第26話 週末は君とが


 おかず交換をきっかけにして、その後の俺たちは料理談義について花を咲かすことに。


 天海さんと昼食をともにするにあたって、一体何を話せばいいのだろうと迷っていたが、料理なら無難な話題だし悪くないはず。


「へえ~、真樹君ってお菓子作りもできるんだ。卵焼きの時点で只者じゃない感すごかったけど……まさかここまで圧倒的な力の差が」


「まあ、出来るっていっても、そう大したものじゃないし」


 材料費とか時間効率の諸々を考えたら買ったほうがいいのだが、休みの日は家から出たくないから、甘いものを食べたいと思ったらそれはもう作るしかないわけで。


「じゃあ、最近作ったお菓子の中で美味しかったのは?」


「えっと……卵とバナナだけでつくるスフレパンケーキ、とか……」


「た、卵とバナナだけつくるスフレパンケーキ……!?」


 オウム返しのように言って、天海さんが驚愕で震えている。


「ね、ねえ海、今私、一瞬だけ気を失っちゃったんだけど、真樹君なんて言ったか覚えてる?」


「気をしっかり持って夕。私も同じだから」


 異星人でも見るような目で二人が俺を見ている。


 何も凄いことやっていないのに……いや、本当に。


「そ、そんなに驚くほど難しくないよ。ネット動画とかレシピサイトとか見て、簡単な手順で作れるようなものだし」


「ぶ~、簡単に言っちゃって~……分量通りレシピ通りに作っても失敗しちゃう人だっているんですよ。ねえ、海?」


「夕には『砂糖をダークマターに変える』っていう錬金術師の才能があるからね」


 それは才能じゃないような。


「あ、海ったらひどい! そんなこと言って、海だって似たようなもんじゃん。去年のバレンタインの時に作った木炭のこと、忘れたとは言わせないんだからね」


「せめて木炭の後ろに『クッキー』を入れるんだよタコ助。バレンタインに自宅でせっせと燃料作るJKなんて聞いたことないわ」


 どうやら二人とも料理方面のスキルについては明るくないようだ。ということは、朝凪は食べる専ということか。


「あ、バレンタインって言っても、友チョコがわりに自分たちで作っただけで、誰かにあげたとかそんなんじゃないから」


「そういえば、二人はたちばな女子だったっけ」


 橘女子はこの辺の広い地域で見ても一番のお嬢様学校で、お金持ちの家や成績優秀な女の子が通うようなところだ。


 小中高と一貫教育なので、普通なら高等部にそのままエスカレーターで進む生徒がほとんどだと聞いているが――まあ、そこについてはあまり詮索しないほうがいいか。


 俺だって、似たようなものなわけだし。


「いいな~いいな~、私、甘いもの大好きだから、話し聞いてたら真樹君のやつ食べたくなっちゃたよ~……卵とバナナだけでつくるスフレパンケーキ、卵とバナナだけでつくるスフレパンケーキ……」


「えっと、そんなに食べたいのなら、作ってもいいけど」


「え? 本当? 作ってくれるの? やった、パンケーキ~!」


 花が咲いたようにぱっと笑って、嬉しそうにバンザイをする天海さん。


 500円もあればトッピング含めて量も味も十分満足できるほどの安いもので、市販のものに比べれば遠く及ばない出来なのだが……そこまで喜ばれると、なんだか体がむずがゆくなってくる。


「じゃあ、また真樹君のお家に遊びに行かなきゃ。今日はちょっと別の用事が入ってるから無理だけど、他の日ならなんとか……あ、今週の金曜とかどうかな? その日はまだ予定はいってないから大丈夫だし、もちろん、誰にも言わないから」


「金曜日……」


 そこは、ちょっと都合が悪い。


 今のところ明確な予定は入っていないわけだが、金曜日は基本的に朝凪と遊ぶかもしれない日としている。もちろん強制ではなく、ただ単に朝凪がいつ来てもいいように俺がしているだけだ。

 

 なので、こんなふうに俺側に予定があれば、朝凪との予定は無しということで問題ないわけだが……。


「……あ~、ごめん。その日っていうか、金曜日は俺のほうが予定が悪い、かな」


「え? そうなの?」


「うん。他の日なら全然いいんだけど、その日はちょっと空けときたいっていうか……」


 こう言ってしまうと朝凪と俺の両方が都合が悪いということになるので、下手したら天海さんに勘付かれてしまう可能性もある。


 朝凪と俺がこっそり仲良く遊んでいるという秘密を気づかれないよう、今週に限っては天海さんとの予定を入れ、朝凪とは遊ばないほうがいいのだろうが。


「あ、もちろん、別に用事があるってわけじゃないんだ。だけど、うるさい親も仕事で帰ってこないし、基本的には一人でだらだらゆっくりしたい時もあって……」


 しかし、やはり週末に限っていえば、俺は朝凪と二人だけでだらだらとしていたいと思う。


 朝凪がいつもの付き合いで疲れたとき、いつでも相手をしてやれる状態でいたい――天海さんとはまた違ったタイプの朝凪の『友達』として、そうありたいと俺が思っているから。


 朝凪が俺の方を見ずに『バカ』と唇だけ動かしている。


 ……確かに俺もそう思うんだけど。


 でも、これが俺の正直な気持ちだから。


「だから、別の日にしてくれると嬉しいかなって……ダメかな?」


「そんな、気にしないで。私から食べさせてほしいってお願いしてるんだから、都合は私のほうで合わせないと……ねえ海、来週のどこか、真樹君との予定入れちゃってもいい? 一緒に行こうよ」


「え~……まあ、夕一人で男の部屋に行かせるわけにもいかないし、保護者は必要か。いいよ」


「へへ、ありがと海。じゃあ、決まりだね」


 来週の半ば頃に遊ぶ約束を取り付け、残りの弁当を食べ終えたところで昼休み終了の五分前のチャイムが。


「あ、もうこんな時間か……海、5限なんだっけ?」


「えっと、あ、体育だね。着替えがあるから、早めに行かないと」


「ウソ? じゃあ、皆もう体育館行ってるかも――真樹君ゴメン。私たち先に帰んなきゃ」


「あ、うん。二人とも行ってらっしゃい」


「うん、行ってきます!」


「……じゃ」


 二人を見送って、残された俺は一人ベンチに腰掛ける。


 直後、ポケットに入れたスマホが震えた。朝凪からのメッセージだ。


「(朝凪) バカ。別に夕と遊んでもよかったのに」

「(前原) バカですいませんね。でも、誰と遊ぶかは、俺の自由だろ」

「(朝凪) そうだけど……そんなに私と遊びたいんだ?」

「(前原) いや、別に違うけど」

「(朝凪) ウソ。素直になっちゃえよ。私が欲しいんだろ?」

「(前原) いらねえし、バカ」

「(朝凪) バカって言ったほうがバカなんだけど。このバカ」

「(前原) うるさいバカ。さっさと次の授業行け」


 これ以上は不毛な言い合いになりそうなので、俺はそのままスマホをポケットに突っ込んだ。


 まったく朝凪のヤツ、人のことバカバカ言って……金曜日、覚えてろ。

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