第69話 おことわり


 天海さんを好きになるきっかけなんてだいたい似たりよったりで、関君もご多分に漏れず一目ぼれだった。


 というか、あの海ですら天海さんには一目ぼれみたいなところがあるから、それはもうしょうがない。


 天海さんはそういう魅力を持った人なのだ。


「中学の時もまあ、他の奴らに較べて運動も出来たし、背も高かったからそれなりにモテてはいたけど。その時はずっと部活一筋でそういう気はおきなかったんだよ。高校でも多分そんな感じなるだろうなって思ってた矢先だよ……胸を撃ち抜かれたって感じ? そういうの本当にあるんだなって」


「……あの、言いにくいんだけど、もしかして天海さんが初恋、だったりする?」


「…………クラスのヤツらには、絶対内緒だぞ」


「まあ、いいけど」


 オレより頭一つ分は高い関君が、恥ずかしそうに体を縮こまらせつつ、顔を赤くして頷いた。

 

 まさか、高校に入ってから初めての恋を経験するなんて……まあ、俺も海が初恋なわけなので、同類といえばそうだが、意外なところに仲間がいたものである。


「クラスの奴らには気取った態度を見せてはいるけど……天海が近くにいるだけで、もうそれだけで緊張しちまうんだ。天使ってこの世にいるんだな……めっちゃ可愛いし、いい匂いしまくりだし、笑った顔も……周りに人がいる時はなんとか仮面かぶって余裕ぶっこいてる空気出せてるが、一対一だと多分ヤバい。無理」


 その様子を見る限り、関君の気持ちはマジである。彼に演技の才能があって、俺の同情を引いて協力を引き出そうとしているのならわからないが、それならもっと以前からあの手この手でアプローチをかけているはずだ。


 関君が天海さんを狙っている云々の情報は、その余裕ぶっこいてる時の仲間内での発言が漏れたものなのかも。


「――で、クリスマスパーティの話になるけど、俺が良くつるむ奴らって、むかつくことにほとんど彼女持ちでさ、パーティはそれぞれの彼女連れてこようって話になって。でも、俺にはもちろんいないし、そのこと茶化されて、ちょうど部活で上手くいってないイライラも重なってさ――」


「ああ、うん。なんとなくわかった」


 その先はもう言わなくていい。


 多分、勢いのまま天海さんを連れて来てやるよとでも言ってしまったのだろう。


 そして、引っ込みがつかなくなった。


 まだ天海さんとは連絡先を交換できるほどには仲良くなっていないにも関わらず。


 ……なんだろう、ウチのクラスの人たち。関君といい、新田さんといい、皆なんか面倒くさい人たちばかりだ。


 そこまでして空気を読むというか、キャラを演じる必要があるのだろうか。そうしないと上手く生きていけないのだろうか。


「それで、話が漏れにくそうで、天海さんとか朝凪と仲が良い俺になんとかならないか相談してきた、と」


「天海さんと仲良さげにしてた時点ではむしろ『敵』認定してたけどな。少し前にいきなり声かけたのも、ちょっと牽制のつもりだったりな。そこはマジで謝る」


 しかし、実際のところ、俺が見初めた女の子は海で、その時点で俺は関君の恋のライバルではなくなり、逆に、恋の相談をするには最適な相手となったと。


「ってか、前原……お前、どうやって朝凪のこと落としたんだ? 天海さん以上にガードが硬いヤツだと思ってたのに」


「落としたって……えっと、偶然……?」


 というか、今でも本当にそうとしか思えない。


 出会いもそうだが、俺は、元々海のことはちょっとした趣味の合う友達としか考えておらず、人生で初めてできた友達なのだから大事にしたいという一心で付き合っているうち、自然と距離が近くなり――そうして、クラスメイトたちの公認ともいえる仲に、気づいたらなっていたのだから。


 これほど前原真樹という人間にぴったりとハマってくれる女の子なんて、きっと、

朝凪海以外で、これから先出てこないだろうと確信できる。


 それぐらい、俺にとっては、海との出会いは偶然で幸運だったと思う。


「今までたいして話したこともないようなヤツにこんなことを頼むのなんて、ムシのいい話はわかってる。けど、ここを逃したら進級してクラス替えだろ? また同じならいいけど、別になる確率のが高いわけで、そうなるともうチャンスなんて来ないかもしれない」


「それは……うん、そうだろうね」


 他クラスに知り合いの多い天海さんとはいえ、基本的な付き合いは同じクラスの人たちになるだろうから、幸運に恵まれなければ、仲良くなる可能性はうんと低くなるわけで。


 関君の天海さんに対する恋心は本気なのはわかったし、海とのことがあった俺だから、その気持ちは理解できる。


「ってことで、頼む、前原! もう、俺にはお前しかいないんだ!」


「ちょっ……大声で喋ると他の人に聞こえるから……!」


 この場所でその言葉は色々とまずい。


 ここだけ切り取られると、まるで関君が俺に告白しているようにしか見えない。


 かろうじて誰にも聞こえていないようだが、もし、これを新田さんあたりに訊かれていたら少々、いや、かなり面倒なことになる。


「す、すまんつい……で、どうだ?」


「えっと……」


 頭を下げる関君に、俺はすぐ返事をした。


「……ごめん。やっぱり協力はできないよ」


「! どうしてもか?」


「うん。どうしても」


 関君と同じように、俺はしっかりと頭を下げる。


 というか、関君から呼び出されたあの時点で、俺は最初から断るつもりでいたのだが。


「そっか……やっぱ、ムシがよすぎるよなあ。友達でもない、ただクラスが同じだけのヤツに対してそこまでお願いをするのは」


「……まあ、そんな感じかな。俺、そういうの根に持つタイプだから」


 関君にはそう適当に答えたものの、申し出を断ったのには別の理由がある。


 理由はもちろん、俺の好きな女の子だ。

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