第51話 好きだけど嫌い
※※
「――とりあえず、ここまでが高校に入る前までの話かな」
朝凪がそこでようやく一息つく。前日から何を話すのかきちんと考えていたのだろう、中学時代の二人のことを知らない俺にもわかりやすく話してくれた。
……こんな時でも、朝凪は朝凪らしかった。
嫌な予感がしたので、二取さんと北条さんには席を外してもらうようお願いしたが、これは正解だったように思う。
今この場にいたら、天海さんが二人を責めかねないと思ったからだ。
「そんな、こと……じゃあ、進路変更した時、学費がきついからって理由は――」
「ごめんね夕。それは嘘。色々もっともらしい理由をつけたけど、本当はただ逃げたかっただけなんだ。もし、あのままの状態で高等部に進んでたら、私、きっとめちゃくちゃになるまで爆発してた思うから。……まあ、結局直前で夕も同じく進路変更しちゃったけど」
「そんなの……だって、海は私の親友なんだよ。紗那絵ちゃんと茉奈佳ちゃんとも友達だけど、でも、私にとっての一番は海だもん。親にはめちゃくちゃ怒られたし、試験勉強なんか大変だったけど、それでも海がいない高校生活だなんて、私、絶対嫌だったから」
天海さんがそう思うのは、無理もない。
他のクラスで浮いてしまい独りぼっちだった天海さんの背中を朝凪が見つけなければ、そして手を差し伸べなければ、天海さんはどうなっていたかわからないのだから。
「夕、今、一番って言ったよね?」
「え? う、うん」
「……それが、多分ダメだったんだよ。夕にそう言われるのはとっても嬉しいけど、でも、この時ばかりはそれが仇になった」
「え?」
「――実はさ、あの二人には、卒業式の時に聞いたんだよね。『なんであの時嘘なんかついたの?』って」
なるほど、だからあの二人は朝凪の顔を見た瞬間、気まずそうな顔をしたわけだ。
「二人はこう言った――『海ちゃんがいなければ、私たちのほうにもあのとびきりの笑顔を見せてくれるかも』って。『海ちゃんだけ独り占めなのはずるいと思った』って。結局、私が帰った後も、ずっと私のこと気にしてたみたいで、その願いはかなわなかったみたいだけど」
それについては俺も実感しているのでわかる気がする。
天海さんを初めて見たとき――いや、正確には朝凪に笑いかける天海さんを見た時だが、朝凪が表現したのと同じく、こんなに可愛い子がいるのかと思った。おそらく、クラスにいる全員が思っただろう。
良くも悪くも、天海さんにはそれだけの魅力があった。
年数でいえば天海さん以上に朝凪との付き合いが長かったあの二人に、容易にそう思わせてしまうほどに。
「夕がどんどん本来の自分を取り戻していく度に、どんどん自分が輪の中心から外れていくのは感じてた。いつもは私に話しかけてくれた子が、だんだん夕のほうばっかりに話しかけるようになって、『友達』が『友達』じゃなくなっていって――」
それまで自分が頑張って作り上げたものが、いつの間にか、気づいたときには自分のものでなくなっていく。そんなの、想像するだけでも、ちょっと嫌になる。
朝凪は、その気持ちをずっと我慢してここまできたのだ。
「……でも、そうなったのは全部自業自得なんだよね。だって、夕にそんなふうにしろって言ったのは私だもん。今更やめろって、昔みたいに独りぼっちの寂しい人間に戻れだなんて、そんなの絶対言えないよ。……言えるわけないじゃん」
何度も言うが、天海さんは何も悪くない。ただ天海さんは天海さんらしくしているだけで、朝凪本人が認めた通り、どちらかというと、朝凪のほう悪くなってしまう。
話しかけなければ、助けなければ、朝凪はずっと自分の作ったコミュニティの中心にいれた。でも、それではあの時の天海さんを救うことが出来なくて。
……どうして、そんなことになってしまったのだろう。
どう考えても、朝凪は正しいことしかしていないのに。
「じゃあ、天海さんに俺のことをずっと打ち明けなかったのは……」
「……うん。頑張って作った『友達』をとられたくないって思ったから」
秘密にして、天海さんと俺を遠ざけておけば、その可能性を限りなく低くすることはできるだろう。加えて、俺もそれほど交友関係を広げたいと思ってなかったから、朝凪的にはさらに都合がよかったはずだ。
クラスの雑音を避けたい俺と、これ以上同じ轍を踏みたくなかった朝凪。
それが上手く噛み合ってこれまでずっと維持されてきた秘密の友達関係だったが、こと朝凪に関していえば、天海さんのほうが一枚上手だった。
もちろん、俺と朝凪にも油断はあっただろうけど。
「ねえ、夕」
「……なに?」
「私のこと、好き?」
「当たり前じゃん。初めて会ったその時から、ずっと大好きな親友だよ」
「私も。夕のこと、今でも本当に大好き。でも、それと同じくらい、私は夕のことが嫌い、かなって。……勝手なことばかり言っちゃってるけど」
「海……」
好きだけど、嫌い。
矛盾しているようだが、その朝凪の気持ち、今なら理解できる気がする。
そして、思う。
人の好き嫌いは、どうしてこんなにも面倒なのだろう。
「……ごめん、ちょっと頭冷やしてくるわ」
「海、待って――」
「大丈夫だよ、夕。逃げたりしないから。でも、少しだけでいいから一人にさせてほしい」
そう言って、朝凪は昼時でごった返す人混みの中に消えていく。
どこに行ったかは、なんとなく予想は着いている。校舎の中も外も多くの人がいる中で一人で頭を冷やせる場所なんて、どう考えてもあそこしかない。
「……天海さん、俺ちょっと行ってくるよ。まだちょっと話したりないこともあるし」
「真樹君……」
朝凪はああ言ったものの、それは天海さんに対してだけで、俺に対してはおそらく何も言っていない。なので、俺が追いかけても問題ないはずだ。
多分また『バカ』とかなんとか言われるんだろうけど、朝凪にだったら、それもいいかもしれない。
「お願い、真樹君。こんな時に『友達』のあなたにしか頼めないのは悔しいけど……でも、今、海に必要なのはあなただと思うから」
「わかった。必ず、あのバカを連れて帰ってくるよ」
天海さんからバトンを受け取って、俺は、朝凪のあとを追いかけて校舎へ向かって走る。
朝凪の気持ちはわかった。約束通り、真面目な朝凪はすべてをさらけ出してくれた。
後は、それを受けて俺がどうするかだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます