第78話 デート当日 朝
土曜日。
セットしていたアラームの音で、俺は目覚めた。寝つきが良くなかったので睡眠時間はそこそこだが、体に疲労が残っている感じはない。
やはり昨日の焼肉食べ放題で、海と一緒に調子に乗ってしこたま肉とニンニクを食べたおかげか。店でもいつものように食事をした結果なのだが、そんな俺と海の様子に、天海さんもちょっと引いていた。きつい匂いの食べ物はそこまで得意ではないらしい。
『デート前日なのに……』と苦い顔をされたが、まあ、どのみちお互い臭いので気にする必要もないだろう。ただ、周りの人もあるのでエチケットは気を付けておく。
「デートの待ち合わせは11時に昨日と同じ駅前……だったよな」
11時に海と待ち合わせ――昨日、何度も確認したスケジュール表に、なんとなくもう一度目を通してみる。
現在時刻は朝の8時。まだ寝間着でゆっくりしててもいい時間だが、なんだかそわそわして落ち着かない。
仕方ないので、軽く朝ご飯を食べた後、前日購入した服に袖を通すことに。
姿見に映る自分の姿――似合っている、かどうかは確信できないが、いつもの黒系一辺倒よりはマシだと思う。
……これからは、もう少しだけでも身だしなみに興味を持つべきか。ただ、そうなるとお金がいくらあっても足りない。母さんに都度せびるのもなんだか躊躇われるので、その場合はアルバイトなど、自分の小遣いの足しに出来るものを見つけないといけない。
アルバイト……勤労……果たして自分にそんなことできるだろうか。いや、あと数年もすれば否応なしに社会に放りだされるので、腹をくくるしかないし、それに将来は海と――いや、考え出すと止まらなくなるので、今はこの辺にしておく。
とりあえず、今日のデート代まではありがたく頂戴しよう。何かあった時のためにと、昨日の服代とは別に一万円もらっているが、今回は割り勘。なので、そんなにお金はかからないはずだ。
というわけで、服は着替えたし、持ち歩くものもバッグに全部入れた。
「あとは一応、身だしなみだけど……」
ヘアワックスを手にとって、海に教えてもらった通りに髪をいじくるが、これがなかなか難しい。
今まで外見にほとんど無頓着だった自分が、まさか細かい髪型まで気にするまでになるとは。
クラスでも指折りの可愛い女の子の一人と仲良くなり、その上12月にはデートをすることになる――なんて、夏休み明け直後の俺に言っても、きっと信じないだろう。
「うーん、なんか海にしてもらったのとは違う気が……でも、これ以上やるとおかしな方向に行きそうな気も――」
と、いつまでも自分の前髪と格闘していると、来客を告げるインターホンが鳴った。
この忙しい時間にいったい誰が……と思ったが、この時間の来客なんて、まあ、考えられるのは一人しかいないわけで。
『……よっ』
「海」
『……寒いので、とりあえず開けてくれると嬉しいです』
「あ、うん。いいけど」
今日は本来待ち合わせのはずだが、まあ、個人的にはどちらでもいいので、ついでに髪型のほうを見てもらうことしよう。
「……お、おはよ、真樹」
「――――お」
だが、海が部屋に入ってきた瞬間、そんな考えはあっと言う間にどこかへと吹っ飛んでしまった。
彼女の姿を見た瞬間、まず先に綺麗だと思った。
ファッションのことはまだ不勉強なため、服の色合いがどうとか、服の種類は、デザインはどうとかまではわからないが、とにかく、それが正直な感想だった。
もう何度も一緒にいて見慣れているはずなのに、見惚れてしまった。
「もう。何ボケっとしてんの? ほら、朝の挨拶」
「あ……ああ、うん。おはよう、海」
「よし。じゃあ、お邪魔します。……ふー、やっぱり真樹の家はあったかいな~。真樹、コーヒーと紅茶、どっちにする?」
「じゃあ、紅茶で……って、俺やるよ」
「いいの。今日は私やるから、真樹はソファーで座って待ってて」
勝手知ったる他人の家といった様子で、海はリビングに入るなり、二人分の飲み物を用意しだす。カップ、角砂糖、コーヒーその他の位置――最近は一緒にやることがほとんどなので、前原家のキッチン事情は全て把握されている。
「砂糖とミルクはいつものでいい?」
「今日は無しがいいかな」
「ん」
飲み物を用意する海の横顔に目が行く。ごく薄く化粧をしているのだろうか、いつも以上に頬が白く綺麗で、リップを塗った唇が控えめに照っている。眉や睫毛はわからないが、多分、しっかりと整えているはずだ。
見える範囲だと、アクセサリ類はヘアピンぐらいだろうか。だが、ピアスやネックレスなどつけなくても十分なぐらい、なんだかキラキラとしたオーラを放っている気がする。
化粧で女性の印象はかなり変わるらしいが、実際のその効果を目の当たりにするのは初めてだった。化粧は母さんもしているが……まあ、それはノーコメントということで。
「はい、お待たせ。隣、座っていい?」
「……どうぞ」
「うん」
お尻をずらして空いたスペースにそのまま収まる形で、海が俺のすぐ隣に腰を下ろした。
「真樹、今、私の足――っていうか太もも見てたでしょ?」
「っ……いや、だって、寒そうだなって思ったから」
触れるかどうか迷っていたが、今日の海のスカート丈は短いし、しかもタイツもはいていないから生足状態である。
俺だって男だ。どうしてもそっちのほうに目が行ってしまうし、その女の子が海なら尚更だ。
「そりゃ実際寒いよ。家出てから真樹の家来るまで、正直な話、ちょっと後悔してたもん」
「なら、そんなに無理しなくてもいいのに」
「それはおっしゃる通りなんだけどね。でも、せっかくだし可愛いところ見てもらいたいじゃん? 真樹に……その、一番仲の良い男の子にさ」
海の手が、俺の手の甲にそっと置かれる。こんな感じで手を繋ぐのはもういつものことだが、今日はなんだかいつもよりもずっと恥ずかしい気がして、目を合わせられない。
「それはまあ……とりあえず、めちゃくちゃ気合が入っていることは伝わるけど」
「でしょ? こう見えて、昨日の夜と今日の朝で、結構悩んだんだから。昨日真樹に選んであげた服と合わせて浮かないように、かといって合わせすぎて地味になりすぎないように――とか」
「……そういえば、そっか」
俺は昨日買った服を着ればいいだけだったので考える必要はなかったが、海は数ある選択肢の中からあれこれ考えなければならない。
俺との並びまで考えてのチョイスはさすがに気を遣いすぎだろうが、しかし、それが朝凪海という女の子なわけで。
「じゃあ、今日待ち合わせじゃなくて俺の家に迎えにきてくれたのって……」
「うん。迷惑かなって思ったけど、でも、やっぱり早く見てもらいたくて」
それは格好を見てすぐ分かった。
俺から見ても、それぐらい、今の海は可愛いと思った。
「ねえ、真樹から見て、今日の私どうかな?」
「どうって……その」
「私を最初に見た反応でなんとなくわかってるよ。でも、ちゃんと感想も聞いておきたいなって。言葉で」
最初のタイミングで見惚れてしまって言いそびれたが、俺もそれはちゃんと伝えておきたい。
すぐ言うのと、時間が経ってから言うのとでは、その時感じた素直な気持ちは伝わりにくいと思うから。
「……改まってこんなこと面と向かって言うの、恥ずかしいけどさ」
「うん。……なに?」
頬が気恥ずかしさで熱を帯びているのを感じながら、俺は海へ伝える。
「――き、綺麗だよ、海」
「…………」
もっと色々褒めるための言葉はあるのだろうが、これが、不勉強な俺の、今、海にかけてあげられる精一杯だった。
「そ、そう。あ、ありがと……それなら、まあ、頑張った甲斐はあったかな」
「そ、そっか。なら、よかったけど」
「うん。……へへ」
月並みな言葉だが、とりあえず海も満足しているようだし、ひとまず良かった。
……朝っぱらからすごく恥ずかしいけど。
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