第64話 新たなはじまり


 12月になった。


 といっても、暦上そうなっただけで、特にやることが変わるわけではない。11月末から続いた冷え込みのまま真冬の季節に突入したこともあって、すでに諸々の準備は終わっている。


「……っ」


 朝、スマホのアラームを止めて起床した俺が発した第一声がそれだった。


 っ、としか声が出なかったが、俺的には一応『さむっ』と言ったつもりだ。


 最近、特に朝の冷え込みが強くなってきた気がして、朝、布団から抜け出すのもひどく億劫になっている。リビングに行けば、修理によって復活したエアコンや電気ストーブなどの各種暖房器具はあるものの、部屋全体が温まるまではしばらく寒さに耐えなければならない。


 わずか数分だが、恵まれた環境で育った現代っ子の俺にはそこそこ辛い時間である。


 まあ、なんだかんだ言いつつも、結局は布団から抜け出すしかないわけだが。


 早朝の冷たい水を我慢しつつ顔を洗い、眠気でだらしなくなっていた顔をスッキリとさせる。


「まあ、こんなもんか」


 鏡に映った自分の顔を見て、俺はぼそりと呟く。最近夜更かしをしなくなったせいか、目の下に刻まれていたクマが少しずつ薄くなってきていた。


 後、前髪が長くなってきている。髪の長さについて特に校則があるわけではないが、毛先が目にかかるのはうざったいので、また散髪に行かなければならないだろう。


 身だしなみも、少しずつ気を付けていきたい。


「おはよ、真樹」


「おはよう、母さん。眠そうだね」


「そりゃ4時間しか寝てないからね」


 ちょうどリビングが暖まってきたところ、狙ったかのようなタイミングで現れた母さんに眠気覚ましのコーヒーを淹れてやる。


 出版社で働いている母だが、この時期は年末進行で特に忙しいそうだ。


 今はまだ帰って寝る余裕があるようだが、年末が近づくにつれ、毎日が金曜日のような状況になっていくらしい。つまり、その時期は家にほとんど帰ってこれなくなることを意味する。


 将来この仕事に携わるのだけはやめておこうと心の中で密かに誓う俺である。


「そういえば、真樹さ」


「うん」


「12月といったらクリスマスなんだけど、なんか予定ってあるの?」


「いや、別にないけど」


 というか、なぜ12月といったらクリスマスになるんだ。12月なら、他にも色々あるだろう。学校でいえば来週には期末テストが始まるし、後はなんといっても年越しだろう。家の大掃除など、今年の家にやっておいたほうがいいことも多い。


 月初と月末以外がないじゃないかって? そんなこと言われても俺の知ったことではない。


 ……と、去年までの俺なら言っていただろう。


 去年まで、ずっとぼっちで年末を過ごしていた俺には。


「……海のことだったら、まだ何の約束もしてないよ。ってか、12月になったばかりだし」


 一人だけだが、俺には最近、仲良くしている子がいる。


 白い歯を見せて、いたずらっぽく笑う友達の顔が俺の脳裏をよぎった。


 名前は朝凪海。


 友達歴はまだ3か月ほどだが、色々あって、今や友達以上の関係にまで仲が深まっている女の子。


 週末二人きりで遊んだり食事をしたりはもとより、一緒に手を繋いで帰ったり、この前は頬にキスをされたりも……一応恋人ではないものの、いつそうなってもおかしくないと思う。


 俺と海の、そんな『友達以上で恋人寸前』の関係で迎える初めてのクリスマス。学校もちょうど冬休みに入っている時期だから、もしかしたら何らかの予定が入る可能性もあるが。


「そう? なら、早いとこ話して、予定埋めちゃいなさい。約束なんて一週間前ぐらいでいい、なんて思ってたら、あっという間に海ちゃんとられちゃうわよ」


「……そんなもんかな」


「そうよ。海ちゃん、学校でも人気者なんでしょ?」


「まあ、そうだけどさ」


 母さんの言うことも一理あるかもしれない。海は同性異性問わず知り合いも多いし、何より天海さんという大の親友もいるわけで、クリスマスはそういう人たちと一緒に過ごす可能性が大である。


 まあ、それならそれで別の日に遊ぶなりすればいいわけで、俺は別に問題ないのだけど――そう言ったら、母さんに怒られてしまうだろうか。


「とにかく、クリスマスに海ちゃんをウチに連れ込むんだったら、早め早めに手を回しとくこと。あと、私にもいつものように連絡すること。いい?」


「わかってるよ」


 俺と海の付き合いに関して普段は何も言ってこない母さんだが、この件に関してはやたらとお節介を焼いてくる。


 クリスマスは、過去のこともあって、俺や母さんにとっては苦い記憶が刻まれている日でもある。


 だからこそ、俺にはもっと楽しい思い出を積み重ねて欲しいという願いもあるのかもしれない。


 まあ、俺だって、できることなら海と一緒に過ごしたいと思っているわけで。


「あ、それとね、真樹。海ちゃんとクリスマスを過ごすにあたって、一つだけ私から大事な忠告があるんだけど」


「急に改まったな……で、なに?」


「うん、あのね……」


 真剣な顔になった母さんが言う。


「もしもの時は、ちゃんと使のよ?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 なんのこっちゃ。


 とりあえず、母さんは家からたたき出しておいた。


 余計な心配はいいから、さっさと仕事に励んでください。



 ――――――――――

(※本日より毎日更新を再開します。よろしくお願いします)

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