツ】(朝凪)

   (前原)


 という配置に。


「そういえばさ、朝凪ってだいたい試験って何位ぐらいなんだ? 頭いいのは知ってるけど」


「調子がいい時は10位以内。悪くても20位ぐらいは常にキープしてるよ」


「すげえな。それじゃあ二年になったら朝凪とはほぼ確実に別クラスだな。真樹は?」


「俺はだいたい50位付近をうろうろしてるよ」


 ウチの高校はテストの成績による明確な線引きはしないものの、二年次はテストの順位が半分より上、半分より下ぐらいの基準でクラス分けされることが多いと聞く。


 出来ることなら二年になっても海と一緒のクラスだと嬉しいが、クラス数もそれなりに多いので、同じになる確率は半々といったところか。


 二年に進級するまで、後4か月ほど。今まではぼっちだったのでクラス替えに関してはどうでも良かったが……掲示板に張り出される新クラスの表を見て一喜一憂する人の気持ちが、今はなんとなく理解できる。


「う~、勉強ヤダ……でも、海と別のクラスになるのはもっとヤダ……」


「なら、せめて半分より上になれるよう頑張んなきゃね。ほら、ブーブー言ってないで手を動かす」


「は~い」


 休憩を一時間後に取ることにして、俺たち四人はテスト勉強に励む。


 俺は文系科目が得意なので英語や古文などを中心に、海は理数系が得意なので、数学や化学を中心にして、二人で協力して、全科目苦手な天海さんと望の対策を練ることに。


「なあ真樹、ここのページも範囲みたいだけど、ここは飛ばしちゃっても構わないのか?」


「演習問題ページの難しいところは80点以上を目指す人のためのものだからね。中途半端に勉強しても点数とるのは難しいし、それなら60点を確実にとれるように勉強したほうがいいよ」


 全てを完璧に解くことに慣れてない場合は時間も足りないし、見直しの時間が足りずケアレスミスが増えたりでいいことがない。であれば、思い切ってそこはスパッと切ってしまって、その分、確実に点数を取る方にシフトしたほうが、時間の使い方としては格段にいい。


「ねえねえ真樹君。ここの文の訳し方って、どうすればいいの?」


「あ、うん。そこはね――」


 と、天海さんにアドバイスすべく身を少し乗り出そうとした瞬間。


 ――きゅっ。


 と、コタツの中に入れていた手が優しく握られた。


「? 真樹君、どうしたの?」


「! ああ、ごめん。なんでも」


 天海さんの手はコタツの上に両方とも出ているので、こっそり手を握ってきたのはもちろん海である。


「関、そこの(2)の数式、二段目の計算が間違ってる。カッコの位置、ちゃんと確認して」


「ん? あ、本当だ。すまん」


 望のほうの数学を見ている海の視線が、一瞬、こちらへ向く。


 ――ちょんちょん。


 コタツ布団に隠れて、海が俺の指をしきりに触っている。


 ……どうやら恋人繋ぎを所望しているようだ。


 しかも、天海さんや望にはばれないように、こっそりと。


「…………」


「…………」


 教科書を広げて難しそうな顔をしている二人をよそに、俺と海は、コタツの中で指を絡ませあった。


 恋人繋ぎは今まで何回もやっていることだが、こうして友達が近くにいるなか、内緒でこんなことをするのは初めてだ。


 堂々とやっても問題ないことだが、こうして隠れてじゃれ合っていると、なんだかとてもいけないことをしている気分になって、少し、ドキドキしてしまう。


 と、いけない。今日は目的は勉強だ。甘い雰囲気に流されてはいけない。


「う、海。そろそろ一時間経つし、休憩にしようか?」


「……いいの?」


「い、いいの」


「ふふ、わかった。じゃあ、私も手伝うね」


 ぱっと手を放した海が何事もなかったようにキッチンへと向かう。


 二人の勉強と、それから海にもちゃんと構ってあげて……なぜ俺だけ三人を見てる感じなのだろう。ちょっと理不尽。

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