第25話 ぼっちの意外な才能


 昼食を三人で食べることをクラスの皆の前で約束した後、あっという間にその時間を迎えた。


 ウチの高校の午前中は朝補習から始まって1~4時限まであり、いつもは昼休みまでは果てしなく長い時間感覚の中にいるのだが、今日に限ってはあっと言う間にその時を迎えた。


 時間の流れは平等のはずなのだが、こういう時に限ってあっという間に過ぎ去っていくような気がする。実は世界のどこかで誰かが時間をスキップでもしていたりしていないだろうか。


「ん~、やっと午前の授業終わったね。いつもはもっと早く感じるのに……ねえ、海もそう思わない?」


「いや、どっちかって言うとむしろ私は逆な感じだけど……」


 ちら、と俺と朝凪の視線が合う。やはり、朝凪もこの後のことを考えていたようだ。


 昼になると一斉に教室を出て行く生徒たちが多い中、ウチのクラスに限っては、チャイムが鳴った後も、俺たちの様子を観察するために教室に残っている人たちがほとんどだった。


「ったくもう……ただクラスメイトの男子とお昼一緒にするだけだってのに……あと、新奈は今すぐスマホをしまいなさい」


「げっ……へ、へへ……」


 朝凪が席の後ろの新田さんに声をかけた瞬間、制服の袖の中からスマホがするりと抜けて床に落ちる。


 まったく、油断も隙も無い人だ。


 朝凪の言う通り、俺たちを追いかけていったいどこが楽しいのだろう。大した話だっておそらくしないのに。


「あはは……この様子だと教室じゃゆっくり食べられないね。ちょっと肌寒いけど、今日は外で食べよっか」


「だね。日差しが当たってる所ならむしろちょうどいいだろうし……ねえ、前原君もそれでいい?」


「まあ、いいけど」


 ということで、俺たち三人は教室を出て、どこかいい場所はないか探す。


「ねえ海、どこがいいかな? 私、お昼は教室か学食で食べることがほとんどだから、こういうのわからないんだよね」


「う~ん、普通に考えれば中庭なんだけど、あそこ割と人が多いからね。私たちは別に構わないけど……前原君は大丈夫?」


 人が多いといってもひしめき合っているほどではないので、ベンチなどが使えないだけで座れる場所はいくらでもある。


 なので、二人がそれでもいいと言うのなら、それに従っても構わないのだが。



 ――なあ、あそこの女子二人って一年?


 ――じゃね? ってか、二人ともめちゃ可愛いな。特にあの金髪の子。


 ――で、後ろにいる冴えないヤツは誰? 何であんなヤツが一緒に歩いてんの? 天変地異?



 廊下を歩いているだけでこんな感じの話がひっきりなしに入ってくる。


 二人だけだったら『可愛い可愛い』だけで済んだのもかもしれないが、俺に浴びせかけられるのはネガティブな内容が多いので、朝凪も天海さんも気分が悪いはずだ。


 そんな中でお弁当を食べたところで、きっとおいしくない。


「あのさ、もし二人が良ければなんだけど……」


「ん?」


「なに?」


 中庭近くでどうしようかと話している二人に、俺は声をかける。


 最近は教室でぼんやりとしていることが多かったので発揮する機会はなかったが、こういう時こそ、校内の隠れたオアシスを見つけ出す能力に長けた俺の出番である。


 ※


「――わあ、本当だ。こんな場所なのに、誰も人がいないなんて」


「日当たり良好で、テーブルとかはないけどベンチもあって……確かに、条件には合致してるね」


「でしょ。……よかった、今日は誰も先客はいないみたいで」


 俺が過去に活用していたおススメぼっちスポットの中で選んだのは、校内の敷地の南側、職員室や校長室のある教職員棟の建物の脇にある『教職員用の喫煙スペース』だった。


 数年前までこの場所も、昼時は煙草を嗜む先生たちの憩いの場になっていたのだが、近年の世間の流れで建物敷地内全てで禁煙となり、その結果、スペースだけ残った状態で放置されてしまったのだ。


 汚れていたベンチをちょっとずつ綺麗にして座れる状態にし、散乱していた煙草の吸殻などを拾って……花や木がしっかり植樹された中庭と較べれば、狭いうえに雑草ばかりで殺風景だが、それでも一時は喧噪から離れることができる。


 ぼっちがぼんやりするには最適な場所だ。


「ごめん、俺だとこんなところしか思いつかなくて……ダメだったかな?』


「そんなことないよ! ありがとね、真樹君。ほら、海もちゃんとお礼言って」


「なんで夕が仕切る感じになってんの……まあ、ありがとうするのはやぶさかではないけどさ」


 二人も気に入ってくれたようなので、さっそく並んでベンチに座って弁当を広げる。


「あ、真樹君の卵焼き美味しそう。私のウインナーと交換しない?」


「構わないけど、自分で作ったやつだから、口に合わないかもよ」


「大丈夫大丈夫……って、真樹君、そのお弁当自分で用意したの?」


「まあ……親が忙しい時なんか、たまにね」


 天海さんはびっくりしているようだが、そう難しいことではない。前日の夕食の残りだったり、作り置きしている常備菜などもあるので、少しだけ早起きすれば卵焼きなんかはすぐだ。


 母さんとの二人暮らし、たまに手を抜くこともあるが、できることなら協力しなければ。


「海、どうしよう。私たち、女の子なのに真樹君より女子力低いんだけど」


「そこに私含めんのやめてくれる……まあ、負けてるのは確かなんだけど」


 朝凪が一瞬だけじとっとした目で俺を見るが、話す機会がなかったのでしょうがないと思う。


「うわあ、この卵焼きおいしい。甘いじょっぱい感じで、ご飯にも合うかも」


「マジ……前原君、私ももらっていい?」


「いいけど」


 渡したもう一切れを口に入れた瞬間、朝凪が目をぱちくりとさせている。


「……どう?」


「……ずるい」


 焼くときに市販の白だしとそれから砂糖を一つまみ加えただけのわりとシンプルなものだが、二人とも気に入ってくれたようでよかった。


 あと、朝凪の感想がなぜ『ずるい』なのかは気になるが……まあ、そこは好意的に受け取っておくことにしよう。

 

 

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