第70話 一緒に帰る


 天海さんと関君の関係を取り持つのに、どうして海が関わってくるかというと、それは、今現在の海と天海さんの関係が影響している。


 クラスでは何でもないように振る舞っている彼女たちだが、俺から見た感じ、彼女たちの中には微妙にわだかまりが残っているように感じる。


 最近たまに見られる海と天海さんの少々過剰なスキンシップがその表れだった。いつものような自然な感じではなく、昔のように戻りたいとお互いに気を遣って無理をしているのだ。


 そんな、親友とのことでいっぱいいっぱいであろう天海さんに、あの手この手で関君と引き合わせるのは、正直言ってごめんだ。


 天海さんの性格から考えて、おそらく俺が頼めば、よほど露骨なお願いではない限り対応してくれるだろう。例えば、来週末に期末テストが迫っているから、関君と俺、そして天海さんと海の四人で勉強会でもしようとでも誘えばいい。


 俺に求められているのはあくまできっかけづくり。なので、後は関君が張り切ってくれるだろう。


 だが、客観的に判断するに、現状、天海さんは関君のことなど眼中にないと思う。別に関君に魅力がないとかそういうことを言っているのではなく、単純に今の天海さんに他の男子を見るという余裕がないだけだ。


 関君がそれで玉砕しようがどうでもいいが、俺としては天海さんと海の関係修復の邪魔は避けたい――というのが俺の中の建前。


 本音はというと、これは単純で、俺が海に迷惑をかけたくないからだ。


 天海さんと誰かの仲を取りもつのであれば、朝凪海という存在は絶対に避けては通れない。天海さんは今でも海に絶対の信頼を寄せているから、何かあれば必ず海に相談するだろう。男女関係ならまず間違いない。


 そして、それは俺に対しても。


 関君が俺に話しかけてきた時もそうだが、海は俺についても気にかけてくれている。クラスで一人ぼーっとしているときは『楽しそうじゃん』と茶化したメッセージを飛ばしてからかう海だが、俺になにかありそうな時のレスポンスも早い。天海さんと友達になった経緯からもわかる通り、海は正義感の強い女の子なのだ。


 そして独占欲が強く、やきもち焼き。


 なので、俺が動くと、どうしたって海は俺がなにをやっているか気になってしまう。内緒にすることもできなくもないが、それだと海のことをもやもやさせてしまうかもしれない。


 俺と海も、これからもっと仲良くなっていく上で、今が一番大事な時だと思う。


 だからこそ、このクリスマス前の時期に余計なことをしたくないのだ。


「ってことで俺はこれで帰ることにするけど……他に話はある?」


「いや、ねえな。そっか……まあ、やっぱ無理だよなあ」


「うん。ごめんだけど」


「いや、多分断られるだろうなって、呼び出した時点で予想はしてたからさ。だから気にすんな」


 俺に断られると関君は一人で頑張るしかないので、もう少し強引に引き留められるかもと思ったが、意外にも潔くて、個人的にはとても助かった。


 きっぱり断らせてもらったわけだが、内心はびくびくだ。声が上ずったり、震えたりしないだけ上出来だと思う。


「前原、お前、普段見た感じ気弱そうな感じなのに、そういう時はきっぱりと断れるんだな。ちょっと見直したよ」


「そうかな……まあ、そこらへん誰かさんに影響されたのかも」


 海みたいな度胸はまだついていないけれど、いずれは俺もそうなりたいと思っている。

 

 朝凪海は、俺にとっての身近な目標だったりするのだ。


「……っと、そろそろ先輩たち来そうだな。そんじゃ、俺はこれで」


「うん。協力は出来ないけど、俺も陰ながら応援はするよ」


「応援はいらん。協力してくれ」


「はは」

 

 まあ、今の状態のまま突っ込んでも撃沈は確定だろうが。


 トンボをもってグラウンドに走っていく関君の背中を見送って、俺は彼に向けて小さく合掌した。


 大丈夫、関君なら、真面目に部活をやっていればそのうち好きになってくれる女の子がきっと出て来てくれるはずだ。


 関君の今後のご活躍をお祈りしたところで、俺はこそこそグラウンドから出て、校門へと向かう。


 話している間に下校時間のピークは過ぎたようで、校舎から校門へと向かう緩い下り坂には誰もおらず、冷たい冬の木枯らしによって落ちた葉っぱが道に散らばっていた。


「う~さむっ……こりゃそろそろ押し入れの中の秘密兵器を出す時が――って、あれ?」


 いつものように、誰にも聞かれないぐらいの独り言をつぶやきながら、小走りで校門を通り過ぎようとした瞬間、そこに寄りかかる、馴染みの後ろ姿が。


「あれ、海?」


 校門に寄りかかって立っていた女の子は、海だった。


「よ」


「ああ、うん……えっと、もしかして、教室出てからずっと待ってた?」


「……この格好がいったん下校してきたように見える?」

 

 通学鞄を肩にかけて、首にはいつも愛用しているチェック柄のマフラーをしている海が、頬を膨らませて言った。


 当然、この寒空の下、ずっと俺のことを待っていてくれたのだろう。


「天海さんと一緒に帰ったはずだよね? なんて言い訳したの?」


「忘れ物があるから先行ってて――って。まあ、なぜか『頑張ってね!』って謎の声援をもらったわけだけど」


「それもうバレバレじゃん」


 というか、頑張らなくても、海が待っててくれるのであれば一緒に帰るしかないのだが、いったいこれ以上何を『頑張って』なのだろう。


 まあ、単なる冷やかしか。


「ごめんね、真樹。本当はさっさと帰るつもりだったんだけど……その、やっぱりちょっと気になっちゃって」


「心配だったのなら、別に近くで隠れて様子を見てて良かったけど」


「もう。そんなことしたら、真樹との約束破っちゃうでしょ。何も知らなかったことにする、なんて口では言ってるくせに、実は気になってしょうがなくてさ」


 唇を尖らせて、海は俺から目をそらしながら言う。


 その頬がわずかに染まっているのは、きっと風が冷たいせいではないだろう。


「本当は二人が……っていうか真樹が関とどういう話をしてるのか知りたい。けど、二人の話を内緒で盗み聞きするのは……ってことで、すっごい中途半端なところで、とりあえず真樹の帰りを待つことになったわけですよ」


 さっさと帰ると俺に言った自分うみと、でも本当は俺のことを心配している自分うみ


 それらが心の中でせめぎ合った結果、話は聞かないけど一緒には帰ることにした――だからこその校門だったと。


 また面倒な選択をしたものだ。


 まあ、そういうところも可愛いと俺は思うわけだが。


「そっか」


「うん」


「……とりあえず、寒いし帰ろうか」


「うん。……ねえ、真樹」


「なに?」


「寒いから、ちょっと真樹の家であったまりたいんだけど、いい?」


「……まあ、いいけど」


 今日は週末じゃないが、そのぐらいならいいだろう。


 俺の海の仲だったら、それぐらい親に内緒にしても許されるはずだ。

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