第57話 また来週
「あ~、今日は真樹のこといっぱいいじれて楽しかった~。なんか今日はあっという間だったね。あれ? どしたん? なんか疲れてない?」
「そりゃお前に散々おもちゃにされたからな」
あの後も、一つの毛布の中でいじられ続け、逃げようとしたらそれじゃあ風邪を引くからと捕まえられて――おかげで寒さもくしゃみをしていたこともすっかり忘れさせてもらった。
というか、今思えば、毛布は母さんの寝室にもあり、海と一緒にベタベタする必要もなかったのだが、どうしてあんなことを俺はやってしまったのだろう。
笑顔が可愛いとか、天海さんにも負けないとか。他にも色々……ああもう、なんて恥ずかしい。
思い出しただけで耳まで熱くなりそうだ。
「あ~あ、いったい何やってんだろうね、私たち。遊ばないってこの前約束したばっかなのに、結局目いっぱい楽しんじゃったし」
「だな。どうしようもないやつだよ俺たち」
もしかしたら、こうなることを狙って天海さんは海のことを強引に連れてきたのかもしれない。約束したとはいえ、天海さんは元々こうなることを望んでいなかったのだから。
天海さんはやはり侮れない。というか、海を連れてきたタイミングといい、意外に策士なところがある。天然なのか計算なのか、あるいは両方か。
「真樹、ごめんね。色々振り回しちゃって」
「もう慣れたし、別にいいよ。……それに、寂しいってのは俺も同じだったから」
約束の件については、二人で相談の上、いったん白紙にしてもらうよう、海のほうから天海さんにお願いすることに。
今回の件で思い知ったが、それだけ、俺にとっても海にとっても、週末のこの時間は大切なものになっていた。
なので、ケジメ云々に関しては、別のもので果たそうと考えている。具体的な内容は天海さんに決めてもらおうと思っているが……その辺は今からしっかり覚悟しておかなければならないだろう。
「じゃあ、準備も出来たし、そろそろ出るか」
「うん」
そうして、俺たち二人は一緒に家を出る。冬の夜道は危ないということで、買い出しについでに海のことを家にまで送っていくためだが、実際はもう少しだけ海と一緒にいたかっただけだ。
マンションの玄関を出た瞬間、冷たい風が俺たちに強く吹きつける。
夜とはいえまだ11月の中頃だが、すでに真冬かというほどに冷えている。
「うう、さむ~っ! 今度からタイツぐらいは履いて来なきゃな~」
「大丈夫か? ほれ、カイロ」
「ありがと……って、真樹さあ……」
「なに?」
「いや、どうせアンタのことだから機能性重視とか言うんだろうけど、さすがにそれはないよ」
海と一緒に出てきた俺だったが、やはり服装について文句があるらしい。
もこもこの黒ダウンジャケットに、下は黒っぽいジーンズ。ついでにジーンズの下にはズボン下まで履いて防寒対策はばっちりだ。
「もう、いくら周りに人がいないとはいえさ、女の子と一緒に歩くんだから、もうちょっとファッション考えなよ。あと、真樹はただでさえ陰が薄いんだから、夜道でそんな格好してたら車に跳ね飛ばされちゃうし」
「む……」
機能性にも言及した指摘だから、なかなか言い返せない。夜道にはねられるのであれば蛍光色の反射板を点ければいいのだが、そうなるとさすがにダサさがひどいことになってしまう。
「そんなもんか……でも、どうしても服買いに行くと紺とか黒とか、グレーみたいな地味な色選んじゃうんだよな。たまに明るい色の服も試着はするんだけど、合う気がしなくて」
「それは単純にかお……じゃなくて髪型とかの問題でしょ。前髪だけでもちょっと切れば全然印象違うから、多分。いやおそらく、もしかしたら、メイビー」
「相変わらずの冴えない顔で悪かったな」
「もう、そんなむすっとしないの。今の真樹、前の仏頂面から大分柔らかくなってるから、やり方次第で印象変わると思うし、きっと大丈夫だよ」
そうだろうか。まあ、海が言うのであれば、信じていいのかもしれない。
「わかった。じゃあ来週あたり、また色々教えてくれ」
「うん。また来週、ね」
また来週。いつもの時間、いつもの場所で、二人きりで。
そう約束を交わして、俺たちは、無言のまま、ゆっくりと朝凪家へと続く道を歩いていく。
「……海」
「うん」
俺たち以外に誰もいない住宅街。等間隔に街灯が照らす道の端を行きながら、俺と朝凪は誰からともなく手を繋ぎあった。
そのままだと寒いので、俺のポケットの中にそのまま海の手を招き入れる。
なので、自然といつもより密着する形に。
「むむ……悔しいけど、確かに機能性は抜群だ」
「だろ? もともとあったかい中に、カイロまで入れてるからな」
「うん。これだけは認めてあげよう」
「そりゃどうも。まあ、人前だと恥ずかしいからできないんだけど」
「……確かにこれはちょっとヤバいかも」
もしこんなところをクラスの誰かに見られたらとんでもないことだが、しかし、仮に目撃されたところで、この付き合いを止めるつもりはない。
親しい友達であることを殊更アピールするつもりもないし、こそこそし過ぎることもない。
海とは、これからはそんな感じで学校でも付き合っていけたらと思っている。
まあ、さすがに、名前で呼び捨てはできないだろうが。
「もういいよ、ここらへんで」
今歩いている踏切付近を越えたら朝凪家まですぐというところで、海はゆっくりとポケットから手を引き抜いた。
「いいのか? 別に玄関まで一緒でもいいけど」
「それだとお母さんに捕まっちゃうけどいい? お母さんったら最近は真樹のこと連れてこい連れてこいってうるさいから、下手したら朝まで逃げられないかも」
「それは……うん、ダメだな」
空さんのことだから、きっと少しお邪魔する程度ではすまさないだろう。
いくら朝凪家の実質の家主である空さんがOKだとしても、朝凪家には、不在なものの、父親の
「じゃあ、そろそろ行くね」
「ああ。じゃあ、また学校で」
「うん」
軽く手を振って踏切を越えていく海の背中を見送る。
ステップを踏むように小走りにかけていく海は、クールでもなんでもない、どこにでもいそうな普通の女の子だった。
「あ、ごめん、真樹! 一個だけ大事な忘れもの!」
曲がり角に消えたところで俺も帰ろうとした瞬間、何かを思い出したように海が俺のもとへ走って戻ってきた。
忘れものって、家出る前に確認した時はなにもなかったはずだが。
「どうした? 何かあるんなら、明日にでも届けるけど」
「あ、ごめん。財布とかスマホとか、そういうんじゃないんだ。ちょっと耳貸してもらっていい?」
「? ああ、いいけど」
「では、ちょっと失礼して――」
ちょうどカンカンと踏切の音が響く瞬間。
海は俺の耳元でぼそりと囁いた。
「――――」
「……え?」
「じゃあ、今度こそバイバイ。私たちのほうは、これからもゆっくりやっていこうね」
ほんのりと頬を赤く染めた海が、一目散に俺のもとから走り去っていく。
電車が通り過ぎる振動と音が体を揺らす中、俺は海がいなくなった後もその場から動けない。
「ゆっくりって、そりゃ、俺だってそう思うけど……さすがにそれは反則じゃないか?」
多分海も俺と同じ気持ちでいてくれているだろうとは思っていたが、それでも、いざ本人の口から聞くと、やはりドキドキしてしまうもので。
――私のこと、いつも一番に考えてくれてありがとう。……大好きだよ。
この前のお泊りの時と同じく、やはり今夜も眠れなさそうだ。
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