第49話 天海夕と朝凪海 1
※※
私、朝凪海が天海夕と出会ったのは、今から7年ほど前のこと。
退屈な学校の授業が終わり、いつものように友達と帰っているとき、一人でとぼとぼと帰っている小さな背中を見つけたのだ。
一目見て、ものすごく可愛い子だと私は思った。キラキラに輝く金色の長髪に、びっくりするぐらい白い肌。
友達と別れて、すぐさま、私は声をかけた。
「こんにちは」
「っ……」
びくり、と女の子は体を震わせ、小さな背中をさらに縮こませる。
その様子は、まるで臆病なウサギやリスといった感じ。
「な、なに……?」
おずおずとこちらを見た女の子の顔は、お人形さんのようだった。ビー玉でも入れてるんじゃないかと思うほど丸く、そして、とても澄んだ青色をしている。
外国の子だろうか。でも、普通に日本語で話せているし。
まあ、それを聞くのはもう少し後でいいか。
「私、朝凪っていうの。朝凪海。あなたは?」
「え? えと……私は夕、天海夕……です」
「夕ちゃんっていうのね。何年生?」
「三年生……最近、引っ越してきて」
私よりだいぶ身長が低かったので年下かと思ったが、同い年だった。
そういえば、転校生が来たって、別のクラスの友達が言ってたっけ。
ということは、この子がその転校生ってことか。
「どうして一人で帰ってるの? 同じクラスの友達は?」
「友達は……いない、です」
「いないの?」
転校生で、こんなに可愛い子なら、あっという間にひっぱりだこになりそうなものなのに。
「私、ここに転校する前からずっとみんなから避けられてて……髪の色とか、目の色も皆とは違うからって……だから、こっちでもきっとそうなっちゃうんだって、思って、怖くて……」
「そんな……」
そこから夕は少し前の学校の話を聞かせてくれたが、感想としては、まあひどいものだった。話を聞くだけで怒りを覚えるほどに。
確かに、黒い髪がほとんどのクラスの中で、ぽつんと一人まったく違う容姿の子がいるとなれば目立つだろうが、だからと言って、それでのけ者にしたり、いじめたりなんて許されることじゃない。
ましてや、こんな可愛い子を。
もし、私がその場にいたら、こんなふうになる前に、真っ先に助けてあげられたのに。
「ふうん、そうなんだ。じゃあ、これからは私と一緒に帰りましょ?」
「え?」
私の言葉に、夕がぽかんとした顔で返す。
……そんなに意外だったろうか。困っている子がいたら、助けてあげる。私にとっては、当然のことなのだが。
「だって、一人で帰るなんて寂しいじゃない。それとも、私みたいな子とはイヤ?」
「そ、そんなこと……でも、本当に、いいの?」
「それは、どういう意味で?」
「……だって、私みたいなコと付き合ったら、朝凪さんまできっと――」
「――いいよ、私は別に」
そう言って、私は両手でしっかりと、包み込むように夕の手をとった。夕は少しびっくりしているようだが、私はそれでもその手を放すことはしない。
「もしのけ者になったとしても、私は一人じゃない。……だって、目の前に友達がいるから」
「! 朝凪さん……」
「海、でいいよ。私も今から夕って呼ぶし」
声をかけ、話をした時点ですでに決めていた。
私は、この子を絶対に独りぼっちにさせないと。
「ねえ、夕」
「なに? 海ちゃん」
「ちょっとだけでいいから、笑ってくれない?」
「ええっ……!? そ、そんないきなり、恥ずかしいよ」
「お願い。私にだけ、こっそり。ちょっとだけでいいから、夕の可愛い笑顔が見たいな」
「う、う~……じゃ、じゃあ、ちょっとだけね?」
そうして、誰もいない路地裏の細い道で、夕は、私に向かって、ぎこちなくはにかんでくれた。
「……かわいい」
それを見た瞬間、思わずそんな感想が口から漏れた。
そして、同時に思う。
この子は、こんなふうに道の端っこで暗い顔をさせていい子じゃない。
ふわりと揺れる金色の髪色のように、きらきらと可愛い笑顔で、みんなを明るく照らすべきなのだ。
「じゃあ、一緒に帰ろっか、夕」
「うん、海ちゃん」
「ちゃん付けなしだよ、夕」
「え~……じゃ、じゃあ、う、海……」
「よし、オッケー。ちゃんと言えたじゃん。えらいえらい」
「そうかな? えへへ」
こうして晴れて友達同士になった私と夕は、手を繋いで仲良く下校する。
――それが、この話の『始まり』だった。
※
翌日、私はすぐに夕を、他の友達に紹介することにした。
紹介するのは、
「ほら、夕」
「う、うん。でも……」
「大丈夫だって、二人とも私と同じで、いい子だからさ」
「……海、がそう言ってくれるなら」
昨日の今日で別の友達を紹介するのもどうかと思ったが、こういうのは早いほうがいい。現に、今の時点で、夕は私にべったりなのだ。あんまり時間を置きすぎると、引っ込み思案な夕の性格上、私以外の友達を作らなくなってしまうかもしれない。
できるだけ夕とは一緒にいてやりたいと思っているが、私にも一応都合があって、いつ何時も、というわけにはいかない。
そういう時のために、それなりに味方は多いほうがいいと思うから。
「……三年一組の、天海夕っていいます。あの、よろしく、お願いします」
「うん、よろしくね。夕ちゃん」
「夕ちゃん、すごい綺麗だね。かわいい」
もちろん、紗那絵と茉奈佳は、夕のことを受け入れてくれる。まあ、事前に仲良くしてくれるようお願いしていたので、当然と言えば当然だが。
「よかったね、夕」
「うん、ありがとう。海のおかげで、二人も新しい友達ができちゃった」
「まあ、私の手にかかればね」
自慢になってしまうが、私はそこそこ交友関係は広い。紗那絵と茉奈佳と一緒にいることが多いが、他のクラスにも友達はいる。
私が中心となっているグループの輪の中に入れてしまえば、二人どころじゃなく、もっといっぱいの友達と一緒に日々を過ごせるだろう。
そう確信していたし、そして、私の予想通りそうなっていった。
「えへへ、海、さなちゃん、まなちゃん、こっちこっち~!」
夕は、みんなの前でも明るく笑うようになった。というか、おそらくこれが本来の夕なのだろう、以前の学校で避けられていたことで失くしていた自信を取り戻し、どんどん明るくなっていく。
初めて会った時に私が予感した通り、夕は、そのとびっきりの笑顔で、皆を照らしていったのだ。
そこまでは、私の予定した通りだった。夕の隣にいる私も、時が経つにつれてどんどん可愛くなっていく様を見て、誇らしい気持ちになっていた。
そこまでは、とても順調だった。
……そのはず、だったのに。
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